遅れた言葉

「阿呆だねい」
サッチを見る青い瞳がため息と共に呆れたように瞼を閉ざす。
小馬鹿にしたように言われた言葉に返す言葉は無く。
「せいぜい寝てろい」
捨て台詞のように吐かれた言葉にも何も言えず、ただその背中を苦笑いで見送った。



「マルコー!誕生日おめでとう!」
「ありがとよい。さっきも言われたけどなぁ」
夕方からはじまった宴は夜になっても盛大な盛り上がりを見せていた。
何度目にもなる祝いの言葉に呆れながらもエースの声に答える口はやはり笑っていた。
「もっと飲もうぜ!」
声だけでなく、その身までも飛び込ませたエースがマルコの木樽ジョッキになみなみと酒を注いでいく。
その酒を一気に煽ると拍手と共に周りからやんやと喝采の声が上がった。
この日のために用意されただけあってその酒は胸が焼けるほどに強く、そして美味い。
肴である料理を摘まみつつ、空を見れば満天の星空。
もちろん宴を見越して穏やかな海域を選んで航行した結果なのだが最高の日和には違いなかった。
「そういや、サッチ怪我したんだって?」
「ああ」
心配そうに尋ねてきたエースにマルコは短く答えを返した。
「階段から転げ落ちたって聞いたけどそれだけで骨折か?」
「その通りだよい」
「馬鹿だなぁ」
「同意だよい」
全くもって馬鹿馬鹿しい。
この場にいない相手に対し、マルコは再び静かにため息を吐く。
最高の酒に美味い料理、空も綺麗で波も歌う様に穏やかだ。
マルコの誕生日を祝うには素晴らしいこの日を目前にあろうことかサッチは階段から落下して両足を骨折した。
階段から落ちたくらいで骨折なんて通常のサッチならば有り得ないことだろう。
けれどその時のサッチは酷く酔っており、おまけに手には重量級の火薬玉を持っていた。
酒で判断力が鈍くなった上、転げ落ちた後にその火薬玉の直撃を食らったのである。
よほど当たり所も悪かったのだろう。
受け身を取るなり、構えて受けるなりすれば無事だったに違いない。
だが、鈍くなった頭でそんなことを出来るわけもなく、のた打ち回るうちに自ら手すりに足をぶつけて悪化させたというのだから救いようが無い。
怪我をした理由は理解できるがそれでもやはり阿呆だ。
運んでいた火薬玉は今夜打ち上げられる祝いの花火のためだったと聞き、一瞬同情はしたものの、酒を飲んでいた理由が前祝いだとか今夜が楽しみで浮かれてしまったとかいうもので尚更阿呆に感じてしまった。
要するに自業自得、慰める道理も無いわけである。
「うっわー!すげぇなあ!」
「流石ワノ国の花火、迫力が違うな!」
「いいぞー!もっと打ち上げろ〜!」
まさに今、打ち上げられた花火が星空に大きな花を咲かせ、その美しさに船員たちが沸き立つ。
確かに美しい。
けれどその裏で怪我をした阿呆がいると思うとなんとも言えない気持ちになり、それを誤魔化す様にマルコは再び酒を煽った。



「お疲れさま、ずいぶん騒いでたな〜」
まだ日は昇ってはいない。
ようやく夜の静けさを取り戻した中、マルコはもう一度サッチの部屋へとやって来た。
骨折したての時に会ったきりだから一日ぶりの再会と言うところだろうか。
まだ呆れているのかサッチの言葉に返ってくる答えは無い。
「おい、マルコ。どうした?」
きつい酒の臭いがする。
サッチの寝ているベッドにも宴の様子ははっきりと届いていた。
盛り上がる人の声にドタドタと騒がしい足音、打ちあがった花火の美しさまではわからなかったがその轟音は届いていた。
あの花火の中にはきっとサッチが運んでいたものも含まれていただろう。
主役であったマルコは大層飲まされ、また自ら飲んだに違いない。
近づいた体からはいつになく酒の臭いが漂っていた。
「なぁ、水飲むか?ほら、この水差しを――」
傍らにあった水差しを取ろうとサッチが体を背けるとぐっとその頬を掴まれ、引き戻された。
きつい酒の臭いがより酷くなると共に熱い感触が伝わる。
「んっ――」
唇を離されて吸った新しい空気もまた酒の味。
酒と料理を貪った後の唇はとても複雑な味わいがした。
「いきなりなんだよ」
「てめぇこそなんなんだよい」
忌々しげに言葉を吐いた顔は俯いて見えない。
「嘘つきが」
ぽつりと落ちた言葉にサッチは目を見張った。
締めるように首に当てられた手を抑えて、俯いたその顔を下から覗き込む。
辛そうな青い瞳と目が合い、誕生日前にした約束を思い出した。
『今年もお前のために飛びきりのケーキ作って、真っ先に祝ってやるからな!』
己のした約束を今さらながらに思い出し、その馬鹿さ加減にサッチは自分自身に呆れ返った。
「心配かけるんじゃねぇよい」
首に添えられていた手が離れ、マルコの体がサッチの体に覆い被さってくる。
ベッドの上で抱き締められると共にサッチは己の心情を振り返った。
大切な日を前に浮かれて怪我をして、怪我をしたことを申し訳ないと思いながらもそれに対してろくに反応を示さなかったマルコをサッチは薄情だと思ってしまっていたのだ。
もう少し優しい言葉が欲しかったと。
とんだ思い上がりだ。
欲しい言葉も行動も、与えてやれなかったのはサッチの方だと言うのに。
「お前がいなけりゃ寂しいだろい」
普段以上に飲んだ酒で口も心も軽くなっているのだろう。
耐え切れなくなった言葉がぽろりぽろりと零れて、その手がサッチを求めてくる。
一人置いて行かれ、自分のいないところでマルコを祝う様子を音だけで感じていたサッチもまた寂しかった。
マルコの口にするケーキを仕上げるのはサッチ自身でありたかった。
けれど今はそんな文句は言うべきではない。
伝えるべきことは他にある。
「ごめんな、マルコ。俺もお前の傍にいたかったよ」
覆い被さる体を抱き締め返してゆっくりと言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「なぁマルコ、今からでも聞いてくれるか?」
骨折をした足に重みがかかり、痛みを訴えるがそんなことはどうでもよかった。
サッチの問いかけにマルコがそっと顔を上げ、その顔を見る。
見つめる青い瞳を前にサッチはおもむろにその言葉を告げた。
「誕生日おめでとう」
酔った心は涙腺までも緩めてしまったのだろうか。
すでに泣いたように見えた瞳からまた涙が流れ落ちる。
「生まれてきてくれて、俺と出会ってくれて、ありがとな」
流れ落ちる涙がサッチの胸元を濡らす。
震えだした体をめいいっぱいに抱きしめて、さらにサッチはその耳元に唇を寄せ、“愛してる”と囁いた。


(Happy birthday Marco!☆)



遅れましてのマルコ誕です!
不憫なサッチと言うか阿呆で残念なサッチ。
特別な日には頑張ってくれそうだけどもここぞという時に限って失敗もしそうだなーと思います。
酔ったマルコが酔いが醒めてからどんな反応をするのか見物ですね^^


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