交錯月夜

ぶつりと肉の裂ける感触がした。
たった今、切り裂かれた腕が赤い血を流し、床を染め上げていく。
傷口から血は溢れんばかりに流れているのも関わらず、男はそれを止めようともしない。
嬉しそうに自らの傷口に唇を当てた。
「それ面白いのか?」
薄く笑う声が響いた。
暗かった室内にいつの間にか明かりが差し込んでいる。

青白い夜の輝き。
扉越しに見えた月は奇妙なほど大きく丸い。
その柔らかな光さえ煩わしいというようにマルコは顔を顰め、訪れた人物を見た。
笑う目元に沿う醜い傷跡。
あれは以前、マルコ自身が相手に負わせたものだ。
それもずいぶん昔のことだが。
あの時は互いに若く、血の気が多かった。
「止めないと死ぬぜ?」
黙ったままのマルコに相手は静かに言った。
確かに床には吸い込みきれないほどの血が滴り落ち、血を流す腕は力なく下げられていた。
このまま血が流れ続ければ、出血多量で死ぬかもしれない。
それでもマルコは相手を見つめ、言った。
「死にたいと言ったら?」
細められた蒼い眼がじっと相手を見る。
マルコの発言に男は呆気にとられたような表情を浮かべた。
だがそれも束の間のこと。
「……ッ!?」
一瞬の間に男が移動した。
血を流す腕がより激しい痛みを訴える。
赤に塗れたその腕は相手による拘束を受けていた。
無論それを握る男の手も赤く染まる。
「本気なら俺が殺してやるよ?」
唇が笑う。
愉しげに。
そして嬉しげに。
ゾクリとしたものがマルコの背に走る。
「死にたいなら海に飛び込めばいい話だろ。嘘つくなよ」
男の背で闇が揺れる。
時は月の昇る夜。
暗闇が訪れてもおかしくはない。
だが、これは違う。
夜の闇は月に照らされ薄らいでいる。
光を浴びても霞むことの無い暗闇は男の内から溢れ出していた。
その闇を生み出す男の手がマルコの手に握られたナイフを取る。
「……!」

またも鮮血が散った。
同じ側の腕、マルコの傷つけた場所と同じところに相手は同様の傷をつけた。
カシャンと音を立て、マルコの肌とそして男の肌を傷つけたナイフが床へと落ちる。
「こんなことするなんて変わってるよなぁ。痛いとしか感じないぜ」
男の爪先がマルコの傷跡をなぞり上げていく。
さらに深く傷つけられた傷を見てから相手はその視線をマルコへと合わせた。
「それに傷つけてた割には随分と楽しそうだったじゃねぇか」
見破られている。
自身への殺傷行為はマルコの習慣ともいえるものだ。
それは自らを自嘲し、満足を得る歪んだ習慣。
不死鳥としての能力を持つマルコは死ぬことが無い。
いや、正確には相手が言ったように海に飛び込めば死ねる。
それもあっさりと。
悪魔と化した身は海により浄化される。
その他にも能力の限界、そう例えば首を斬り飛ばされたとしてもこの体は簡単に死を迎えるだろう。
だが、通常の傷跡、今つける様な傷などはマルコにとって何の意味もなさない。

月とは違う光が辺りを満たした。
蒼く輝く炎。
それはその場にいた両者を照らし出し、そして消えた。
見ればマルコの傷は跡形もなく消えており、残っているのは床の血だけである。
いや、もう一つ残っているものがある。
それはマルコを真似てつけられたもう一つの傷跡。
「何?気になるのか」
ひらひらと揺れ動く腕をマルコは見つめる。

これが嫌いなのだ。
これが憎くてたまらないのだ。

自分は癒える傷。
けれど他者は癒えない。
例え全く同じ傷だとしても。
黙って腕を見つめるマルコを相手はどう思っているのだろうか。
笑っているように見える顔はその実、その奥にある感情を晒してはくれなかった。
この男はいつもそうだ。
愛想良く人前で振る舞うこの男の心根をマルコは感じ取っていた。
この男は気が良く、優しい表面を持っているがその面の下は誰も知らない。
全てに平等に甘く優しく、そして平等に関わり合う。
つまりは特別が無い。
それはとても素晴らしいことのように思えるがそれは何に対しても興味が希薄ということ。
何が起ころうと、何がどうなろうと、心が揺さぶられないということ。
この男は恐ろしいほどに冷たい。

「何か言いたげだな?」
マルコを見て男は再び笑った。
だが、やはりその瞳の奥の表情は読み取れない。
しかし他人に興味が無いということは自分にも興味が無いということ。
この男はこのことを誰にも言わないだろう。
それは確信だった。
「……用が無いなら出て行けよい」
この男と話すことなど何もない。
いや、この行為について他人と話すこと自体まっぴらだった。
止められるのも慰められるのもごめんだった。
どうせこの身に宿った力は消えないのだから。
そしてそれはこの男とて同じ。
今は見えぬ男の宿した黒い闇もまたマルコと同じモノだった。
だが、その性質は違った。
受けた傷を全て呑み込むことで無くすその能力はマルコのものと同じようでいて違う。
相手は全てを自らのものとして消すが自分は元より“無かった”ことにするのだから。
不愉快だと感じた。
相手は己の能力をどう見ているのだろう。
自分のように思い悩むことがあるのだろうか。
いや、無いに違いない。
何しろ何にも興味を持たない男なのだから。
「消えろい」
未だ部屋に残る男にマルコはもう一度言葉を放った。
その言葉を聞いても男はしばらくマルコを見つめたままだったが不意に視線を外し、扉の向こうへと消えた。
閉ざされる扉。
暗闇に満ちた部屋で不死鳥であるマルコは静かに目を閉じた。


(狂気孕む蒼と闇の邂逅)



以前ツイッタで呟いた妄想を消化してみた。
自虐的な黒マルコと一見愛想良さげて内心冷めまくってる闇ッチ。
自分の能力嫌って自傷行為に走るマルコと実は冷たい男であるサッチが書きたかったので満足。
何にも興味持ってなかったサッチがマルコに対してだけ執着を見せるようになってそれから世界を広げて他のことにも興味を持って、マルコもサッチの内側を知っていって自分の能力への考え方を改めてくれたらいいなとかそんなことを思ってる。


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