黒との攻防

「はぁ……」
マルコは自室に戻ると、パタンとドアを閉めた。
さきほどまでサッチの部屋で狂おしいほど抱かれていたその体はまだ熱が冷め切らない。
薄暗い部屋をそのまま歩き、散らかっているデスクに手を伸ばした。
「よお、楽しかったみたいだな」
「声がこっちまで聞こえてたよい」
突如、後から声がした。
誰もいないはずの部屋に、これまた気配もなく、声をかけられたことに驚きながらマルコは振り返った。
「うわああああ!」
相手の姿を確認した途端、マルコは叫び声を上げた。

「どうした!マルコ!」
マルコの叫び声を聞きつけて、サッチが駆けつけた。
「ッ、サッチ……」
「!!!」
サッチは自分の目を疑った。
目の前にはマルコがいる。
そしてその両端にいる人物……。
それもまぎれもなくマルコ、とサッチだった。
いや、正しくはマルコなのに端のやつは髪が黒い、胸にあるはずの刺青もない。
そして自分そっくりの男。
これは自分と瓜二つだが、決定的な違いはそいつの持つ雰囲気だった。
思わず後ずさりたくなるほどの怪しい雰囲気を湛えている。
「うぁッ!」
「なっ!てめぇ、何やってんだ!!」
呆然と目の前の光景を見ていると、あろうことかマルコの体をなぞり、そのまま股の間に手を差し入れる黒いマルコ。
もう一人の俺はそれは面白そうに眺めている。
「触んな!」
急いでそいつらからマルコを奪い返す。
「あれ、奪われちまったよい」
「つまらねぇな」
「そんなに目くじら立てることもないだろうにねい」
クスクスと笑う黒いマルコ。
余程、恐怖だったのか、俺の大事なマルコはしっかりと俺に抱きついている。
「てめぇら、何もんだ!」
目の前にいるそいつらを睨みつける。
もしかして能力者か、変装の名人か何かか?
なんにしろ、敵であることには間違いなさそうだ。
「そういうお前らは何もんだ?」
もう一人の俺が言った。
「は?」
「お前らは自分が何かはっきり答えられるのか?」
「俺はこの船の4番隊隊長で、オヤジの息子だ!」
嫌な笑みを浮かべる俺を睨みつける。
まるで自分に怒鳴っているようで不思議な感覚におちいる。
「俺もだよい!」
マルコも俺に続いて言い返した。
「そりゃ、結構だねい」
黒いマルコが言った。
「お前らは一体何なんだよい!」
今度はマルコがそいつらに問う。
「“何か”、である必要があるのかい?」
「「……」」
「ここはグランドライン……何が起きても不思議じゃない。“何か”を問うなんて、無駄な行為じゃないのかい?」
「違いないな」
笑うもう一人の俺。
その不気味さに背筋が凍る。
「……なんでマルコの部屋にいた?」
隙を見せないように慎重に問う。
「そりゃ可愛いマルコで遊びたかったからさ」
「ふざけるな!」
からかうような口調の、もう一人の俺に対して、声を荒げる。
「別にふざけたつもりはないんだけどねい」
黒いマルコが申し訳なさそうに言う。
もう一人の俺よりは幾分大人しそうだが、それでもこいつも危険たっぷりだ。
「しかしこんなにすぐに邪魔が入るとは思わなかったな」
もう一人の俺が残念そうに呟いた。
「ものは考えようだよい。玩具がもう一つ増えたんだ、喜ぶべきだろい」
「それもそうか」
黒いマルコの物騒な考えに、なるほどと頷くもう一人の俺。
玩具とはなんだ。
さっきと同じように怒鳴りつけても良かったが、それ以上に嫌な感じが俺を押さえつける。
「……確かにちょっと色っぽいよな」
もう一人の俺が笑みを浮かべながら、おもむろに俺の方に手をかざした。

「ひぅッ!」
冷たい手のひらが俺の胸元を滑った。
突然すぎて何が起こったのかよく理解できなかったが、あいつが手をかざした瞬間、何か風のようなものが起こり、自分の体が引き寄せられたということはわかった。
「クッ……」
尚も俺の体を這う冷たい掌。
マルコの叫び声を聞いてから急いで服を羽織って駆けつけてきたので、その胸元ははだけたままだった。
「へぇ。いい感度だな……」
ニタリと笑う目の前の俺。
「ちょっ、止めろよい!」
マルコが腕を炎に変え、もう一人の俺に向かって攻撃をした。
ガシッ。
「!!!」
マルコの腕が掴まれた。
青い炎が消え去る。
覇気を使われたのかと思ったが、違う……。
その掌や腕、全身から、黒い靄のようなものが漂っている。
「離せよい!」
マルコが抵抗して腕を引くがびくともしない。
「おい、やめろ!」
俺も必死でマルコを引っ張る。
「ところで俺の存在を忘れてないかい?」
今度は俺の首筋に生暖かいものがくっついた。
「ッ……!」
「ゾクゾクするだろい?」
振り向けば、黒いマルコが俺の背後にいた。
ちろちろと赤い舌が見え隠れしている。
「おい、邪魔するなよ」
もう一人の俺が言った。
「独り占めは反則だろい」
「まっ、いいか」
そう言って、マルコの服を漁りだすもう一人の俺。
「止めろよいッ……」
「泣いたっていいんだぜ?」
愉快そうに黒く歪む顔。
自分と同じ顔があんな表情をマルコに対して向けているなんて許せない。
「てめぇ、マルコに触るんじゃねぇ!」
頭に血が上り、全身が怒りで震える。
「いいじゃないかよい。どうせ似たようなもんだろい?お前は俺の相手してくれよい」
何が似ているというんだろか。
俺を捕まえている黒いマルコを睨む。
だが、その顔は確かにマルコに似ている。
いや、似ていない。
こんなやつがマルコであってたまるか。
「反抗的な目だねい」
「離せよ」
「まぁ、そういう目は逆にそそるよい」
……加虐心をあおるからねい。
そう言うと、黒いマルコは俺に無理やり口付けた。
「ふっ、……ん、つぁ……」
獣のような口付けだった。
自分の意思とは関係なく、熱い息が漏れる。
「どうだ?傍から見る彼氏のキスは」
「!」
意地の悪いあの声が聞こえた。
「とんだ浮気ものだな」
見れば、ニタリと笑うもう一人の俺と、
「マルコ……」
「サッチ……」
今にも泣きそうだ。
やめてくれ、今のは俺の本意じゃない。
なんて顔をさせてしまったんだろうか。
「俺たちもするか?」
マルコの腰を引き寄せ、顔を極限までマルコに近づけるもう一人の俺。
「ッ……」
震えるマルコ。
「止めろ!!」
懇願の声を上げる。
「自分たちだってしてたじゃねぇか」
見下すように俺を見るもう一人の俺。
「サッチィ……」
俺を見つめるマルコ。
絶対にこんなやつには渡したくない。
「いいから、離せ……」
「じゃあ、奪ってみろよ」
その言葉にグッと拳を固め、まずは自分を捕らえている黒いマルコを叩きのめそうとした。
見た目はマルコだが、こいつはマルコじゃない。
思いっきり手を振り上げようとした瞬間だった。
「そろそろいくよい」
黒いマルコは俺をぱっと離すともう一人の俺に言った。
思わず作っていた拳が緩む。
「なんでだよ。いいところなんだぜ?」
どこがだ!
やはり今すぐ叩きのめさなければ……。
足を踏み出そうとする前に黒いマルコがまた口を開いた。
「そろそろ、夜明けだろい」
「もうかよ」
眉をしかめるもう一人の俺。
「この辺りは日の出が早いようだねい」
「まじかよ……」
はぁ、とため息を吐くもう一人の俺。
「まぁ、今回は諦めるんだねい」
「また会える保証はあんのかよ」
「ないねい」
「ないのかよ」
「だけど、可能性ならいくらでもあるよい」
ニィッと口を歪めるマルコ。
周りまでも飲み込むような黒い笑顔に、やはりこいつももう一人の俺と同じものなんだと認識する。
「仕方ねぇか……。おい、今回はこれで引いてやるよ」
そう言うと、マルコから手を離すもう一人の俺。
その様子にホッとするものの、
「んむッ……」
くぐもった声がしたと思ったら、もう一人の俺がマルコに口付けていた。
「てめぇ!」
やはり油断するのではなかった。
やつだけじゃなく、油断した自分の不甲斐なさに腹が立つ。

「やっぱり不公平はいけないよな。ゴチソーサン」
「また会えるのを楽しみにしてるよい」
そう言うと黒いマルコともう一人の俺は姿を消した。
二人が立ち去って、しばらくしても怒りの収まらない俺は、ずっとやつらの出て行ったドアを見ていた。
そのまま佇んでいると、ふいに俺の腕に何かが触れた。
「ッ……!?」
思わずそれを振り払う。
「あっ……ごめんよい」
目の前には申し訳なさそうなマルコの姿。
「いや!大丈夫だったか、マルコ?……いや、大丈夫なわけないよな」
同じ顔とは言え、俺と他人とのキスを見せられ、同じ顔とは言え、別人にキスされてしまったのだ。
まさか俺が駆けつけるまでにも何かされていなかっただろうか。
「……サッチは大丈夫なのかよい」
消え入りそうな声でマルコが問う。
「俺は……ん、大丈夫だ」
その体を抱きしめ、ポンポンと背中を叩く。
「俺が来るまでに何かされなかったか?」
聞いてしまうのは怖い気もするがほっとけない。
「大丈夫だよい。サッチが……サッチがすぐに来てくれたからよい」
そう言って、ギュウッと抱きつくマルコ。
「そっか……」
俺もさらに抱きしめ返す。
「ごめんな、マルコ」
謝っても謝り足りない。
もっと俺がしっかりしていればこんな思いはさせなかったに違いない。
「謝ることなんか無いよい」
マルコが頬を俺の胸に摺り寄せる。
「でも、マルコを守りきれなかった……」
なんで俺はこうなんだろうか。
悔しさが襲う。
「サッチがいなけりゃ、きっともっとひどいことになってよい」
そう言って、マルコが俺の頬を撫でる。
「そんなこと言うなら、俺だってサッチを守れなかった」
哀しそうにマルコの顔が歪む。
「そんなこと……!」
マルコが悪いことなんてない。
「だから同じだよい」
そう言って、無理やり笑ってみせるマルコ。
その笑顔がひどく愛おしい。
「……サッチ。キスしてくれよい」
普段のマルコならば、絶対口にしないような言葉だ。
「だめかい?」
遠慮がちに言う。
「そんなわけねぇだろ」
そう言って、俺はマルコに口付けた。
いつもの激しいものではなく、ただひたすら優しく、優しく、柔らかいキスを送った。

あいつらは“また”と言っていたが、冗談ではない。
例えまた会う時があったとしても二度とあの手をマルコに触れさせはしない。
キスを終えて微笑むマルコを見てそう誓った。


(不可思議な宵闇)



巷で人気?の闇サッチと黒マルコを書きたくなりました。
大事なのはドSという点ですね!


[ 5/7 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -