[あの頃の私達は、 E]

「もう帰るの?」

「あぁ」

掛けられた言葉にそう短く答えながら衣服を整える。
そんな自分の言葉が気に食わなかったのか、腕に巻き付く様に引き止められる。
甘える様な声で行かないでと言う。
もっと一緒に居たい、もっと好きだと言って欲しい。
どれも聞き飽きた言葉ばかり。

名無しと居た時はこんな言葉は一度たりとも聞いた事が無かった。
そんな事を言葉にしなくても、それが当たり前の事だったから。
時間が合えば当たり前の様に一緒に居て、数え切れない程好きだと愛していると言った。
意識せずとも、身体は勝手に動いた。

「ねぇ、聞いてる?」

その行動に何も答えない自分を訝しそうな顔で見つめられる。

まただ。
気が緩むと何かの拍子にふと、名無しと比べてしまう。
それが自分にとっても相手にとっても良くない事は分かっている。
それなのに、駄目だと分かっている筈なのに、一度考え始めてしまえばその思考は止まらない。

名無しの物事の考え方、生き様、誇り全てが鮮烈で自身を惹き付ける。
忍として同じ苦しみや悲しみ、憎しみを知っていて、他の女に無いものを数え切れない程持っている。
そんな女を知ってしまったら、それ以上の女になど出会える筈がない。
最初から分かっていた筈なのに、それでもこの穴をほんの僅かな時間だけでも埋められるものが欲しかった。

「…勝手で悪いが、お前とはもう会わん」

そう言えばどうなるかぐらい分かっていた。
唖然とした顔、怒りに満ちた顔、悲しい顔。
どれも何度も見て来た顔だ。
頬を打たれ罵られ様とも、これ以上何も言う事は無い。
目の前でいくら泣かれようとも、何も思わないし何も感じない。
自分でも本当に身勝手で酷い男だと思う。

そのまま部屋を出て行き、一人になれば先程よりは幾分か気は楽になった。
いつからこんなにも女々しい男になってしまったのだろうか。
こんな姿は周りの者達や弟子達には決して見せはしないが、きっと兄者はそんな自分に気付いている。
それでも何も聞いては来ないし、干渉して来る様な事はなかった。
そんな状況をいい事に、兄者の思いに気付いていながらも気付かないふりをしていた。

気付いていたとしても何も変わらない。
あの日、自分に何かを隠していた事は気付いていた。
それが何なのかは今でも分からないが、名無しが自分の元を去ってまでそれを隠したかった事にはすぐに気付いた。
そして、それを自分に悟られたく無かった事も。
それ程までに、名無しにとってその「何か」は重要だった。
だから、何も言えなかった。

だが、「何も言えなかった」それを後悔する日が来るなんて、その時は夢にも思いもしなかった。

***

「はぁ、はぁ…。先生、そろそろ休憩にしましょ…」

「…もうチャクラも空っぽですよ」

そう口ぐちに言う弟子達の顔は疲れ切った顔をしており、仕方なく少しばかり休憩を取る事にした。

三人が自分の弟子になりもう随分と経った。
今ではチャクラとチャクラコントロールも大分安定し、様々な修業が出来る様になった。
ホムラは分析力に長け、術の使いどころやチャクラコントロールが上手い。
コハルもホムラ同様チャクラコントロールに長け、難易度の高い幻術を得意とする。
サルに関しては忍術の才能を感じさせる素質があり、教えた事は何でも吸収し己のものとしていく。
そんな弟子達に修業を付けていれば、つい教える側にも力が入ってしまう。

修業に戻るぞと言えば渋々ながらも立ち上がる弟子達に苦笑いが漏れる。
どんなに厳しい修業でも付いて来るから面白い。
三人共忍としての素質は十二分にあるし、精神面も問題無い。

今まで戦いに明け暮れ、奪うばかりだった自分が今や育てる側の人間だ。

「…よし、今日はここまでだ。帰るぞ」

自分のその言葉に心底ほっとする様な顔をする弟子達にまた苦笑いが漏れる。
些か厳し過ぎるとは自分でも分かってはいるが、新しい芽を育てる事の楽しみや喜びを知ってしまうとつい指導にも熱が入ってしまう。
弟子達には悪いとは思うが、こればかりは止められない。

そのまま四人で演習場を後にすれば、それから少しして別の演習場に居るダンゾウ、カガミ、トリフの三人を見つけた。
演習場に居るという事は修業をしていたのだろうが、師である名無しの姿は見当たら無い。

「三人だけ?名無し様は一緒じゃないの?」

「…あぁ、さっき医療施設から緊急で呼ばれて、今はそっちの方に行ってる。俺達はその間三人で組手やってて、今は休憩中」

自身の思いを代弁するかのようにコハルがそう問えば、少しだけカガミの表情が変わった様な気がした。
自分の見間違いだったのだろうか。
そう思う程それは本当に一瞬で、次の瞬間にはいつもの見慣れた表情があった。
それからはいつもと変わった様子も無く、冗談交じりに話をしていた。
修業の疲れでも出たのだろう。
そのまま三人に労わりの言葉を掛け、その場を後にする。

***

「…何で嘘付いたんだ?」

「………」

四人が去り、その気配が感じられなくなった頃を見計らう様にダンゾウにそうはっきりと問われる。
ダンゾウの言う通り、さっきの話は自分の作った嘘。
名無し様は緊急で呼ばれてもいないし、医療施設の方に行ってもいない。
今はマダラ様と屋敷に戻っている。
戻っているというよりは、「連れ戻された」そう言った方が正しい。

「ねぇ…、カガミは先生の事何か知ってるの?」

心配そうな顔でこちらを見つめるトリフの顔をじっと見つめる。
ダンゾウもトリフ程顔には出さないが、その瞳には心配の色が見え隠れしている。

「…詳しくは教えては下さらなかったけど、何かの病気を患っている事は知ってた。でも、まさか血を吐く程のものだとは思わなかった。
だからかな…、前に病気の事は絶対に誰にも言わぬ様に口止めされたんだ…。二人は仕方が無かったけど、扉間様にはどうしても言えなかった…」

それは本当に突然だった。
最初は小さな咳から始まって、それが段々と酷くなっていった。
医療に関しての知識がない自分達が見ても、それが普通じゃない事はすぐに分かった。
それから口元を押さえる先生の指の隙間から見える赤い色に気付いた。

只事ではない。
そう頭が判断するや否や、一族同士の連絡手段に使う鳥をすぐさま呼び寄せ、マダラ様に飛ばした。
幸いな事にマダラ様も近くに居たからか、鳥を飛ばしてから数分後にはここに到着した。
名無し様が血を吐かれた事もそうだけど、いつも冷静なマダラ様のあんなにも焦った姿を見たのも初めてだった。

マダラ様もそんな名無し様の姿を見て事の重大さを悟ったのか、そのまま抱き抱え屋敷の方へと向かって行った。

『カガミ!簡単で良い。何があったのか説明しろ』

小さな咳から始まり、それが段々と酷くなって血を吐いた事を話せば、マダラ様の眉間に薄っすらと皺が寄る。
何か思う事でもあるのだろうか。
マダラ様の顔からは少しだけ影を感じられ、思い詰めた様にも見えた。
マダラ様と名無し様は本当の御兄妹ではないけれど、そんな事を感じさせない程の絆があった。
そんな名無し様のあんな姿を見て、何を思ったのか。
そう考えるだけで胸が苦しくなった。

「…俺達も戻ろっか。いつまでもここに居ても仕方ないし」

そう言えば二人ともその言葉に同意してくれて、そのまま三人で演習場を後にする。
里の中心部へと戻る間もそれぞれに思う事があるのか、会話は殆ど無かった。

←prev next→
Topへ Mainへ
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -