短編

こっそり君に混じりたいな




「木葉、それちょーだい」
「どーぞ」
「いま手離せない、口入れて、あーん」
「へい」
「ん。おいひい」
「新商品だって」

目の前でスマホのゲームに夢中になりながら俺のやったスナック菓子をサクサクと咀嚼する女は、同じクラスの苗字名前。どこのグループにも属さずその時その時で行動する俺にとっても特に気取らず過ごせるうちの一人で、教室では割とよく一緒にいることも多かった。

「木葉ってさぁ、そこそこ頭良いじゃん?」
「はぁ?」
「で、そこそこ顔も良くって、そこそこ友達も多いじゃん?」
「そこそこ言うな」
「なのにどうして彼女いないのかねぇ?」
「余計なお世話だろ」
「でも、モテるよね?」
「そんなに」
「好きな人とかいないの?」
「うーん」
「あ、もしかして男が好きとか?」
「綺麗なお姉さんのが好き」
「じゃあなんで」
「部活、忙しいからなぁ」

スマホ上のSNS画面を適当に流し見しながら言う。だって毎日部活だし、バレー好きだし、彼女とかそりゃあ出来たら嬉しいけど、正直そんなに構う余裕はない。それに今好きな子もいないから、最優先事項ではないのだ。

「じゃあさ、もし告られたらどうする?」
「誰に?」
「誰かに!」
「んー…可愛かったら付き合う」
「なにそれ」
「だって勿体ないじゃん」
「チャラい!」
「男なんてこんなもんですよ」

俺の返答は気に食わなかったのだろうわかりやすくジト目の苗字はもうゲームはいいのだろうか。椅子の上で足を抱えるようにして座った彼女にスカートの中見えんぞ、と思いつつ口には出さなかった。

「じゃあ、可愛くなかったら?」
「その状況にならんとわからん」
「ま、そっか」
「そういう苗字はどうなんだよ」
「私?」
「彼氏作んねーの?」

ただ聞かれたから、同じことを聞いただけ。その問いに、苗字は一瞬悩む素振りを見せて、そしてこう答えた。

「まぁぶっちゃけ好きな人はいますけどね」

おお。マジか。初耳だ。ていうか女子とこういう話ってあんましねーよな。男同士でもそんなにしねーけど。予想外の返答に、俺のミーハー魂に火がつき苗字の恋バナに少し興味が湧く。
誰?同じクラス?俺の知ってるやつ?興味本位で投げる質問に、こいつはどれも曖昧に返してきた。なんだ、ネタ振りしたのに教えてくれねえのか。なんて思いながらも、まぁそんなに絶対知りたいわけでもない。言いたくないなら別にいいか、とこの話題は終わらせようと別の話を口にしかけた時だった。

「バレー部」
「えっ」
「好きな人」
「マジで!?」

まさかの身内、まさかのカミングアウトに俄然興味が湧く。こういうのはきっと自分に縁がない時ほど、人の話が気になってしまうのだ。
確かに苗字は木兎や猿杙達とも仲が良いし、何故か赤葦とも接点があった。相手が誰であろうと不思議ではなかった。

「で、誰?ここまできたら教えてくれるんだろ?」
「聞いてどうすんの?」
「んー…まぁ俺と苗字の仲だし、協力してやらんこともない」
「…人のこと心配してる場合?」
「うっせ!俺だってそのうち出来るわ、彼女の一人や二人」
「そんなの約束と違う」
「は?」
「だって私が付き合いたいの、木葉だし」
「…はぁ!?」

柄にもなく、教室で大声で叫んでしまった。勢いで立ち上がったせいで、椅子が後ろに倒れて教室中の視線を集めることになったけれど、それどころではない。苗字の言ったことは至極簡単なことで、それ故に俺を動揺させるには十分だった。

「…うるさい木葉」
「いやいやいや…は?え?…え?」
「バカになった?」
「いやお前…はぁあ!?」
「うっさいってば!」
「いでっ」

机についていた手を強めに叩かれて、ようやく俺は椅子を戻し座り直す。
いや、わけわかんねぇ。なんでコイツこんな普通なの?え?ドッキリ?反応見てバカにされてる?
でもそれにしては、苗字はさっきから俺を見ない。しかし髪の隙間から見える耳はしっかりと赤に染まっていて、それで今起こっていることは事実で、ドッキリでもなんでもないことを悟る。嘘だろオイ。

人並みにこういうことには慣れているつもりだった。今まで彼女がいたことだってあるし、恋愛特有の甘酸っぱい空気だって知っている。でも、これは予想外だ。苗字が、俺を。どうにか何か言わなければ、そう思えば思うほど言葉は出てこなくて、違うじゃん、こういうとき適当にうまくやれるのが俺だろ、って思っても出てこないものは出てこない。

「可愛くは、ないかもだけど」
「え」
「…木葉のこと、一番好きな自信はあるんだけど」
「…えっ」
「私とか、どう、かな?」

反則だろ。やっぱり俯いて、でも真っ赤な耳は無防備に晒されたまんまで、そう言う苗字をこれ程までに可愛いと思ったことはあっただろうか。なんて単純なんだ、と自分でも呆れるけど、でも、男子高校生なんてこういうもんなんだろう。

「…付き合いたい、わ」

クラスメイト達はとっくにこちらなんて見ていなくて、こんな教室の一角でこんな甘酸っぱい青春が送られているなんてきっと誰も気付いていない。

「えー…苗字がめっちゃ可愛く見える…」
「や、やっぱチャラい」
「しっかり照れながら言われても」


20.6.20.
title by ユリ柩.

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