短編

モルヒネに酔って迎撃




「おはよ、影山くん!」
「…はよっす」
「今日も朝練?毎日寒いのに大変だねぇ」
「んなことねえけど…」
「あ、そうだ、これ!あげる!」
「?」
「影山くん今日誕生日でしょ?来るときにコンビニで買ったんだぁ」

差し出したのはどこにでもある赤い包みのチョコレート菓子。無理矢理押し付けたようになったけど、きちんと受け取ってくれたのを確認して一息。よし。これでミッション完了だ。
隣の席の影山くんはチョコを鞄の中に入れて机に突っ伏したので、またこっそり眺める。朝のHRまで寝るんだよね。毎日見ても飽きないけど、たまには顔が見えるように寝てくれてもいいのになぁ、なんていうのは贅沢だろうか。

私と影山くんは、ただのクラスメイト。でも私はそれ以上の想いを持っている、所謂片想いだ。入学式で一目惚れして、その後外でバレーの練習をしているのをたまたま見かけて更にかっこいいと思ってしまった。
中学の時からバレーのすごい選手らしいけど教室にいるときの影山くんは至って静か。ていうか、だいたい寝ている。それでも少しでもお近づきになりたくて地道に毎日話しかけて、今やクラスでは誰よりも影山くんと話している自信がある。って言っても、主に私がぐいぐいいってるだけなんだけど。

「影山くん、終わったよ。部活行かなくていいの?」
「…寝てた」
「うん、知ってる。いつもだね」
「部活行ってくる」
「うん、頑張ってね!」
「おう。じゃあな、苗字」

短く告げた影山くんは、そう言って教室を出て行った。たったこれだけ話せただけで嬉しくなってしまうのは許してほしい。だって相手は影山くんなのだ。
その後私も帰る準備をして、教室を出た。靴を履き替えながら、影山くんは部活でお祝いとかされるのかなぁ、なんて考えていた。

「苗字ーーーーーー!!!!!」

だから、遠くから聞こえてきた大きな声にあまりにも驚いて肩が跳ね上がるのは仕方ないと思う。自分の名前を呼ぶ声に何事かと見遣れば、体育館に繋がる廊下の方から影山くんが走ってくるではないか。

「よかった、帰ってなかった」
「ど、どうしたの…」

影山くんから話しかけてくれることですら珍しいのに、一度別れた後にこんな呼び止められ方をされては嬉しいよりもまず驚きの方が勝ってしまう。それでも段々と違った胸の高鳴りに支配されて、よくわからないけど今日また会えたことを素直に喜んだ。

「これ、…ありがとう」
「う、うん。朝も聞いたよ?」

おずおずと出されたのは、朝渡したチョコレート菓子。好きな人への誕生日プレゼントと呼ぶにはあまりにもお粗末なそれは、しかし私と影山くんの関係性を考えるとベストなチョイスだったと思う。
すると影山くんは、箱の裏面、そのまた隅っこを指差した。え。まさか。

「………これ」
「え…あ、う、」
「書いたの、苗字だろ?」


"好きです"


なんていうか、願掛けのようなものだった。影山くんが気付くはずもない、赤い箱の裏のそのまた隅にこれでもかという程小さく書いた、気持ち。それは紛れもなく私が伝えたかった影山くんへの気持ちだったが、気付いてもらう予定ではなかったし、それでもそれを渡して受け取ってもらうこと自体に満足してしまっていたのだ。そんなまさか、影山くんがこんなところを見るだなんて思いもしなかった。きっと食べてすぐに捨てると思っていたから。

「…こんなの、よく見えたね…」
「…部活前に食おうとしてたら、西谷さ…先輩が、その、一個欲しいって言うから箱渡したら、なんか見つけたって…教えてもらった」
「先輩さんすごい…」

見上げれば視線をそらして首裏を書いている影山くんは気まずそうで、でも私だってなんて言えばいいのかわからないのだ。告白するつもりなんてなかった。そんな勇気はなかったのに。

「え、っと…そのー…」
「……………」

影山くんだってきっと困っている。今この瞬間だって、彼の大切な部活の時間を潰しているのだ。私は一度息を吐き出すと、なんて言おうか考えて、意を決して口を開いた。そしてそのタイミングは、また影山くんもそうだった。

「影山くん」
「苗字」

互いの名前が重なる。また訪れそうになる沈黙を制して続けたのは、影山くん。

「…嬉しかった、」
「へ」
「その…好き、って思ってもらえて」
「え、あ、うそ…」
「でも、…その、俺、そういうの考えたことなくって」
「あ…」
「バレーのことばっか、考えてて…」
「…そ、そうだよね!うん、わかってるよ!気にしないで!」

影山くんの言葉に、一瞬だけ浮かれそうになってしまった自分がたまらなく恥ずかしくなる。そんな自分を誤魔化したくって、さっきよりも気持ち大きくなる声で早口にフォローを入れるが、それすらも惨めだった。いつもはあまり話さない影山くんが言葉を選びながらもこんなに話してくれているのに、それがこんなに悲しいなんて。

段々と水の膜を張る両眼にやばい、と思う。これ以上困らせたくない。

「大丈夫だから、影山くんそろそろ部活…」
「でも考えてみる」
「へ」

その瞬間、ぽろ、と涙がこぼれた。

「苗字と話すの面白いし」
「う、うん?」
「だから…考えてみる、から…もうちょっと待ってろ」
「…うん」

うそ。影山くんの言葉を、頭の中で繰り返す。影山くんがそんなこと言うだなんて、思いもしなかった。だって私自身、影山くんと付き合ってる私なんて想像すらしたことなかったのだ。考えたこと、なかったのだ。

「じゃあ、部活いってくる」
「う、うん…!頑張ってね!」
「おう。…苗字」
「?」
「ありがとう」
「!」

影山くんは、そう言ってフッと小さく笑った。そしてその表情に身惚れたまま何もいえない私を置いて、今度こそ部活に行ってしまった。

「ふふ…」

走っていく影山くんの後ろ姿を見ながら、考える。明日から、また頑張ろう。もっと影山くんと話せるようになろう。なんて。今度は影山くんにも好きになってもらいたいんだから、やっぱり私は贅沢だ。



19.12.22.
title by 草臥れた愛で良ければ.
影山 飛雄 2019's birthday.

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