[14. 愛とは 第一部]

今日は初めて他族と里作りに関する方針を決める会合が行われる大切な日だ。
さすがのマダラも場を弁えているのか、いつもの服装とは少し違う背にうちはの家紋が入った物を身に纏っていた。
長がそんな格好で出席するのに側近である自分が仮面を付けて出席する事など到底出来る筈もなく、仕方なく自身も背にうちはの家紋が入った女物の衣服を着用する。

「お前のそんな格好なんて久しぶりに見たな」

「本当は面を付けたままで行きたいけどね」

視線の先には少し光沢のある黒地に、花の紋様が施された物を着ている名無しの姿がある。
それは以前、忍である名無しの為に畏まった席でも使えるようにと特別に作らせた物だった。
髪は邪魔にならぬ様に美しく纏められており、よく似合っていた。
いつまでも子供だと思っていたのに、いつの間にかこういう格好が似合う女になっていた。
そんな名無しの姿を見ていると、改めて時の流れを感じさせられる。

***

「名無しっ!!」

「ちょ…、柱間…っ、離せ!暑苦しい近付くなっ!!」

会合もどうにか何事も無く終わり、他族の者が居なくなったと同時にこちらに走って来た柱間に力一杯抱き締められる。

今この場には私達と柱間の三人しか居ない。
どうやら長の側近として出席したのはうちはとその他数名の者達だけだった。
女は自分一人だけだったからか、最初は好奇な瞳で見られたが、そんな事いちいち気にしていては何も始まらない。
多少煩わしくは思ったが、じきに慣れるだろう。

「その辛辣な物言い…。懐かしいぞ」

「気色悪い言い方すんじゃねーよ」

「ガハハハ!仕方あるまい!久方ぶりにこうやって会えたのだぞ。これぐらいは勘弁してくれ」

本当に嬉しそうに笑うものだから、いつしか抵抗する気力も消え失せ、為されるがままだった。
時折、小さく鼻を啜る音が聞こえその度に強く抱き締められる。
こんな風にマダラと柱間が共に同じ空間で笑い合える日が来るなんて本当に夢の様だった。
目に見える確かな「幸せ」がここにあり、それを肌で感じる事が出来る。
それがとても嬉しかった。

「今日はお前もマダラと一緒に来るだろう?ミトもお前に会いたがっていたぞ」

無邪気に笑いながらそう言う柱間の言葉に少しだけ現実に戻された気分になった。
今日はこれから何も用事が無い事はマダラも知っているし、下手に嘘を付いて誤魔化す事は出来ない。
しかも、そんな風に言われて理由も無く断る事なんか出来ない。
仕方なく小さく頷けば、その様子にまた満面の笑顔を向けられた。

その後、そのまま千手の屋敷へと向かい久しぶりにミトさんと会った。
自分の姿を見るなり、驚いた顔をした後すぐに泣きそうな顔で強く抱き締められる。
本来敵である自分をこんなにも心配していてくれたのだと思うと涙腺が緩くなるのを感じた。

***

マダラと柱間はまだ二人で飲んでいる。
あれから食事をご馳走になり、結局このまま今日はここに泊る事になった。
本当は自分一人だけでも戻るつもりだったが、そんな事が言える様な雰囲気ではなく、心の中で小さく溜息を付いた。

自分も久しぶりに飲んだせいか、いつもより少しだけ頭がぼんやりするのを感じる。
火照った顔を醒まそうと外へと出れば、ひんやりと吹く風が心地良かった。
元々、お酒は少しだけ嗜む程度にしか飲まないから強い訳ではない。
それでも、酔う感覚は嫌いじゃない。
笑い合う二人の姿を見る事が出来るし、この時だけは深く物事を考える必要がないから。
そんな事を考えながら闇夜に浮かぶ月を見つめる。

それから少しして二人の居る部屋へと戻ろうと、障子を開ければ見慣れた人物の姿があった。
まさか、この場に居るとは思っておらず一瞬動きが止まる。

「…誰だ?」

扉間のその言葉にすぐに我に返る。

まずい。
瞬時にそう思った。
冷静さを装いつつ手短に自己紹介し、すぐに視線を逸らす。
しかし、酒の席が幸いしてか、特にマダラ達に何かを言われる訳でもなく、どうにかその場は問題なく過ぎた。
それでも、今すぐにこの場を立ち去りたかった。

***

お酒が進んで来た頃を見計らい、静かに外へと出る。
マダラと柱間の会話で、最近はあまり屋敷に立ち寄らないと言っていたから安心していた。
だから、まさか会うとは思わなかった。
油断していた。
その言葉が今の自分には一番合う。
用意されていた布団に横になりながら、今更ながらに後悔する。
自分か扉間にか、はたまたそれ以外に対してなのか、もう何度目か分らぬ溜息が漏れる。

「…帰りたい」

折角の酔いも一気に醒めてしまった。
あの時、自分はここで死ぬんだって思った。
マダラの声がどこか遠くで聞こえる様なそんな感覚がした。
身体から血がどんどん流れて行って、意識が少しずつ薄れて行くのを感じた。

敵として戦う事を覚悟して今まで戦っていたつもりだったのに、いざその時が来て「最期」を実感してしまったら、少しだけ後悔の気持ちが生まれた。
今まで心を無にして戦って来たつもりだった。
それでも、結局は忘れたふりをしていただけで何も変わっていなかった。

惹かれる気持ちはいつしか好意に変わっていった。
だから、最後の最後で「もう会えない」と思ってしまい、涙が溢れて止まらなかった。
そして、次に目が覚めた時、はっきりと自分の中にある想いを認めた。
自分は扉間の事を愛していたのだと。
だからこそ、会わないと決めた。

愛は人を最も弱くする。
それは身を以って体験した自分自身が一番良く分かっている。
私はイズナに愛されて愛する事で多くの事を知り学んだ。
でも、一度愛を知ってしまえばどんどん欲張りになってしまう。

近くに居れば居る程、触れたくてずっと傍に居たい。
そんな風に思ってしまう。
だから、会いたくなかった。

***

真っ暗と静まり返った屋敷の中を音を立てずに歩く。
日付が変わってからもう随分と時間が経った。
気配を消し部屋の様子を見に行けば各々部屋へと戻ったのか、そこには誰一人居なかった。
確認を終え一安心した後、そのままかつての裏庭へと足を運び腰を下ろす。
もう二度と見る事は無いと思っていたここからの景色に、無意識に口元が緩む。

この場所は好きだ。
小さな空間の中にまるで自分だけの世界がある様なそんな気がする。
明るい時は美しく手入れされた庭を見る事が出来るし、暗くなれば満天の星空をゆっくりと眺める事が出来る。

「あ、流れ星…」

星空を眺めていたら一筋の線が空を切る様に流れていった。
小さい頃、イズナとマダラの三人でこうやって星空を眺めた事を思い出す。
三人でよく縁側で横になって流れ星を探した。
でも、いつまで経っても見られなくて、飽きてしまったのかマダラが先に部屋へと戻った後もイズナと二人でずっと探していた。

それから少しして、一筋の線が見えた時は二人で無邪気に喜んだ事を覚えている。
その時にイズナと初めての「約束」をした。

『兄さんには内緒ね。俺と名無しの二人だけの秘密』
今でもその約束はずっと続いている。
無邪気だった頃の自分が懐かしく感じ、少しだけくすぐったい。

イズナが死んでからこうやって昔を思い出し、懐かしめる様になったのは柱間のお陰なのかもしれない。
柱間の強い思いがマダラの手を引き、深い闇から救い出してくれた。
それが結果として平和への道へと繋がった。

過去に生きるのではなく、これからの未来を生きなければいけない。
そう自分の中で思える様になった。
思う事で自分が強くなったのかは分からない。
それでも、先には進める。
今の自分にはそれが一番大切な事だから。

瞳を閉じ心の中でお礼を言い、もう一度星空へと視線を向けようと瞳を開ければ、今まで感じなかった気配を背後に感じた。
振り向かなくてもそれが誰のものなのかはすぐに分かった。

「こんな場所で何をしている」

背後から声を掛けられれば振り向かない訳にも行かず、仕方なくそちらの方へと顔を向ければ、案の定、腕を組み仏頂面をした扉間の姿がそこにあった。
その顔の意味も分からないでもない。
今まで敵だったうちは一族の者が千手の屋敷に居るのだ。
そう簡単に信頼出来る筈が無い。
ましてや、こんな夜中に裏庭に居るのだから警戒しない方がおかしい。

「…眠れなかったので気分転換に外の空気でも吸おうかと思いまして。でも、少し肌寒くなって来たのでそろそろ部屋に戻ります」

笑顔を作り極力穏やかな口調で話せば、訝しむ様な視線を向けられる。
その視線に気付かぬ振りをして立ち上がり、その場を後にしようと踵を返せば、また背後から声を掛けられた。

「何故ワシを避ける?」

「避けてなどいませんよ。現にこうやって話しているではありませんか」

「………」

本当は今すぐにでもこの場を立ち去りたいが、下手な行動をしてこれ以上警戒されるのも、後々の事を考えれば避けなければいけなかった。
仕方なくその言葉に気付かれぬ様に小さく溜息を付き、ゆっくりと心を落ち付けてから振り向き笑顔を向ける。
上手く笑えているかどうかは分からないが、それでも少しぐらいはこの暗闇が隠してくれるだろう。
そう密かに願いながらもう一度扉間の顔を見つめ、そう言い放つ。
しかし、その返事も気にくわなかったのか未だ瞳は相変わらず鋭いまま。

折角の作り笑いもどうやら功を奏する事はなかったようだ。
それよりもむしろ、より一層機嫌が悪くなった様にも感じた。

「失礼します。おやすみなさい」

触らぬ神に祟りなし。
こう言う時はさっさと大人しく引くのが一番賢い。
同盟を組んだ以上、力で解決する様な事は無いが、それでも極力互いにわだかまりが残らない様にしなければいけない。

それが最も重要な事だ。
波風立てず、何事も無く回りと同調し物事を進めて行く。
それがマダラの側近としての自分の役目。
私情を挟む事は決して許されない。

「待て。まだワシの話は終わっとらん」

「…まだ何かご用ですか?」

そのまま歩を進めれば、今度は手首を掴まれ引き止められる。
急に掴まれたからか、驚いてしまい身体がびくりと小さく跳ねる。
振り解こうと力を入れるが、そう簡単に離す気は無いのか、思いのほか力強く握られていた。
そんな扉間の態度に少しずつ苛立つのを感じる。
そのせいか、口調も段々と端的なものになってしまい声色もつい少しだけ低くなってしまった。
言い終わった後にはまずいと思ったが、今更もう遅い。

「そろそろ、その口調を止めたらどうだ?」

「何の事でしょう?」

マダラ達との会話でも聞かれていたのだろうか。
今の自分の口調が偽物だと確信した様な言葉に少しだけ顔を歪める。
どうやらもう不機嫌さを隠すつもりはないのか、眉間にしわを寄せ睨む様にこちらを見つめる扉間の視線があった。
何がそんなにも気にくわないのか。
少しだけ睨むようにそう言えば、一度瞳を閉じ、またこちらを真っ直ぐに見つめられた。

その瞳はあまりにも真剣で、今までのものと違う事にはすぐに気付いた。

「…ワシがいつまでも忘れていると思うな」

その言葉に一瞬で心臓を鷲掴みにされる様な感覚を覚えた。

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