[とある男の憂鬱 その1]

「………」

「…?何?」

任務から帰還し、数日ぶりに会ったかと思えば何を言う訳でもなく薄っすらと眉間に皺を寄せたまま無言で見つめられる。
若干不機嫌そうに見えるのも何かしら関係があるのだろうか。
そう内心で思いつつその視線の原因を考えてみるが、思い当たる様な事は無い。
それでも、無言で見つめられれば変に勘繰ってしまうのが人間だ。

しかし、あれやこれやと頭を捻り考えてはみるが、やはり、何も思い付かなかった。
少しの沈黙の後、口を開いたと思えば「それ」と一言。
「それ」と言われても何を指しているのかを理解するには今一つ言葉が足りない。
それでも少しして訳が分らないという自分の表情に小さく溜息を吐きながらようやく話し始めた。

「その服、買ったのか?」

「…え?これ?」

予想外な扉間の言葉に素っ頓狂な声が漏れる。
「それ」という言葉がまさか服の事を指しているとは思わなかった。

その言葉に視線を下へと向ければ、先日、桃華と会った時に貰った黒い服が目に入る。
自分に買って来てくれたものらしく、すっきりとした細身の服だ。
動き易いしどちらかと言えば結構気に入っている。
普段から人の服装に難癖を付ける様な男でもないし、むしろそう言った事には無頓着な方だから、扉間のその言葉に少し驚く。
それでも、それをわざわざ口に出すという事は何かしら思う事があるのだろう。

「桃華から貰った服だよ。前に話したでしょ?動き易いから結構気に入ってるけど…、変?」

「…いや、変ではない」

寧ろ、良く似合っている。
しかし、それが問題なのだ。

自分達の関係は別段周囲に隠している訳ではないし、屋敷の者達は勿論の事、自分達の弟子も気付いているだろう。
うちは一族の者もマダラをはじめ、よく顔を合わせる者達も知っているだろうが、それでも、未だ知っている者の方が少ない。
それ故に、世間では独身と通っているからか、名無しの周りには自分の知らぬ間に度々変な虫が付く。
うちはの中でも手練として千手にも名が通っているし、高い役職に就いているからか、表立って手を出す様な輩は居ないが、それでも名無しを恋う者は少なくはない。
千手とうちはが同盟を組み、互いを少しずつ理解し始めた頃からそういった事が目に付く様になった。

今の服装も身体の線に沿った少しだけ丈の短い細身の上下繋ぎの物を着ており、名無しにしてみれば動き易いのだろうが、男の視線から見ればまた少し違う。
最初は気にする様な事ではなかったが、周囲から度々感じる視線の中には、男にしか分らぬ別の視線を感じる時もある。

「変じゃないって言う割には随分と不満そうな顔してるけど」

そんな自分の様子に気付いたのか、そう言ってはいるが、根本的な事までは気付いていないのだろう。
少しだけ不満そうな名無しの顔が目に入る。
かと言って、こんな事をいちいち口出しするのもみっともない。
それにこのままでは根掘り葉掘り聞かれ、笑われるのは目に見えている。

「用事を思い出した。お前は先に戻っていろ」

「え?あ、ちょっと扉間!もう…!報告書も書かなきゃいけないし、なるべく早く戻ってよ!」

まだ話の途中だが、踵を返し目的の人物のチャクラを感知し、そのまま歩き出せば、後ろから溜息交じりにそう声が聞こえた。

***

「お前から私の所に来るなんて珍しい事もあるもんだな」

そう涼しい顔で愉快そうに話す桃華に渋い顔を向ければ、大方何故自分がここに来たのか、ある程度は予想出来ているのだろう。
先程から愉快そうに笑うその顔が良い証拠だ。

「私が見立てたんだ。良く似合ってただろ?」

「ワシの苦労も少しは考えろ」

「ははは、少しぐらい良いじゃないか。それに、名無しがああいう格好をしてくれると周りの者達の仕事の効率が上がるからな。私としては助かってるよ」

そうあっけらかんと言い放つ桃華は悪びれた様子も無く、随分と楽しそうにも見えた。
仕事の効率が上がるというのも納得は出来る。
指示する立場である自分達次第で部下の出来は変わるし、桃華の言う通り、人間である以上やる気もそれに左右される。
自分と同じく兄者の側近の立場にある桃華らしいと言えばそうだが、自分の女を餌代りに使われるのは気が進まない。

名無しも出会った当初の頃に比べれば、雰囲気も柔らかくなったし、女らしくなった。
そのせいか、元の容姿も相まって里の内外で佳人と称され、噂になっていると聞いた事がある。

「名無しの性格を考えたら万が一でも他の男になびく様な事はないんだし。そんな事はいつも傍に居て近くで見ているお前が一番良く分ってるだろ。
それに、大名の息子からの見合いの申し出を全部断ってるのもお前が居るからだろ」

「…そんな話、一言も聞いておらんぞ」

「どうせ断ってるんだし、言う必要がないからじゃないのか?」

確かに名無しの性格を考えれば、自分一人で解決出来る問題を人に報告する事も無いし、ましてや見合いの件を断った事などいちいち自分に言う筈も無い。
見合いの件は恐らく大名から兄者を通して名無しに話が行っているのだろう。
二人がわざわざ自分に言う必要が無いと判断した上での事なのだろうが、やはり気分は良くなかった。

桃華に「眉間に皺が寄ってるぞ」と言われるまで自分がどんな顔をしているのかも気付かなかった。
そして、まさか自分がここまで独占欲の強い男だとは思わなかったし、それに気付いたら気付いたで更に自分が情けなくなり大きく溜息が漏れた。

「まさか、お前のこんな姿が見られる日が来るなんてねぇ。私としても感慨深いよ。なぁ扉間?」

「…黙れ」

「ははは。まぁ、そんなお前に一つ良い事を教えてやるよ。名無しの―」

***

「はい、報告書。早く戻って来てって言ったのに、遅いから全部私の名前で書いてあるよ」

「あぁ、悪いな」

自分達が仕事で使っている部屋の扉を開ければ、それと同時に顔を上げる名無しと視線が合い、そう言われた後もまだ他に仕事が残っているのか、
すぐに視線は手元へと向けられ、右手が忙しなく動いていた。
さっきの自分の態度に何かしら言及して来るかと思ったが、それも無く相変わらず黙々と手元の資料に意識を注いでいた。
ちらりとその資料に目を向ければ、新しく開発した医療忍術の詳細や解毒薬の調合比率などの小難しい単語が事細かく書き連ねられていた。

そのまま黙ってその様子を見ていたら椅子に座っている名無しの真横から見下ろす様な形で立っている自分が気になるのか、再び顔を上げた名無しと視線が合う。

「…そんなに見られると、すっごく仕事し辛いんだけど」

「………」

そう言いながらこちらを見上げながら言う名無しの首元に見える赤い首飾り。
以前、うちはの研磨師に頼んでいた物だと言っていた事を思い出す。
小振りだが美しく煌めいており、深紅が名無しの白い肌に映えよく似合っている。

その言葉に何を返す訳でもなく、こちらを見つめる瞳を見つめたまま口付けを落とす。
そんな自分の行動に驚いた表情をしている名無しに構う事なくその唇を堪能すれば、少ししてようやく状況が理解出来たのか、右手で唇を押さえられ動きを止められた。

「ちょ…、扉間。ここ、外でしょ…。どうしたの?」

「たまにはこういうのも良いだろう」

名無しの言う通り確かにここは自分達以外の人間は勝手には入って来ないが、外には変わりない。
しかも、自分達の弟子は事ある毎によくここに来る。
それでも、訝しげな表情の名無しに気付かぬ振りをしながらもう一度口付けを落とせば、何を言っても無駄だと悟ったのか呆れた様に笑う名無しの顔があった。

『名無しのしている首飾りがあるだろ?あれ、特別に作って貰ったお守りなんだってよ』

『お守り?』

『お前の瞳と同じ色の石で作って貰ったらしく、自分の手元にあると安心するんだとさ。ま、ようするにお前の心配もただの杞憂って事だろ。
だから、さっさとその辛気臭いうっとおしい顔をどうにかするんだな。見ているこっちの身にもなれ』

好き勝手に言われ、挙句の果てには文句まで言われるとは思ってもいなかったが、それでも先程より幾分気分が良いのは自分でも分かる。
単純だなとは思うが、まさか名無しがそんな事をするなんて思いもしなかった分、余計にそう感じるのかもしれない。
先程の桃華の言葉を思い出しながら大人しく口付けを受け入れる名無しを見ていると、男と言うやつはつくづく単純な生き物だと嫌でも実感させられた気分だった。

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