ホワイトデー

チン、と短く軽やかな音が響いた。
その音を合図にサッチは一緒にお茶をしていたマルコの傍から離れ、音の主へと歩み寄る。
サッチが足を止め、手を掛けたのはいつもの調理で使うものよりも一回りほど小さなオーブン。
調理場の片隅に設置されたそれはサッチが自費で購入し、取り付けたものだ。
マルコがより喜ぶお菓子を作りたい。
そんなサッチの想いからこのオーブンは数年前からここにいる。
以来、幾度もマルコのためのお菓子を焼き続けてきた。

「ほら出来たぜ、マルコ」
マルコの鼻を焼きたての香りがくすぐる。
「ありがとうよい」
「おう」
笑顔を返し、改めてマルコは本日のお菓子を見つめた。
焼きたてのケーキはソースやフルーツで鮮やかに飾られている。
ホワイトデー用の特別仕様だ。
壊してしまうのがもったいないくらいの美しさだが食べなければそれこそもったいない。
その姿をなるべく目に焼き付けながらマルコはフォークを手に取った。
「それじゃあ……」
“いただきます”
そう言って、初めの一口を切り分ける。
ふんわりした生地をフォークの横腹が押し込み、スッと裂いていく。
切った先から新たな湯気がふわりと上る。
綺麗に切り分けた初めの一口をマルコはそっと口に運んだ。
「美味しい?」
サッチが尋ねるとマルコは嬉しそうに頷いた。
そしてフォークを置き、両の手をサッチの頬へと触れる。
「ん……」
優しくゆっくりと唇が重なった。
触れる唇の合間から時折、舌をチラつかせながらその行為は深いものへと変わる。
互いを呑み込むような濃厚なキス。
「ありがとう」
そう言って今度はサッチがマルコ頬に触れ、額を合わせる。
優しい仕草にマルコも頬に添えられた手に自分のものを重ね合わせた。
瞳を閉じて互いの微量の熱と呼気を感ずる一時。
そうして互いを共有した後、先ほどよりほんの少し冷めたケーキをマルコはまた一切れ口にした。
そしてそれを奪う様に今度はサッチが口づける。

贈る側であり、贈られる側。
サッチが作ったお菓子はまずマルコの口へ。
出来上がった瞬間の笑顔と口に入れた瞬間に広がる喜びの顔は何物にも代えがたい。
そしてマルコが味わい、その美味さを実感した時サッチもその味を知る。
互いの存在を確かめる様に唇触れ合い、舌が繋がれる。
繋がりの中で味わった幸福の味をマルコはサッチへと伝える。
自身の熱と感触と想いと共に。
口の中で崩れ落ちていく甘さを共有し合う幸福。
欠片一粒も残さぬように深くじっくりと味わう。
「はぁ……」
混ざり合う甘い味と相手の熱が自身の胸を焦がす。
口から零れる吐息はまるでその甘さを空気に伝えているかのようだ。

胸に抱く愛を形に変え、相手に伝える、Valentine Day.
贈られた愛に感謝し、愛を伝え返す、White Day.

一年にある対する二つの愛の行事は二人の間ではもはや決まり事。
サッチが自らの手で作ったものをマルコに与え、マルコは与えられたものを自らの唇で与え返す。
いつ頃かから始まった互いの贈り愛。
甘い香りを漂わす空気に勝る甘やかな雰囲気は両者を包み込み、愛の味覚を共有したその唇で今度は互いの耳元に愛の言葉を告げるのだった。

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