[6. それぞれの求めるもの]

それは本当に何の前触れもなく訪れた。

「マダラは一族の為というよりも寧ろ、己の復讐の為に戦っているだけだ」

「違うっ!マダラは一族の為、そして…、イズナが望んだ平和の為に戦っている!何も知らぬ癖に勝手な事を言うな!」

つい先程、自分の元に千手の集落の北方で見張りをしていた者達がマダラによって全員殺されたとの連絡が入った。
勿論、敵として対峙する以上はどちらかが犠牲になるのは仕方のない事であり、それは決して避けられない事だ。
それに、マダラ程の実力者ともなれば、何人が束になろうとも敵いはしない。
千手や他の一族であれマダラに挑む者は居なかった。
それ程までに格の違いが歴然としているのだ。

決して敵わないと分かっている相手に戦いを挑む程、人は愚かではない。
マダラも自分を唯一無二の存在として認識しているからか、それ以外と戦う事は滅多になかった。

「そんなものはただのこじ付けに過ぎない。あいつは弟の仇討ちの為だけに一族の名を利用しているだけだ!千手を恨み、全てを殺すまで止まらない。
うちはマダラは悪に憑かれた男だ」

「扉間!そういう言い方はよせ!」

そんな中での今回の報告は今までにないものだった。
それには理由がある。
元々集落の北方は敵も殆ど立ち入らない為、前線で戦い怪我を負い以前程は動けなくなった忍やチャクラ量が少なく前線で戦うには忍びない者が見張りとして立っている。
勿論、数名の手練も配置している。
皆何かしら事情がある者達ばかりで万が一の際は降伏する事も己を守る為に必要だと教えていた。
マダラが相手であれば、降伏する以外に助かる道はない。
しかし…、それが全員殺されたのだ。

「マダラならあの者達の力量も分かっていた筈だ。それなのに一人残らず殺した。これのどこが違うと言える?」

自分の言葉に迷いなく真っ直ぐそう言いながら見つめて来る扉間の視線に耐えられなくなり、そのまま視線を逸らす。

マダラは誰よりもイズナの事を大切に想い案じていた。
そのイズナが死に永遠の万華鏡写輪眼を手に入れてからマダラは変わってしまった。
以前にも増して戦いに身を投じる様になり、常に柱間との戦いを望んでいるかの様にも見えた。
そして、扉間の言う通り千手を恨む気持ちも大きくなった。
それでも自分にとってマダラは兄の様な存在であり仲間だ。
いつかこの戦いの終わりを信じて付いて来た。

拳を握る手に力が入る。
しかし、思いがどうあれマダラがその者達を殺した事実は消えない。

「マダラはイズナが死んでから変わってしまった…。新しい万華鏡写輪眼を手に入れてからの須佐能乎のチャクラはとても冷たくて、ただ憎悪だけが感じられた…。
それでもマダラは私達の長だ。仲間を信じないで何を信じる?…イズナがどれ程マダラにとって大切で掛け替えのない存在だったかお前になら分かるだろ?」

「…分るさ。マダラ程愛情の深い男は居ない。だからこそ俺は共に手を取り合い生きて行ける道をマダラと共に歩んで行きたいのだ…。
弟はもうおらぬとも、仲間として友として支え合い、幼い頃の二人の夢を叶えたいと今でもそう思ってる」

そう切なそうに言う柱間の瞳に嘘偽りはなく、その言葉が本心だと分かる。
自分は今まで「千手柱間」という男の上辺しか見ていなかったのだと気付いた。
最初はただのうっとおしい考えの甘い男としてしか思っていなかった。
勿論、うっとおしい部分は今も変わらない。
それでも、柱間の持つ「甘さ」に対しては少しずつ認識が変わって行った。

柱間は常に両一族が手を取り合い、共存する事が最善の方法だと常々そう言って来た。
幼い子供達が戦場に出て命を落とす事のない世を作りたいと言っていた。
最初はそんな事が出来る筈が無いし、馬鹿げていると思っていたが、今ではそう願ってしまう自分が居る。
復讐は復讐を生み出す。
誰かがそれを踏み止まらない限り決して止まる事はない。
そうしなければ、イズナの望んだ平和は決して訪れる事はない。

「マダラは万華鏡写輪眼を酷使し過ぎたせいで視力を失っていた。イズナは自分の死が近い事を知っていたからマダラに己の瞳を託して死んだ…。
その瞳がこの戦争を終わらせ、平和をもたらしてくれると信じて」

「…強い情に目覚めた者程、闇に捕らわれ悪に落ちる。イズナはその引き金だったか。弟が原因で己を見失うとは皮肉なものだな」

そう言い終わるや否や、部屋には鋭い音が響いた。
頬を打たれた痛みはそれ程感じはしなかったが、それでもその行為に文句の一つでも言ってやろうと名無しの顔を見返せば、その瞳に涙が溜まっている事に気付く。
まさか泣いているとは夢にも思っておらず、すぐに言葉が出て来なかった。

「死んだ人を…、イズナを侮辱する事は許さない…っ。あの人はどんな形であれ、誰よりも平和を望んでいた。誰よりも仲間やマダラの事を想ってた…!」

こんなにも感情を露わにする名無しを見たのは初めてだった。
泣いた事にも驚いたが、声を荒立ててまで死者の名誉を守った事に一番驚いた。
そんな事をする様な女じゃないと思っていたから。
死を客観的に見つめ、己の死にさえ執着心を持たぬ女が他人の死を嘆くとは思わなかった。

未だ溢れ出る涙を拭こうともせず、真っ直ぐにこちらを睨みつけて来る名無しの瞳は赤くなっており、逸らす事が出来なかった。

***
 
あれから柱間が仲裁に入り、ひとまずその場は落ち着いた。
今は自室へと戻り横になっている。

捕らえられ、千手と戦い以外で関わり合いを持つ様になってから今まで見えなかったものが見えて来た。
柱間が心の底からうちは一族との共存を求めている事や友であるマダラを救おうとしている事も知った。
色々な事を知って行くうちにもしかしたらいつか柱間の言う通りうちはと千手が共に手を取り合い生きて行く事も出来るんじゃないかって思い始めていた。
でも…、それは簡単な事じゃない。
綺麗事ですまされる程、人の愛情は軽くはない。
扉間の言いたい事も言っている事も理解出来る。
マダラはあの日から変わってしまったから。

「…イズナ」

もし彼が生きていたら「今」はどうなっていただろう?
相変わらず戦いは続いているのか、それとも柱間の言う様に手を取り合い生きていただろうか。
「もし」という言葉は、良い言葉にも悪い言葉にもどちらにも使える。
不確定でその者の後悔や願い恐れを表わす。

もし、彼が生きていたら。
もし、扉間が私を殺していたら。
もし、私が千手との共存を望んだら?
私がそう望んだらきっと柱間やミトさんは喜んでくれる。

でも、扉間は違う。
扉間がうちはとの共存を望んでいない事ぐらい考えなくても分かる。
そう考える方が普通で、柱間の考えの方が普通ではないから。
そう思うと、少しだけ胸が痛んだ。

***

「はぁ…、お前はもう少し言葉を考えろ。あれでは名無しが怒るのも無理ないぞ」

「………」

多少、言い過ぎたとは思っているのだろうか、少しばつの悪そうな顔で外を眺めている。
自分自身もまさか名無しが泣くとは思っていなかったから驚いたが、俺以上に扉間の方が驚いているだろう。

それに、先程の様子を見る限りイズナこそ名無しが以前ミトと話をしていた時に言っていた「彼」なのだろう。
名無しが愛した者であり、今もその存在を忘れられず追い求めている。
だから、扉間の言葉にあんなにも声を荒立ててまで怒った。

イズナの仇が扉間である事、名無しの愛した者がイズナである事をお互い知らない。
もし、知っていれば今までこんな風に過ごす事など出来なかった。
扉間と名無しの関係も出会った当初の頃より少しずつではあるが良くなって来ている。
以前はお互い名前すら呼ばなかったのに、今ではそれぞれの名を呼び合い話す様にもなった。

「…何故、名無しがあんなにも怒り泣いたか分かるか?」

言うか言わぬか迷ったが、このままでは扉間自身もわだかまりが残ってしまう。
人にとって知る事とは何よりも重要で不可欠なものだ。
知らぬよりは知っておいた方が良い事もあるし、その逆もまた然り。

「うちはイズナはかつて名無しと恋仲関係にあった男だ。そして、そのイズナの死が名無しに万華鏡写輪眼を開眼させた。
もっとも、名無し自身はイズナの死がきっかけで得たその力を使う事に対して拒絶している様だがな…」

「…何故、兄者がそんな事を知っている?」

「名無しはミトの前では素直になるからな…。まだ陽が昇らぬうちに一人泣いていた所をミトが見つけた。その時に自分の事を色々と話してくれたそうだ。
…俺がどうしてこんな事を話したか分かるか?名無しは愛した者を千手に殺されたにも関わらず、オレ達千手の事を少しずつ考え理解しようとしている」

その話を聞き、ようやく今まで疑問に思っていた部分が理解出来た。
何故、名無しがそんなにも己の死や身体に無頓着で、全てを客観的に考えたりしていたかと言う事を。

そして、兄者がどうして自分にそんな話をしたのかも分かっている。
自分がうちは一族に対して否定的な考えを持っている事を兄者はずっと昔から危惧していた。
どうして自分がそうなってしまったのかは分かっている。
二人の弟を殺され、自分達の目の前で多くの仲間を守る事も出来ずに失った。
自分の無力さを相手のせいしに、憎む事で自分を正当化していた。

名無しが出会った頃よりも少しずつ自分に心を開いてくれている事には気付いてた。
だが、心のどこかで「うちは」の名前が引っ掛かり自分からは本当に向き合う事をしなかった。

「あの時、あの場所に名無しは居なかった。そして、マダラはお前が仇である事を名無しには話していないのだろう。理由は分からんが、
マダラが名無しに何も話さぬ以上、俺達が勝手に判断して言う事じゃない。今は考える時だ。お前がこれからどううちはと向き合うか…。
俺が言える事はここまでぞ。あとは自分で考えろよ」

そう言いながらまるで子供をあやすかの様に頭を撫で、そのまま部屋から出て行った。
誰も居なくなった部屋は静まり返り、何かを考えるのには丁度良い静けさだった。

***

陽もだいぶ傾き始め部屋は随分と薄暗くなっていた。
それでも、その場からは動く気になれず、壁にもたれ掛かったまま何をする訳でもなく外を見つめる。
あれから、自分なりに色々と考えた。
それでも…、やはり自分にとってうちは一族は敵。
兄者の言う様に「腑を見せ合う」事など自分には出来ない。

それが自分の答えだ。
しかし、そう答えを出した後すぐに浮かぶのは名無しの顔。
名無しの事は嫌いじゃない。
しとやかな女だとは言い難く可愛げはないが、それでもその生き様や仲間を大切に思う気持ちは理解出来るし、何より一緒に居て嫌な気分はしない。

「…うちはイズナか」

あの兄弟の事は幼い頃から知っている。
マダラの弟というだけあって瞳術も忍術も他のうちは一族の者より秀でており、兄者がマダラと戦い、自分がイズナと戦う事がほとんどだった。

初めて名無しを抱いた時、自分に誰かを重ねて見ていた事にはすぐに気付いた。
いくら口では無関心そうな事を言おうとも瞳は嘘を付けない。
あの時はそんな事気にもしなかったが、今は違う。
どうしてあの時、自分は名無しに触れたいと抱きたいと思ったのか、それは分からない。
間違った事をしたとは思っているが、後悔はしていない。
矛盾している事は分かってる。
自分は名無しをどうしたいのか、それが分からなかった。

こればかりは考えてもすぐには答えが出る事は無く、無意識に小さな溜息が漏れ再び外へと視線を戻すも外の景色は相変わらず何も変わらなかった。

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