[とある男の憂鬱 その2 B]

「見える所に付けるなってあれ程言ったのに…!!お前のその耳はただの飾りか!?それに、いつの間に…っ」

今度は先生の胸倉を掴み、揺さ振ってはいるものの、名無し様よりも背が高く体格も良いからか、マダラさん程大変そうではなかったが、
名無し様にされるがままに揺さ振られ続けている姿はとても奇妙な光景だった。
それから、ようやく声を出したかと思えば、普段の先生らしからぬ声色で非常にばつの悪そうな顔をしていた。
自分にも他人にも厳しく克己的な印象の強い先生とはまた違う、初めて見る姿に自然と視線が釘付けになる。

「…すぐに寝るお前が悪い」

「なっ…!寝てる時に付けたの!?」

「目の前にあれば付けたくもなるだろう」

相変わらずばつの悪そうな顔でそう言い放った先生の顔を信じられない、と言った顔で見つめる名無し様の顔は真っ赤で、これもまた先生同様に初めて見る姿だった。

止める気は更々ないのか、遠巻きに二人を見つめている火影様とマダラさんは心底楽しそうな顔をしており、更に溜息が漏れる。
しかも、既に二人の会話に入ってしまったのか、段々と会話の内容があやしくなってきた。

「だからって、わざわざ見える様な所に付けなくてもいいでしょ…!!いくら髪で隠れててもあの二人には見えてたんだからっ!
あー、もう最悪。恥ずかしくて死にそう…」

「仕方なかろう。ワシを放ったらかしにした罰だと思って諦めろ」

「何でそうなるのよ!あんなにもやったら疲れるんだし、寝ちゃうのは仕方ないでしょ!?寝るなって言うなら激しくしないで、もっとゆっく…り…、」

最後の言葉を言い終わる前に、ご自身の言った言葉の重大さに気付いたのか、それからすぐに更に顔を真っ赤にさせた名無し様の姿があった。
聞いてはいけない事を聞いてしまった様な気がした。
自分もまさか、こんな大人の事情を聞く事になるとは思っておらず、再び顔に熱が集まるのを感じる。

遠巻きでにやにやと見つめる視線の先を睨んでいる名無し様は、いつもの冷静さはどこへやら。
拳を振るわせ、今にも襲い掛かりそうな雰囲気だった。

「うむ、仲良き事は言い事よ。…しかし、扉間よ。そんなにも激しくするなら、名無しに先に寝るなと言うのは些か酷であろう。お前はたまに加減を知らんからなぁ」

「ククッ。いいんじゃねーのか?それでも何回もやってるみたいだし、名無しだって満更でも無さそうだしなぁ」

「なっ…、っ…」

そして、そんな名無し様に気付いていながらも煽る様な言葉を掛ける二人の大人に気付かれぬ様に溜息を漏らす。

それからはあっという間だった。
チャクラを拳に一点集中させ、先生の腹部へと思いっきり叩き込む名無し様と勢い良く吹き飛ばされる先生の身体。
わざわざ雷遁まで纏い、威力とスピードを上げた攻撃に思わず息を飲む。
いくら先生と言えど、今の攻撃をまともに受けたのだ。
恐る恐る背後へと視線を向ければ、案の定、資料に埋もれぐったりとしている先生の姿があった。

これがいわゆる、鉄拳制裁というやつなのだろう。
普段の名無し様からは想像出来ない姿に無意識の内に手で身体を擦っていた。
そしてそのまま、先生を一瞥する事無く、未だ赤い顔のまま無言で部屋を後にする名無し様の後姿をただじっと見つめる。

「…おーい、扉間。生きておるか?」

「ぐっ…、余計な、事を言いおって…っ」

「ガハハハ!すまんな。つい、名無しが可愛くて遊び過ぎてしまった様だ」

腰を下ろし、そう悪びれる様子も無く笑いながら言い放つ兄者に軽く殺意を覚えたのは初めてだった。
まだ痛みが強いせいか、立ち上がろうとしても上手く身体に力が入らない。
多少は手加減したのか威力は戦闘時のもの程ではないが、未だ身体を走る痛みに思わず顔が歪む。

寝ている間に勝手に付けたのは悪いとは思うが、何もあそこまで怒る事はなかろう。
それにこの調子だったら、当分は触れさせてはくれないだろうし、色々な面でお預けを食らうだろう。
いくら自分の撒いた種とはいえ、まさかここまでの報復が返って来るとは思っておらず、大きく溜息が漏れる。

「しかし、お前も馬鹿だな。あんな場所に付ければ勘の良い奴は気付くぞ。ヒカクや桃華って女も気付いてるだろうしな」

「………」

いくら髪で隠れるとはいえ、見られる可能性があるという事は気付いてはいたが、多少なら良いだろうという考えが出てしまい、ついやってしまった。
やはり目の前に愛しい女の身体があれば付けたくもなる。
これが、所有欲や独占欲から来るものなのかは分からないが、触れられるのならば触れていたい。
ましてや、それが情事の後なら尚更そう思う。

要するに不可抗力と言うやつだ。

「わっ、先生!急に立ったら危ないですよ!」

「案ずるな。…時に猿よ。貴様、分かっているとは思うが…」

「分かってます!勿論分かってますから、そんなに凄まないで下さいっ!!」

物分かりの良い弟子で助かる。
そのまま頭を撫でてやれば、すぐさまほっとしたような表情に変わり、少しだけ笑いが漏れる。
身体は未だ所々痛むが、それでもゆっくりと立ち上がれば兄者とマダラの楽しそうな顔が嫌でも目に入る。
そんな二人を心底殴り飛ばしてやりたいと思ったが、今は名無しの後を追う方が賢明だろう。
扉の方へと向かえば、背後から「盛るのもほどほどにしろよ」と楽しそうな声色で一言そう言われたが、振り向かずそのまま足早に執務室を後にする。

***

「痕が消えるまで触らないで」

「…口付けは、」

「ダメに決まってるでしょ」

そう机に向ったまま端的に言い放った名無しの言葉に、分かってはいたが小さく溜息が漏れる。
これで無理にでも触れ様ものなら、今度こそ本気で殴られるだろう。
純粋な力ならば自分の方が勿論上だが、雷遁での活性化とチャクラコントロールを合わせた「力」なら名無しの方が上だ。
本気でやられれば、さすがの自分もただでは済まない。

痕が消えるまで、という事は最低でも三、四日は掛かる。
それまでの辛抱だと自分に言い聞かせれば、また溜息が漏れた。

「触るなって言ったばかりだけど?」

「髪ぐらいは良かろう」

悪足掻きではないが、隣に腰を下ろし長い髪を梳かす様に指を絡ませる。
鋭い視線を向けられるが、それ以上何も言ってこない事を肯定と取り、そのまま好き勝手に玩ぶ。
髪を梳かす度に仄かな花の香りが鼻を掠める。
何の花かは分からないが、良い香りがした。

いつもならこのまま口付けの一つや二つしたい所だが、如何せん今はそんな事をしようものなら、どうなるか分らない。
仕方なくそのまま髪に口付けを落とせば、こちらを見つめる視線に気付く。

「…ダメじゃなかったのか?」

「扉間からはね。…ちなみに、触ったらもっと延ばすから」

名無しからの口付けにそう問えば、少し悪そうな顔で仕返しと言わんばかりに何度も口付けされる。
しかも、触れるだけの軽いものばかりで、正直言って物足りない。
そんな自分に気付いていながらも釘を刺し、止めない所を見る限り、随分と意気地の悪い事をする。
それから少しして満足したのか、また机に向かい仕事を始めた。
まるでお預けを食らった犬の様な気分だ。
自分のそんな視線に無視を決め込む名無しにもう何を言っても無駄だろう。
何度目か分らぬ溜息を吐き、大人しく自分も机に向かう。

結局、触れる事が出来る様になったのはそれから一週間以上も先の事だった。

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