短編

結んで、ほどいて





「徹、これ」
「なーに?」
「あげる」
「?」

徹が上から覗いた、今手渡したばかりの紙袋の中には白の包装紙で包まれた平たい箱。水色っぽいリボンで巻かれたそれはちょうど徹たちバレー部のユニフォームみたいな色で、なんとなくそれを意識して選んだものだ。

「なになに?おれ誕生日じゃないよ?」
「知ってる、それ、バレンタイン」
「…は?」
「チョコだよ、チョコ」
「…名前はおバカさんだから知らないのかもしれないけれど、バレンタインっていつか知ってる?」
「当たり前じゃん、2月14日でしょ」
「今もう4月なんだけど!?」

言いながらもしっかりと紙袋を抱える徹の横に並んで、教室へと向かう。バレンタインからもう2ヶ月は過ぎて、なんなら学年まで上がったこの時期に私がチョコを渡したのは、きちんと理由があってのことだった。ちら、と隣の徹を小さく睨む私に本人は全く気付いていない。なんかもうツッコんでこないし、なんならよくわかってないんだろうけどちょっとご機嫌みたいだし、この件についてはこれで終わり。だと思っていた。



「で、どうして今日なの?」

放課後。今日は月曜日で部活がオフなので一緒に帰る日。朝から触れられなかったチョコについて、また徹が聞いてくるとは思わなかった。

「いいじゃん、べつに」
「だってバレンタインの日はくれなくって、俺めちゃくちゃ落ち込んでたのに…」
「知ってるよ、あれから一週間くらい徹超めんどくさかったもんね」
「じゃあどうして今更!!」
「あのねぇ、」

だって徹はいろんな女の子からチョコもらってたじゃん。どうせ断ったりできないし全部いい顔して受け取っちゃうし。そんでホワイトデーだって律儀にみんなにお返し配ったりしてさ。私は?彼女じゃないの?なのに私もその中の一人になるなんて嫌だったんだよばーか!!

「気が向いたから」

言いたい本音は飲み込んで、当たり障りのない言葉を吐き出す。すると繋いでいる手が更にぎゅっと強く握り込まれた。そこからは徹から非難の色が窺える。なんだこら、徹め。

「ほんとは?」
「今のが真実、全てです」
「俺に隠し事できると思ってるの?」
「それなら、」

バレンタインのときに気付いてよ。ばか。

「それなら?」
「…いい、言わない」
「言ってよ」
「やだ、喧嘩したくないもん」
「喧嘩にしない」

こうなった徹は非常にメンドクサイ。っていうかこのやり取り、2ヶ月前もしたのだ。そのときは徹が折れたから、今回は折れないぞ、という意思が伝わってくる。私はするりと徹の手を離して、立ち止まった。

「…あんなに美味しそうなチョコ、私作れないし」
「?」
「だからってお小遣いもあんまりないから、高くて美味しいの買えるわけでもないし」
「何の話?」
「徹は気付いてないのかもしれないけど、私クラスの男子には義理チョコ配ってたんだよ」
「はぁ!?」
「…怒ってる?」
「怒るよ、ばか」
「喧嘩にしないって言ったのに?」
「そ、れは…お前っ」
「それ、私もおんなじ気持ちだから」
「え」
「私以外の人からもいっぱい貰ってるくせに」

言って、私はその場に小さく蹲った。言った。言っちゃった。たったこれだけのことで、この2ヶ月間私の中にずっとモヤモヤと嫌な感情が支配していたのだ。言いたかった。でも言いたくなかった。気付いて欲しかった。でも気付いて欲しくなかった。

「…名前」

こんな、小さい子みたいに丸くなって拗ねてるの、私だって嫌なんだよ。でもどうしようもなかったんだもん。徹のせいだからね。全部、徹のせい。

「名前、顔上げて」
「やだ…」
「名前、お願い」
「やだよ」
「じゃあこうする」

すると、いつの間に徹は目の前に同じように蹲み込んで、そこから丸まっている私を抱きしめようと腕を回してきた。びくっ、と身体を揺らした私はそのまま勢いで少し顔を上げると、思ったよりも近い位置で徹と目が合ってしまう。ゆっくりと瞬きすると、一粒だけ涙が零れ落ちた。

「…何してんの、恥ずかしいよこんなとこで」
「ごめんね」
「…徹のばかやろう」
「来年は誰からも、名前以外からは貰わない」
「…出来ない約束はするもんじゃないですよ」
「絶対、約束」
「…うん」

小さく頷くと、徹は少し笑った。その振動が私にも伝わり、なんだかむず痒い。照れ臭くなって、私も口元で少しだけ笑う。

「…チョコありがとう」
「どういたしまして」
「味わって食べるよ」
「お返し、楽しみにしてるね」
「この場合お返しはいつすればいいの?」
「知らん、自分で考えてばか」
「ばかって言った方がばかなんですぅ」

笑い合いながら、ちゅ、って触れ合うだけのキスをする。ここ最近のイライラモヤモヤが全部綺麗さっぱり浄化されて、何となく晴れやかな気持ちだった。

「お前ら道の真ん中で何やってんの?」

「岩ちゃん!?」
「岩泉くん!?」

勢いで目の前の徹の胸を思いっきり押してしまった私は、思いっきり後ろに転がった徹を見てまた笑ってしまった。


20.4.16.
title by コペンハーゲンの庭で

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