[ 血継限界 第三部]

「…あの後、急に目の前から消えたお前の母親がどうなったのかは俺は知らん。だが、お前がここに居るという事は、あの後も生きていたという事か。
やはり、お前があの口寄せだったか」

「はい、あの時の事は覚えております」

ちらりと名無しの顔を見る。
確かにあの女とよく似ている。

どうやらこいつは母親似らしい。
あの女の娘であり、そしてその能力全てを受け継いでいるであろう名無し。
もし、名無しが最初からこの世界に存在していたら、恐らく相当名の通った忍になっていただろう。
チャクラも以前と比べ格段に上手く使いこなせるようになってきた。
飲み込みも早く、チャクラ量、スタミナ、忍術も今では並みの忍では敵わない程だ。

その能力を代々受け継ぎ力を増す一族。
名無しにはまだまだ秘められた可能性がある。
まったく末恐ろしいものだ。

「お母さんって強かったんだ…。私もお母さんみたいにもっと強くなれるかな…」

「それは全てお前次第だ。強くなりたいのであれば、強くあろうとする心を持て。まずはそれからだ」

「…うん」

強くあろうとする心。
何かを成し遂げるにはその当事者の気持ちがとても重要になる。
気持ち次第で変わる事だってある。
イタチはそう言いたかったのかもしれない。

***

「臨血界とは簡単に申し上げれば、名無し様ご自身の血液が名無し様をお守りする力になります」

自分の掌を見つめ考える。
この身体中を巡っている血液が自分の力。
唯一、両親が自分に残してくれたもの。

「自分を守る力、か。…私はまだ自分の『苗字一族』について何も知らないし、何も分かっていない。…だから、ちゃんと自分で感じてみたい」

「名無し様の仰せのままに。…まさか、このような日が来るとは夢にも思っていませんでした。名無し様のその瞳、まるで桔梗様にお会いしている様でございます」

白虎を見ていると、お母さんと白虎がとても強い絆で繋がっていた事がよく分かる。
自分に向けられるとても優しい瞳。
きっと…、お母さんもこの瞳が好きだったんだと思う。

***

「…そのまま、その部分にチャクラを集めます」

右手の掌にクナイでつけた傷口から流れ出る赤。
言われた通りに流れ出る血液にチャクラを集めてはみるものの、何も変化は現れなかった。

何度も何度も試してみてもそれは何も変わらなかった。
こんなはずじゃない、そう思った。
心のどこかでお母さんの娘である自分ならすぐにこの技を習得出来るだろうって思ってた。
だから、いつまで経っても出来ない事に対する焦りや心配が余計に心を重く支配する。

「何で出来ないの…。何で…っ」

「………」

この世界に来て何度も止めたいと思った修行だって何ヶ月も死に物狂いでやった。
命を掛けて生かしてくれた両親の気持ちに応えるため。
だから絶対に出来なきゃいけない。
ここで諦める訳にはいかなかった。

***

「…何で出来ないのかな…。今まで頑張ってきたのに…」

薄暗い部屋の中、自室のベッドに腰掛けながら今日の修行を思い出す。
結局、今日は何一つ出来ないまま終わった。
今の気持ちは出来なくて悔しいというよりも、悲しいという気持ちの方が大きかった。

出来なきゃ「名無し」として居られなくなる。
自分には臨血界を扱う資格がないのか。
一度、大きく根付いた不安は簡単には消えてくれない。

***

『…名無し様、少し休憩されては如何ですか?』

『私は大丈夫。それよりも、もっと集中しなきゃ…』

右手からゆっくりと零れ落ちる血。
それは血液を自在に操る臨血界を扱えていない証拠。
もっともっと集中して、絶対に使えるようにならなきゃいけないのに、思うようにいかない。

『…今日は止めだ。いつまでやっても出来やしねーよ』

『なっ…!』

『くだらねぇ。時間の無駄だ』

そう言い放ち去って行ったサソリの姿が脳裏に浮かぶ。
それが益々自分の心を締め付けて行く。

出来なかったらどうする?
何も出来ない自分に何が残る?
自分には臨血界を扱う資格がない?
でも、このままじゃいられない。
私を命を掛けて生かしてくれた両親の為にも出来なければいけないのだから。

掌にチャクラを集中させる。
瞳を閉じ掌に意識を集中させれば、容易にチャクラの流れを感じ取る事が出来る。
そのまま軽くクナイを押し当てれば、赤い筋が手首をつたってゆっくりと流れ、ポタポタと地面に染みを作る。

***

風が少し肌寒い。
空を見上げればいつものように星が輝いていた。
こんな風に一人で修行をするのは初めてだった。
いつも誰かが必ず一緒に居たから、この静けさが妙に懐かしく感じた。

「…私には何が足りない?」

自分の声がやけに大きく感じた。
その問いに誰かが答える訳も無く、静寂だけがその場を包んでいた。
その間にも名無しの意思とは関係なく足元には無情にも染みが増え続けていた。

***

一時間は経っただろうか。
掌にはクナイで付けた多数の傷跡とヒリヒリと断続的に続く鈍い痛みだけが残った。

その時だった。
風が急に舞い上がり、背後から何かの気配を感じた。
それは闇夜の静寂を破り、突如として現れ自分に向かって物凄い速さで攻撃を仕掛けてきた。
間一髪、その攻撃を避けたは良いが次々と繰り出される攻撃は止む事なく自分を襲う。

「な、何で…っ!どうして、こんな事…!!…サソリ…!」

どうしてと問うても、無言のままヒルコを操っているサソリの表情を見る事は出来ず、それが更に名無しを不安にさせる。
だけど、この攻撃が今までの修行の時とは全く違うという事だけは分かる。
サソリの攻撃は絶対に当たってはいけない。
以前に、ヒルコに仕込んである物には全て毒が染み込ませてあると聞いた事を思い出す。
だから、必ず全部避けなければいけない。

だが、今までの修行の時とは違い、スピードも攻撃パターンも全てが違っていた。

「俺はお前を殺すつもりで攻撃している。死にたくねーなら逃げるなり、何でもするんだな」

そう冷たく言い放つサソリの声は感情が篭っておらず、とても冷たく感じた。
嫌でも分る。
サソリがそれを本気で言っているという事が。
何で、どうして、と聞いても答えは返って来なかった。

金属同士がぶつかり合う音と名無しの悲痛な叫び声が絶えずこだましていた。
素早く癖のある攻撃に一瞬足元がふら付いた。
その隙をサソリが見逃す筈もなく、ヒルコの尾が勢い良く名無し目掛けて襲い掛かってくる。
間一髪、クナイで尾の軌道をずらしたは良いが左足のふとももに傷を負ってしまった。

しまったと思っている間にも足は段々と痺れ始め、感覚が薄れて来ている事を感じる。

「はぁ、はぁ…。なん、で…」

「理由なんかねーよ。力の無い奴は強者のきまぐれで摘まれ終わる。所詮お前はその程度の奴だったという事だ」

指先から足の先まで身体全体が震えている。
死の淵に立たされている恐怖。
命を握られている感覚。
心臓の鼓動が嫌でも響いて聞こえる。
たった数秒数分がとても長く感じ、気が狂いそうな程の眩暈に襲われる。

「終わりだ」

地面に突き刺さっているヒルコの尾がうねり、こちらへ向かって来る。
手が震えて上手くクナイが握れず、咄嗟に両手で身を守るよう身体を隠す。
それが例え意味の無い行動だと頭では分かってはいても無意識に身体が動く。

しかし、予想していた衝撃はいつまで経っても訪れず、薄っすらと固く閉じていた瞳を明ければ、自分の目の前にサソリが立っている事に気付く。
その姿はいつも見慣れている筈のサソリなのに、まるで別人の様に感じた。

違う。
ただそれだけだった。
その煌びやかな見た目とは裏腹な冷たい瞳が自分を射る様に見つめる。

「お前は何の為に今まで修行してきたんだ?何も出来ないただの女なら、死にたくなければ俺の目の前からさっさと消えるんだな」

「…っ」

見下ろすサソリの瞳を避ける様に顔を伏せる。
ずっと、自分は強くなったって思っていた。
でも、この世界に来た頃から何も変わってはいなかった。

自分は弱いままだった。
気持ちだけが勝手に成長して一人歩きしていた。
それでも、この世界で本当に強くなりたかった。
ただ、誰かに認めて欲しかった。
強くなったねって。

自分は弱い。
だからこそ、どんなに辛くてもどんなに悲しくても諦めずにここまで来た。
だから、今更逃げるなんて事は出来なかった。

***

「ぐっ…!はぁ、はぁ…」

諦めたくない。
でも、力量の差は誰が見ても明らかだった。
最初から勝ち目は無い。
それでも自分を生かしてくれた両親の為にもここで諦める訳にはいかなかった。

しかし、そんな思いとは裏腹に毒が身体を侵し始め、思う様に動かなくなって来た。

「…何で出来ないの…!私じゃダメなの…?出来なきゃいけないのに…。私は…!」

「………」

その場に座り込み、拳で地面を力いっぱい叩く。
思う様に動かない身体と何も出来ない自分に腹が立つ。
自分には何も出来ず、お母さんの様に強くもなれない。
何度も何度も地面を叩いても答えは見つからない。

「お前は何の為に今まで修行をしてきた?」

頭上から聞こえるサソリの声。
俯いているからその表情は分からない。

でも、その質問にはすぐに答えが出た。
自分を命を掛けて救ってくれた両親の為。
そして選択肢を与えてくれたおばあちゃんの想いに答える為。

「他人の為に強くなったところで所詮はただの自己満足だ。何かをしてくれたからその代わりに何かをする。それで自分の気持ちを満たしているだけだ」

「違うっ!私は…っ!」

「お前はただ、苗字名無しの名前を守っているだけだ。両親の為、祖母の為に強くならなきゃいけないだと?くだらねぇ…。
自分の存在を否定しても今のお前は消えない。なら、その能力と名前を受け入れ自分の為に生きろ。それが出来ないなら修行する意味なんかねーよ」

***

「飽きた」

「えっ…。サソ…、」

「…てめぇでもう一度良く考えろ。それでも答えが出なかったら、今度はちゃんと傀儡にしてやる」

そう吐き捨てるように言い放ち、アジトへと戻っていくサソリの姿をただ無言で見つめる。
白虎に本当の真実を聞いた時から今まで、自分の全ては両親の為に注がれていた。
どんなに辛い修行だって、出来なきゃいけなかった。
弱音を吐く事は許されなかった。
だから、この世界に来てから今まで自分の事を真剣に考えた事なんて無かった。

初めてだった。
そんな風に考えた事は一度も無かったし、考える必要が無かったから。

(…自分の為に生きろ、か…。私、今までずっと無理してたのかな…)

少し気持ちが楽になった様な気がした。
穏やかというか、落ち着くというか…、それに近い気持ちが心にゆっくりと広がっていく。

***

結局、昨日は眠れなかった。
眠れなかったというよりも、目が冴えてしまい眠れなかったという方が正しいが。
あの後、帰り際に解毒剤を貰い、何とか動けるようにはなったが、未だに少し手足に痺れが残っている。
サソリが解毒剤を持っていたという事は最初から毒を受け、動けなくなる事も想定済みだったのだろう。

今までの行動が間違っていた訳ではない。
ただ、サソリの言葉で気付かされた。
「苗字名無し」という鎖で自分自身を縛り、自分の為に生きていなかった。

お母さん達はどう思うだろうか。
これからはもう少し自分の為に自分を守る為に生きてもいいだろうか。

***

「口寄せの術」

アジトから少し離れた場所で白虎を口寄せする。
何故だろう。
白虎に聞いて欲しかった。
自分の思いやこれからの事を。

「…迷いが消えましたね。名無し様を信じておりました」

自分の顔を見るなり、そう優しそうに呟く白虎は全てを見透かす様に自分の元へと歩み寄る。
何故、こんなにも彼は優しいのだろう。
その言葉一つ一つに自分を慈しみ労わってくれているという事が伝わってくる。

「うん…。まずは、誰かの為よりも自分自身を信じてもっと好きにならなきゃいけないって気付いたの」

「今の名無し様ならば何も心配はありません。やはり貴女様は一族の血を色濃く受け継いでおられる…。私は嬉しく思います」

白虎のその言葉に笑みを返し、そのまま瞳を閉じて精神を掌に集中させる。
瞳を閉じれば、昨日のサソリの言葉がより鮮明に思い出される。
やり方はいかにもサソリらしかったけど、そのおかげで気付く事が出来た。

「…うん、ちゃんと感じる。これが臨血界の力…」

「名無し様、私は桜花様より臨血界を習得された際に、お渡しするよう仰せ付かっている物がございます」

こちらです、と白虎が言うや否や目の前には「封」と書かれた札が貼り付けてある箱が現れた。
おばあちゃんは自分が臨血界を習得出来ると信じてこの箱を白虎に預けたのかと思うと、自然と顔が緩むのが分かる。
「封」と書かれた札を剥がし、ゆっくりと蓋を開ける。

「…これ…、私…?」

そこには一枚の写真と封筒、細長い木箱が入っていた。
写真には二人の夫婦が幸せそうに赤ん坊を抱いて微笑んでいる姿が写っていた。
写真は所々色褪せていて、時間の経過を感じさせる。
初めてだった。
自分の両親の姿を見たのは。

ポタポタと写真に涙が零れ落ちる。
嬉しかった。
たった一枚の写真だけど、自分を愛していてくれた両親の姿を見る事が出来た。
それだけでこんなにも心が暖かくなる。

「…これは、手紙?あっ…、これ、おばあちゃんの字…」

『名無しへ

この手紙をあなたが読んでいるという事は、臨血界を扱えるようになったという事ね。
この術は桔梗があなたを守る為に残した母の力。
そして、あなたに強く生きて欲しいと願う父の願いも込められています。
あなたならこの先、必ず自分の本当に進むべき道を見つけられるはず。
悲しい事や辛い事もこの先きっと起こるでしょう。
それでも自分を信じ、あなたの思う様に進みなさい。

写真と一緒に入っていた箱の中身は、あなたの母親の形見が入っています。
今のあなたならそれを扱う事が出来ると信じています』

***

「…これは、刀の柄の部分?でも、何でこれだけなの?刀の部分は…?」

今まで大切に保管されていたのだろう。
柄の部分には埃一つ無く、とても綺麗な状態だった。
それを手に取ってみれば、直感というのだろうか。
クナイで傷を付けた手で柄の部分を持ち、臨血界の力をそこに注ぎ込む。
赤いチャクラが柄の部分を包み、そこから一瞬のうちに真紅の刀身が現れる。

「名無し様…!何故…、その力を…」

「私にも分からない…。ただ、こう使うんだって直感でそう思ったの。そうしたら無意識のうちに臨血界の力を使ってた」

「…やはり、名無し様は桔梗様を凌ぐ力を秘めていらっしゃる。桔梗様でさえその刀身を出すのに苦労されました」

見惚れてしまう程の綺麗な赤。

刀身に自分のチャクラが隅々にまで行き渡り、まるで身体の一部の様に感じる。
自然としっくり両手に落ち着く。
それはまるで、刀自体が自分の手の様に感じた。
刀はとても軽く、ふと、昔からおばあちゃんに習っていた剣道の事を思い出す。
何となく「今日この日の為」に教えてくれていたのかなと思った。

臨血界を解けば消える刀身。
残った柄の部分を両手でしっかりと持ち、誓う。

「…私を守り、強く生きて欲しいと願った両親の想いをちゃんと受け継ぐ。これから辛い事や悲しい事が起こったとしても、前に進んでいく。
私は二人を誇りに思う。私を生んでくれて、愛してくれてありがとう」

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