[あの頃の私達は、 ]

「それでは失礼致します」

会釈し、ゆっくりと襖を閉め部屋から出て行く医者の後ろ姿をぼんやりと見つめる。
ここ最近、体調の悪い日が続いていた。
医療忍者という立場上、自分の体調管理には日頃から気を使っていたから、こんなにも体調が悪い日が続くのは初めてだった。
そして、そんな自分の姿に周りが気付かぬ筈もなく、半ば強引ではあったが医者に診てもらう事になった。

半年前に設立された医療施設の管理と医療忍者の育成を任されているからか、一日にやらなければいけない仕事は山程ある。
何もかもが初めての事で最初は方針を巡り一族同士が対立する事もよくあった。
しかし、自分達が納得するまで何度も話し合いを繰り返し、互いを知って行く内に対立していた者同士もいつしか互いを認め合うようになっていた。
そのお陰か、最近は部下達の仕事の効率も上がり、ある程度の事は任せられる様になったが、それでも自分の仕事量は然程変わりはしなかった。
だから、この体調不良も日頃の疲れが積み重なって出て来たものだとばかり思っていた。

『今回の体調不良はどうやら悪阻が原因だったようですね。この時期はお辛いでしょうが、食べられる物を食べ、体力を落とさない様お気を付け下さい』

あの時は思ってもいなかった医者の言葉にただ驚きだけが自分の頭を支配していた。

今は少し落ち付いたが、それでも頭の中はその事でいっぱいだった。
忍として幼い頃から普通の女性以上に身体を酷使して来たせいか、今まで月のものは規則的に来てはいなかったから、今回も同じだろうとしか考えていなかった。
だから、まさか身籠っていたとは思わなかったし、そもそも自分が子を宿せる身体だとは思わなかった。

予想外の事ではあったが、嬉しい事には変わりない。
だが、一抹の不安が残る。
扉間と恋仲になってから今までずっと心の奥底にある「一族」という名の不安。
里が出来上がり、もう数年が経った。
それでも、千手一族と同盟を組んだ事に対して、未だ快く思っていない者達も居る。
少なからずそう言った者は千手にも居るだろう。

うちは一族の血継限界である写輪眼は他人に対する感情が開眼に大きく影響をもたらす。
写輪眼は心を写す瞳。
長く続いた千手一族との戦いで愛する者を失い絶望し、強い憎しみや失意により写輪眼を開眼した一族の者達が数多くいた。
しかし、その戦いが同盟を組んだ事によって終わり、その者達のどこにぶつけていいのか分からない憎しみが今もずっと消えずに蔓延っている。

柱間とマダラは一族と一族との枠を取り払い、繋ぐ事を望んでこの里を作った。
現に今の子供達は一族という名に縛られる事無く共に学び遊び成長して行っている。
しかし、それは表向きの事であり、もっと深くにある問題は未だ解決していない。

(…うちはの名を捨てる事を一族は許さない。ましてや相手は千手一族)

自分達は互いの一族を殺し過ぎた。
そんな自分達が一緒になる事は出来ないし、周りはそれを許さない。

***

最近は扉間も自分と同じ様に忙殺されているせいか、日に数回顔を合わせ、少しの時間を共有する事しか出来ておらず、二人でゆっくり話をする時間さえもない。
本当は無理にでも時間を作り話さなければいけないのに、色々な事が心に引っ掛かり、それから先に踏み出せない。
扉間に話せばきっと柱間の耳にも入る。
マダラ程ではないが、自分も柱間と交友関係を結びそれなりの月日が経った。
だから、どんな性格なのかも知っているし、その後に起こすであろう行動もある程度は予想出来る。

柱間は捕虜として捕らえられていた時から色々な面で自分の事を気に掛けてくれていた。
それはマダラが自分を守ってくれているのと同じ庇護欲に近いものの様にも感じられる。
そんな柱間の耳に入ってしまえば、一族の長であり火影という立場を省みずきっと千手とうちは両一族の者達を説得する為に動くだろう。
迷惑を掛けてしまう事ぐらい考えなくても分かるし、それが柱間の立場を悪くしてしまう事も分かっている。

でも一番不安なのは、扉間が自分と同じ気持ちなのかどうか。
もし、子が出来る事を望んでいなかったとしたら。

自分には言わないけれど、扉間に見合いの話がいくつも来ている事はもうずっと前から知っていた。
火影の弟であり、恐らく次の火影になるであろう扉間にそういった話が来るのは分からないでもない。
自分達の関係だって大っぴらにしている訳でもないし、勿論婚姻の約束をしている訳でもない。
特に自分達の様な立場の人間は自由に婚姻関係を結ぶ事の方が難しい。
だから、いつか別の女性を妻として迎える事になるかもしれない。
そして、その時に障害になるのは自分達の存在だ。

(…うちは一族の女と一緒に居るより、他族の女性を娶った方が良いに決まってる…。その方が扉間の立場を悪くする事もないし、周りにとやかく言われる事もない)

そう自分の中で結論付けておきながら、瞳からは涙が零れ落ちる。
本当はずっと扉間と一緒に居たいし、三人で幸せになりたい。
でも、そんな我儘を言える筈がないし、そもそもその願いが叶わない事ぐらい分かっていた。

***

あれから身体の変化に気付きながらも日々の業務をこなしていた。
自分なりに最善の方法を考えてはいるものの、解決策は見つからない。

部下に指示を終え、ぼんやりとその事を考えていたら聞き慣れた自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。
声のした方へと顔を向ければ、こちらに向かって歩いて来る扉間の姿が目に入る。
近くに寄って来るなり急に抱き締めて来るものだから、少し焦る。

「わっ、扉間。…誰かに見られるよ」

「チャクラを練っているから大丈夫だ。こうも忙殺されると気苦労も増えるからな。これぐらいは勘弁してくれ。それに、ワシは見られようとも別に構わん」

そう言いながら抱き締められ、髪に口付けを落とされる。
こんな風に抱き締められるのも随分と久しぶりだ。
その言葉に堪らず背中に回していた腕に力を込め、顔を押しつける様に抱き付けば、規則正しい鼓動が耳に響き落ち付く。
そのまま深く息を吸えば、さっきまでのもやもやとした気持ちが少しだけ楽になったような気がした。

そして、それと同時に自分がどうするべきなのかも自ずと理解した。

「…?どうした?」

「ん、何でもない」

この愛おしい気持ちを言葉にして伝える事は出来ないけれど、今はこの時間を大切にしたい。
溢れ出て来そうになる涙を堪えながらいつもの顔を作れば、相変わらずの顔で優しく口付けを落とされた。

***

「マダラ。少し話があるんだけど…。今、大丈夫?」

陽も沈み、真っ暗な廊下を進み着いた場所はマダラの部屋の前。
そう声を掛ければ、そのまま中へと招き入れてくれた。
書物でも読んでいたのか、畳には資料や巻物が転がっていた。

さすがと言うべきか、自分の顔を見るなり表情が変わった所を見る限り、自分に何かがあったとすぐさま悟ったのだろう。
そして、いつもより真剣な顔で座るように促される。

「何かあったのか?」

「…あのね、」

子が出来た事、一族の事、扉間の事。
そして、自分がこれから先の事をどう考えているのかも全部話した。
自分の話を聞いてどう思ったのかは分からない。
それでも、一族の長であり兄であるマダラにだけは話さなければいけなかったから。
ただ黙って自分の顔をずっと見ているだけだから、怒っているものだとばかり思っていた。
でも、自分のそんな想像とは真逆と言って良い程の優しい手付きで何も言わずに頭を撫でるものだから、今まで張詰めていたものが一気に解け、涙が溢れて来た。

「もう、決めたのか?」

その言葉に鼻を啜りながらも小さく頷けば、それ以上何かを聞いて来る事はしなかった。
この決断が本当に正しいのかは分からない。
それでも、マダラは全部理解しているからこそ、何も言わず受け入れてくれる。

今はそれにとても救われた様な気分だった。

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