[29. それぞれの思い]

「…ごめん」

リーダーと小南さんが去り、残されたイタチに向かってそう言葉を放つ。
少しの間を置いてその言葉に対する返事の代わりに小さく溜息が聞こえた。
呆れられているのか、それとも怒っているのか。
イタチの表情からその感情を読み取る事は簡単な事ではないが、未だこの場に居てくれているという事は、少なからず自分との時間を取ってくれるという事なのだろう。
相変わらずの見えない気遣いに感謝しつつ、今まで内に秘めていた自分の思いを話し始める。

「私、あの日からたくさん修行して、医療忍術も学んで前よりずっと強くなった。臨血界でもっと色々な戦い方が出来るようになったし、今は四神だって全部呼べるよ」

「………」

「私…、強くなったよ…」

いつかまたここに戻って来られるように死に物狂いで頑張った。
また昔みたいに笑って過ごせたら、そう思いながら。

だけど、現実は違った。
自分は彼等と戦う力が欲しかった訳じゃない。
そして、その力が結果としてサソリを殺してしまう事となった。
どこにぶつければいいのか分からない怒りと悲しみが心の奥底から押し寄せる。
これこそが、ペインの言う「新たな痛み」なのだろう。

何も言わず、自分の話を聞いてくれているイタチの顔を見ていたらずっと我慢していた気持ちが溢れ出す。

「強くなったのに…っ、サソリの事、止められなかった!何も出来なかった…!!」

ペインの話を聞き彼の抱える痛みを知った。
今の自分はその気持ちが痛い程分かる。
この気持ちをどうする事も出来ずに両手で顔を覆い隠したら、その真っ暗闇の中でまたあの時の光景が頭に浮かぶ。

真っ赤な自分の手と動かないサソリの身体。
瞳を閉じれば辛い過去が自分を縛る。
瞳を開ければこれから起こる出来事に心が怯える。
初めて感じた大切な人の死に心は未だ縛られたまま。

今度はその暗闇が怖くて瞳を開け目の前に居るイタチに手を伸ばす。
拒まれるかと思ったが、その手を握りすがる様に助けを求めるかの様にそのまま胸元に顔を埋める。

「…もう、誰かが死んじゃうのは嫌だよ…」

吐き出した思いが叶うかどうかなんて分からないけれど、そう願う事しか出来なかった。

***

いずれ起こる決して変わる事の無い未来。
そして、その時にまた深く傷付くであろう名無しの事を思うだけで心苦しくなる。
そんな自分には涙を流す名無しを抱き締める事も慰める事も出来ない。
繋がれる手を握り返し、震える名無しをただじっと見つめる。

(お前も俺と同じだな)

何もかも全て捨てられたらどれだけ楽だろうか。
愛する者、大切な物がなければどれだけ楽だろうか。
大切な物が増えれば増える程、身動きが取れなくなり道を見失いそうになる。
どれだけ後悔の念に苛まれようとも過去は決して変わらない。

だが、自分も名無しにも背負うものがある。
時間は待ってはくれない。
大切に握りしめても開いたと同時に離れていく。
だからこそ、自分達は止まる訳にはいかない。

「お前はこれから先、どうするつもりだ?言葉で説き伏せられる相手ではないと分かっているだろう」

繋がれる手に力が籠められる。
ずっと後ろを振り返っていも未来は見えない。

「…うん。でも、まずは会って、ちゃんと話がしたい」

確かなものは何も無いが、雲が風に流されるように未来もまた決まってはいない。
どれだけ迷おうとも前には進める。
小さいが決意の籠った名無しの声に少しだけ安堵する。

ずっと気持ちを押し殺し我慢していたのだろう。
今日この場で抱えていた思いを吐き出せて良かったと思うし、名無しの口からその思いを聞けて良かったと思う。
一人で抱え込み苦しむより吐き出してしまった方がずっと良い。
そして、自分がその役目を担えた事を嬉しく思う。

「これから先、何があろうとも決して諦めるな。…俺はお前を信じてる」

空いている片手で名無しの頭にそっと手を置く。
今はまだ何も変えられないが、いつかまた名無しに笑顔が戻る日が来るように。
心からそう願いながら、ほんの少しだけ自分の本心を伝える。

***

信じていると言ってくれた事が嬉しかった。
色々な人が自分を信じてくれている。

「ん…、イタチありがとう。もう、大丈夫」

きっと酷い顔をしているだろうが、それでもちゃんとお礼が言いたかった。
顔を上げれば、いつものイタチの顔。
それでもこの人が本当に心から優しい人なのだと、今の自分なら良く分かる。
涙を拭い、もう一度ありがとうと伝える。

今の自分に出来る事はまず、彼等と接触し話をする事。
サソリの時のように話をする時間さえ無いかもしれないが、まずはそれからだ。
空を移動するデイダラは居場所を掴み辛く、その姿を探すのは困難を極める。
だが、二尾を探している飛段と角都は雷の国の方角へと向かっているらしく、恐らくこのアジトから一番近い場所に居る可能性が高い。

(影分身で探した方が効率がいいかな。デイダラはどうやって探そう…)

彼等をどう探すか考えている時だった。
イタチの異変に気付いたのは。

「ゴホッゴホッ!」

最初は小さな咳から始まり、それは止まる事無く段々と大きなものへと変わっていった。
その音はとても嫌な音をしており、咄嗟にイタチの背中へと手を当てる。
すぐさまチャクラを流し込み体内の血液の流れが滞っている部分を促すように循環させる。
その間も苦しそうに咳き込むイタチにすぐにこれが突発的なものではない事に気付く。
チャクラを循環させつつ、その原因となる部分を探そうと意識を集中させるが、咳き込みながらも途切れ途切れに自分の名を呼ぶイタチの声に中断される。
苦痛に歪むイタチの顔に心臓が騒ぎ出す。

「…もう少しだから…!」

自身のチャクラに治癒の力を混ぜ身体の内側から細胞を活性化させる。
イタチの身体に負担を掛け過ぎない様、慎重にチャクラを流し続ければ少しずつ咳も落ち着き始め、そのままゆっくり寝台へと横たわらせる。
念の為、今度は心臓部分の血液も循環させようとそこに手を乗せれば薄っすらと瞳を開けこちらを見つめる視線に気付くが、何も言わずそのまま治療を続ける。

***

「…何も聞かないのか?」

呼吸も落ち着き、ゆっくりと身体を起き上がらせるイタチにそう問われる。

聞きたい事は山程ある。
普通ならば安静にしていなければいけない程の症状だ。
さっきの咳は昨日今日で始まったものでは無いだろうし、血だって混じっていた。
イタチが何かしら重篤な病に冒されているであろうという事は誰が見ても明らかだ。
どうしてこんなにも酷くなるまで治療をしなかったのか。
そんな思いでいっぱいだった。

それでも聞けないのはイタチのその行動にも何かしらの意味があっての事だから。
イタチという人物を知っているならば、きっと誰しもがそう思うだろう。
治療をせず、自らの身体を犠牲にしてまで何かを望むイタチに何を言えるだろうか。
それに何となくは想像出来る。

「…私が何を聞いてもきっとイタチは答えてはくれないでしょ?それに…、サスケ君の為、だよね?」

暁を離れ木ノ葉で過ごしている間、ただ修行だけをしていた訳じゃない。
暁の事もたくさん調べたし、勿論イタチの事も調べた。
イタチに限ってはサクラちゃんからイタチの弟サスケ君の事も一緒に聞いた。
そしてそのサスケ君が復讐者としてイタチを狙い里を抜けたという事も知っている。
サクラちゃんの話を聞くまでイタチに弟が居る事など知らなかったし、その彼が一族唯一の生き残りだという事を聞きた時はとても驚いた。

イタチは昔、自分にどうして木ノ葉の抜け忍になったのかを話してくれた事があった。
その時は一族の「全て」を手にかけ、抜け忍になったと言っていた。
そしてそれと同時に思い出すのは「何かを守る為に何かを犠牲にしたのか」と問うた時のイタチの酷く悲しそうな表情。

イタチが殺さなかった唯一生き残った人物、それがサスケ君だ。
今のイタチの状況とサスケ君との関係は分からないが、きっと無関係では無いのだろう。

「………」

ようやくあの時のイタチの悲しそうな表情の理由が分かったような気がした。
イタチが守ったもの守りたいもの、それがサスケ君だ。
否定も肯定もしないイタチの口からは何も語られる事はないけれど、それでもいい。

「あの時、言ったでしょ?私はイタチの事、信じてるって」

何も言わずじっとこちらを見つめる瞳が何を思っているのかは分からないが、これ以上の詮索はしない。
自分の中では何も変わらないしイタチはイタチだから。
それ以外の何者でもない。

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