淡く色づけ、恋心

コンコン

可愛らしい控え目なノックが二回。
お決まりのその合図にサッチは頬を緩ませた。
「はーい。入ってもいいぞ」
サッチが答えると、キィっと扉が軋みながら開く。
外はすでに暗く、開いたドアの向こうには星が輝いていた。
「サッチぃ……」
顔を覗かせた相手にサッチは柔らかく微笑んだ。
「おいで、マルコ」
「ん……」
呼ばれた相手は頷いた。

むさい男が溢れるこの船でマルコはナースたちを覗いて唯一の女の子だ。
そしてたった一人の子供でもある。
荒れ狂う船旅に身を任せるのには少々頼りない存在であり、オヤジが拾ってきた当初は多くの者が乗船に反対していたが今では立派なモビーの船員だ。
泣きごとも文句も言わず、毎日懸命に働くマルコはみんなのアイドルだ。
だがもちろん、全く泣き言を言わないわけではない。
時にはオヤジに、そして乗船時一言も反対の言葉を口にしなかったサッチにだけはマルコもその胸の内を明かす。
しかしサッチとてまだ子供なマルコを船に乗せるのを快く思っていたわけではない。
ただ、オヤジが拾ってきたからにはそれなりの理由があり、自分もそんな風にしてオヤジに拾われた身の上があり、それを反対することなど出来はしなかっただけなのだ。
けれどマルコはサッチによくなついた。
ご自慢のお菓子作りの腕もあったのだろう。
配属された隊は違えども暇を見つけてはサッチのところへと遊びに来た。

「どうした?入って来いよ」
扉を開いたものの顔だけ覗かせたまま、部屋に入ろうとしないマルコにサッチは再び声をかけた。
マルコは基本一人では寝ない。
寝るときは常にオヤジ、もしくはサッチと一緒に眠っている。
それはマルコにとって譲れない一点であり、以前一人部屋を宛がって寝かせた時には夜中に脱け出してすでに寝ていたサッチのベッドの中に潜り込まれた。
こちらを起こさぬように気遣いながらも、しっかりと抱きついてくる細腕を前には怒る気にもなれず。
結局、未だにマルコはオヤジやサッチと共に寝ていた。
いや、最近ではそれもサッチと寝ることの方が多い。
なぜならオヤジは寝酒を好むからだ。
オヤジが大好きなマルコもお酒の匂いは苦手らしい。
そのことをからかいつつも、サッチはこの一種の特権の様な行為を密かに嬉しく思っていた。
「入ってこないのか?そうか、マルコもようやく一人で寝る決心がついたとか?」
「違うよい!」
少し寂しく思いながらもサッチがそう口にするとマルコが怒ったように口を開く。
「なら何で入ってこないんだ?」
「……」
また黙りこくってしまう。
何かを躊躇するように扉の向こうでもじもじと体を動かしている。
全く何をそんなに躊躇しているのだろうか。
一緒に眠ることがいまさら恥ずかしいと感じるわけもないだろうに。
「来ないんなら扉閉めてオヤジんとこ行けよ。俺は寝るぞ」
「やあよい!今夜はサッチと一緒に寝るのよい!」
頬を膨らませての抗議はとても可愛らしくみえたが現状が訝しいことに変わりはない。
慎重にサッチは尋ねた。
「なら入って来なきゃな。俺は温かいベッドで寝たいんだ。マルコだってそうだろう?それとも俺に一緒に甲板で寝てもらいたいのか?」
サッチが問うと当然のように首を振る。
それでも中には入ってこない。
「なあ、マルコ。俺を困らせたいのか?」
サッチの言葉に弾かれたようにマルコの顔が上を向く。
「違うよい!」
「じゃあ、入って来い。そんなとこにいられちゃ抱っこもしてやれねぇ」
「うっ……」
サッチの柔らかい笑みにマルコの隠れた足先がほんの少し前に出た。
その拍子にひらりと青いものが覗く。

今日の寝巻はスカートなのか、珍しい。
不意にサッチは思った。
マルコはこんな船に乗っているせいかあまり女の子らしい格好をしない。
オヤジや男連中もそのことを残念だと思いつつも、仕方のないことと受け止めている。
だが、この船の影の実力者とでも言おうか、ナースの面々はそれを許さない。
事あるごとにマルコを捕まえては着せ替えごっこをして遊んでいた。
サッチも女性や女の子の可愛い格好を見るのは大好きだったので顔を真っ赤にしながらスカートやらに身を包むマルコを毎度楽しく鑑賞している。
今日も寝る前に彼女たちに捕まったのだろうか。
なるほど、それが恥ずかしくて隠れているのか。
気づいた事実にサッチの頬が緩んだ。
「おいで、マルコ。どうせ無理矢理着せられたんだろう?俺は気にしないよ」
「知ってたのい!?」
「いいや。でも予想はつくさ」
そう笑えば、マルコは顔を真っ赤にして伏し目がちに言った。
「み、見ても引いたりしないでねい」
「だからしないって」
本当に何をそこまで躊躇する必要があるのだろうか。
恥ずかしがり屋だとはいえ、スカートなど何度も見てきているだろうに。
「私、嫌だって言ったのよい?」
「だから大丈夫だって。おいで」
「本当に引いちゃ、やあよい!」
しつこいくらいの前置きを置いてマルコは部屋の中へと足を踏み入れた。
おずおずと姿を現したマルコに、大丈夫だと口にしたはずのサッチが絶句する。
けれどそれも仕方のないことだった。
なぜならば見えた姿はスカートどころではない問題を抱えていたからだ。
「お前その格好どうしたんだ!?」
思わずサッチも詰め寄った。
「ふぇ?サッチ気づいてたんじゃなかったのよい?」
「全然!ちょ、どうしてこうなったんだ!」
「やっぱり似合わない?」
「そうじゃなくて!」
夜だろうと関係ない。
サッチは声を張り上げた。
そうなりたくもなる。

マルコは自分が身につけているものを服と勘違いしているようだったがそんなわけがない。
目の前に見える布地は服としては明らかに乏しかった。
薄くレースの様な青い生地はその先の肌を透けさせているし、下に履いているショーツも丸見えだ。
いや、よく見ればショーツでもない。
布越しに見えるそのパンツの横には可愛らしくリボンが見える。
ということは紐パンか!?
気づいた事実にサッチの頭に頭痛が起こる。
何を考えているのだろうか、うちのナースたちは。
マルコが着ているものは断じて服などではなかった。
この形態のものはサッチも見たことがある。
これは、こんなのは、子供に着せるものではないだろう!
薄くひらひらとしたその衣装はベビードールと言われるものに他ならなかった。
辛うじて胸だけがしっかりとした布地で覆われている状態で、後は見事なくらいスケスケだ。
いつもつけている足の飾りまで同じ素材に変えているだなんて凝っている。
いや、ここは感心するところではない。
サッチは深く息を吸った。
「なぁ、マルコどうしてそんな恰好になったんだ?」
「それは……サッチが喜ぶからって」
か細く声が響く。
ふるふると震える手足は恥ずかしさからだろうか。
不安気に己の目を覗き込む姿に何故だろう、胸がざわめく。
「変よねい、こんな恰好。みっともなくて。サッチの好みじゃなかったよねい」
「えっ、ちょ、マルコ?」
「ふえっ……」
その場に蹲ってしまった。
まるで自らの体を見られまいとするように蹲る姿にサッチはそっと息を吐いた。
「マルコ、大丈夫だから。ほら、引かないって言っただろう?」
同じようにしゃがみ込んで、サッチがその背を叩いてやるとマルコは恐る恐る顔を上げた。
「本当?」
見上げた青い目の端には雫が滲んでいた。
何も言わずにサッチはそっと自分の指の腹でそれを拭う。
そして額へと唇をつけた。
「ああ、本当だって。その、ちょっとびっくりしたけど、まぁ、似合ってるんじゃないかな?」
恰好としては大問題なのだがそれをさらに責めるのはよくない。
本気で泣いてしまうかもしれないし、第一マルコのせいではないのだ。
「可愛いよ」
頭を撫でながら安心させるように言った。
サッチのその言葉にマルコもホッと肩の力を抜く。
「……でもサッチ、さっきは本当に嫌そうだったよい?」
まだ不安を残した青い目がサッチをじっと見る。
「いや、大丈夫!可愛い!……ただ他のやつらに見られたら困るけどな」
「どうして?」
「えっと……可愛過ぎるから?」
本当のことを告げるのは可哀想な気がしたのでそう口にする。
もし、これが服ではなく、ただの下着だと知ったらマルコは真っ赤になってこの場から逃げてしまうかもしれない。
それはやっかいだ。
サッチは心の中でそう結論付けた。

「マルコ?」
「……ベッド行きたい」
いきなりサッチの腰に腕を巻きつけ、そのお腹に顔を埋めながらマルコが言った。
その仕草にサッチの心臓がトクリと音を鳴らす。
いやいや、まだまだ全然子供だから……!
青いレースから覗く白く細い肌と、Tシャツ越しに肌を擦る柔らかな金髪。
そして誘うかのような台詞と声色に一瞬倒錯的な想いに駆られた。
これが大人の女性からのお誘いならば、抱き寄せてキスしていたかもしれない。
浮かぶ妄想を振り払った。
「寝るか?」
「ん……」
頭の中のことなど何もなかったようにサッチはマルコに声をかける。
マルコもすぐに頷き了承したが、サッチの服は離さなかった。
仕方なくサッチはマルコの太ももを抱えて抱っこする。
そしてそのままベッドへと入った。



「マルコ〜、くっつき過ぎじゃないか?」
ベッドに入り、付いていたランプも消せば、部屋の中は暗闇に満たされる。
あるのは窓から射す、わずかな星と月の輝きだけだ。
そんな中、マルコはサッチの腰に巻いていた手を今度はその肩にかけていた。
つまりは顔がとても近い。
もう少しで唇が当たりそうなほどだ。
「嫌よい?」
「ん〜、嫌じゃないけれど」
少し落ち着かない。
胸元に抱きつかれたり、腕枕してやったり、こちらが抱きしめて寝てやることはあったがこんな恰好は始めてだ。
合わさる瞳も対等の位置。
なんだかくすぐったい。
「じゃあ、離れないよい」
マルコはさらにぎゅっとくっついた。
頬と頬が擦り合う。
「ちょ、マルコ!」
「何よい?」
慌ててサッチが言葉を口にするがマルコにはその理由がわからないらしい。
飽くまできょとんとした表情がちょっと恨めしい。
「……何でもない、おやすみ」
「おやすみよい」
またもぎゅっと抱きついてくる。
首や頬に触れる金髪はくすぐったく、邪魔でもあったがそれを払うようなことはサッチもしない。
優しく頭を一撫ですると、軽く聞こえてきた寝息と共にサッチもまたその瞳を閉じた。



部屋の中が更なる静寂に包まれ、月が天の真上に到達する時刻。
小さな青い双眼がぱっちりとその瞼を開けた。
そして目の前でゆっくりと呼吸し、眠る相手を見てうっすらと微笑む。
全てはこの小さな子の手の内。
今宵の企みは彼女が望んだことである。
服は自らが選んだ。
たくさん用意されたオススメの服の中から選んだに過ぎないけれど。
目の前の相手を誘惑したいと望む彼女に提案された計画。
だが望んだ企みとは言えども、行った行為は全てが演技というわけではない。
その下着を纏うのも、その姿を見せるのも、確かに恥ずかしい思いを抱いた。
けれどそれに勝る欲が彼女にはあった。
それは恋する者が誰しも持つ自然な欲求。
もっと自分を見て欲しい。
もっと意識して欲しい。
細やかな罠は確実とは言えないけれど、いつもよりも戸惑う姿を見せた彼はその罠に落ちたはず。
先ほどの反応に想いを巡らして小さな子は再び微笑んだ。
今はまだそう見られることが難しくとも、いつかきっと。
今は意識を持たぬ目の前の顔に、想いを含んだ唇は願いを込め、そっとキスをした。


(想い伝って色づいて)



ベビードールに滾って書きはじめたはずなのになんだか雰囲気変わっちゃいました(あれ?)
ロリたんがなんかちょっと計算高い?子になったwww
いや、彼女はちゃんと純粋な子ですよ(´∀`)
好きな人に振り向いて貰うにはどうしたらいいかなと思って相談した結果ああなっただけなのですよ(笑)
きっと大きくなっていくうちにどんどん美人さんになっていくんだろうなぁ。
そしてサッチも時期に惚れるだろうよ。
でもお世話係みたいなことしてたから一歩踏み出しにくい。
それを打ち破るのがマルコの役目とか!
・・・後、関係ないけれどマルコの「やあよい」が好きですw


[ 14/23 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -