犯してはいけない

分厚い布。濃いカーキー色のジャケットに、白いシャツと青いネクタイ。制服を貰って初めて身に纏った時は嬉しくて仕方なかった。だけど今は重たくって仕方ない。まるで鎧を纏っているようだ。
はぁ、とため息を落とし鏡を見つめながらなまえは10kgの帽子を被った。


「なまえ 遅いよ」

更衣室で着替えを済ませ重たい足を持ち上げて事務室へ「おはようございます」と挨拶をしながら入ると事務室にはクダリしかおらずそのクダリは眉をひそませてなまえにそう言い放った。
遅いと言われてもまだ仕事の時間まで少なく見積もっても約15分はある。
なまえは戸惑いながら

「え、でもあの、まだ15分ぐらいはあります」

と口にすると、クダリは聞こえるようにわざとチッと舌打ちを打ってずけずけとなまえの目の前まで歩み寄ってきた。
その舌打ちが「物分かりの悪い新人め」と言われているようで怖い。

「上司に口答え? それに、君 まだ新米。 上司より後に来るの 信じられない」

クダリの顔は至って笑顔だがそれは本来の意味の笑顔とは掛け離れていた。
なまえはクダリとのその距離に恐怖を感じながらも下に俯きながら「ごめんなさい」と小さく謝った。
それが釈に触ったのかクダリはなまえの頬をガッと掴み無理矢理顔を上に上げて、怯えたなまえの瞳をジロリと睨み付け、「人に謝る時は 人の目を見て そんな事も分かんない?」
小学校で先生に習ったでしょ?そう言われれば確かにそうなのだがこの状況ではクダリの瞳を見ろという方が難しい話だ。
過去にあった事、昨日の出来事、この男への恐怖。
なまえにとってクダリの瞳を見るという行為はとてつもなく恐ろしい行為なのだから。
例えるならそう、麻酔銃で打たれて動けない所を飢えたライオンの檻に入れられたような、そんな恐ろしい事なのだ。
声も出ず、ただただ恐怖に肩を震わすなまえにクダリは呆れたのか、頬を掴んでいた手を離し、なまえをジロリと睨んで何も言わずに部屋を出て行ってしまった。

クダリの余りの迫力に腰を抜かしペタンと地べたに座ると足元から虫がはいずったみたいにゾワッとした。
あんなのとポケモン勝負だなんて、したい奴の気がしれない。

暫くして立ち上がるとほぼ同時に他の職員さん達が入ってきて「早いなぁ」なんて言われたが先程「遅い」とクダリに言われた後では何も感じない。
静かだった事務室内がワイワイとざわめきだしてからクダリは屈託ない笑顔で「おはよ!! 皆今日も一日がんばる!!」と室内へ入ってきた。

後でこっそり聞いた話だがクダリはいつも来るのが遅いらしい。
きっと今日あんなに早くに来ていたのはなまえにいじわるをする為なのか。
(私にとってはいじわるなんてレベルじゃないんですけど)

はぁ…と深くため息を吐くと誰にも見えないように聞こえないようにクダリが「ため息 耳障り」と舌打ちをしてきた。

やっていられない そう考えながらクダリがサボってきたという書類の山に手を付けた。
もちろんサブウェイマスターにしかサインできない書類なんかもあるのでなまえができる範囲だ。
元々事務係として雇われたなまえなので苦では無かったが、一々クダリの元へはんこを貰いに行くのだけは苦で仕方なかった。

中々職員とも仲良くなれないまま今日も一日を終えた。
明日も仕事だと思うと憂鬱だ。
しかし今日の様な失敗は犯すまいとその日なまえはいつもより早寝をした。



「おはようございます」

ガチャリと開いたドアの向こうには誰も居ない。
やった、一時間も早く来た甲斐があった。
これで今日はクダリに怒られないで済むな、と口元を緩めていると思ったよりも早く銀色のノブが鳴った。
磨りガラスの向こうには背が高い白色。
ああ、クダリが来たのか、と思うと同時にドアが開き、クダリはなまえと目が合うと銀灰色の目をパチパチさせて驚いたような顔を見せた。

「おはようございます!!クダリさん、今日は早く来ました」

ゆるゆるの笑顔でそう告げるとクダリはすぐに顔を歪めてゆるゆるのだらし無い顔のなまえにピシャリと

「仕事場に早く来過ぎるの タブー」





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