30万打記念企画 | ナノ

場所は東京・誠凛高校付近、高校生の一人暮らしには十分な広さのマンション。夜が更け始め三日月が輝きを増してくる時間帯、小腹をすかせたわたしはこざっぱりした部屋のソファに沈み込んでその細まる綺麗な月を見ていた。キッチンから漂ってくるお肉のいいにおいがお腹の音を大きくさせる。「ぼけっとすんな」、後ろから声がかかり、振り返るとやたらと図体のでかい赤黒い髪の男がふたり分の白い皿を持って見下ろしていた。エプロンは相変わらず似合っていない。熱いから気を付けろと言われながら皿を受け取って、さらにサラダとごはんを取りに行った後ろ姿を見送る。中身はどうやらビーフシチューらしい。

「おいしい…!」
「そりゃよかった」

今日は大我に会いに行くため初めて誠凛高校にお邪魔した。集合場所を駅前のマジバなんかにしたらこの大男が夕飯の前にもかかわらずハンバーガーをたくさん食べたりするから、それを未然に防ぐためにわたしがわざわざ誠凛高校に出向いたのである。そこで会ったチームメイトの人たちの火神の彼女…!?という驚きようがあまりにもおもしろくて思い出し笑いしてしまう。

大我は狼男である。
満月や雲のない月の綺麗な夜はたとえ狼にならずともざわざわしてしまうから、部活の後に部員たちと寄り道をするわけにもいかなくて、そんな時、早く帰らねばならない言い訳に架空の彼女の存在を使っていたらしい。そして今日、わたしが大我の前に現れたことから、あのバスケ部員たちはわたしが大我の彼女であると勘違いをしてしまったのだ。まぁそれによって大我の言い訳が現実味を増したし、そもそもわたしは神奈川に住む人間なので、よほどのことがない限り彼らには二度と会わないため別に構わない。むしろ単細胞にしてはなかなか頭の回った言い訳をしたなぁと褒めてあげたい。

「ほんとにおいしいよぅ…。おかわり!」
「へーへー」

大我とは小さい頃からの付き合いで仲が良い。アメリカから帰って来てからも頻繁に連絡を取り合って遊んでおり、今日は久しぶりにお家にお泊りに来た。見たかったDVDと適当に買い込んだお菓子、それに大我が作ったおいしい夕飯、なにをするでもなく時間が早々と流れていくのを惜しみながらぐだぐだと話すだけでただ楽しい。ぐだりとだらしない恰好で大我特性のトマトジュースを飲む。するとわたしの2倍以上の量をぺろりと食べ終えた大我がおもむろにこちらを向いて、少しだけ言いにくそうに口を開いた。「…血、いるか?」。…え。

「なに言ってるの?」
「のど乾いてんじゃねぇの」
「乾いてる、けど」

そりゃあ喉はいつでもからからだ。大我のおいしいごはんを腹いっぱいにおさめたとて、血を吸いたいという欲望が尽きることは決してないから。それに今日は大我に会った時から、空腹とは違う腹の減りに襲われている。そりゃああんなに体格のいい男の人たちにぞろぞろ会ったら興奮して血を飲みたい欲にまみれてしまうのは仕方ない、これが吸血鬼として生まれもってしまった性なのだ。そして悪いことにこの狼男、鍛え抜かれた筋肉にハリのある肌、しかもいい感じに日に焼けていて、体格だけ見たらわたしのタイプど真ん中で、目の前に餌をちらつかされているようでたいへんよくない。目に毒だ。飲み込んだ生唾さえ喉の奥で蒸発してしまったのか、身体はしきりに血だ血だと訴えかけてくる。

「…瞳孔開いてるぞ」
「見ないでえぇ」

恥ずかしくなって両手で顔を覆う。血が欲しくなるとどうしても瞳孔が開いてしまうらしく、それがあまり可愛くないから恥ずかしい。以前少しだけいただいたことがあるけれど、大我の血は少なからず獣臭い。でも悪くない味がした。欲しい。大我は血気盛んだから貧血にもなりにくいだろうし、むしろおとなしくなっていいんじゃないかと頭の中では早速いただく方向で計算が始まっている。鷲掴みする勢いで頭をぽんぽんとされる。「無理すんなよ」って、馬鹿正直に、ただの親切心だけでこんなことを言う大我はとんでもなく馬鹿で、そしてとんでもなく優しい。その優しさを無下にするのは、…よくない。うん、申し訳ない、いいわけがない。なにより血を吸える機会を簡単に逃してしまうのはもったいない。

「…明日朝早いから、血を吸ったあと、処理、してあげれないけど、それでもいい?」
「っばっかそれを目的に言ったんじゃねぇよ!」

顔を真っ赤にして否定されても…。その一生懸命さがおもしろくて笑うと結構な強さで頭を叩かれたので悔しくて反撃すれば大きな手で防がれた。ばっちりと目が合いお互い舌を出して挑発し合ったのがなんだかおかしくてげらげらと笑い合う。大我といると自分の精神年齢が小学生くらいに戻ってしまうことに自覚があるから、こうしてすぐに笑い合えるのがとても楽しい。

「その代わりに噛ませてくれ」
「もちろん。わたしでいいなら」
「おう」
「どこ噛みたい?」
「首と二の腕と横腹と太もも」
「欲張りかよ」

狼男はすぐになにかを噛みたがる。歯は鋭いしいつもがっついているイメージはむきむきと育った図体そのままで、でも常に噛んでることができるわけじゃないから、それがあの大食いに反動されてるんじゃないかとわたしは考える。肉好きだしね。それでも我慢ならない時はどうしてるか知らないけれど、大我の彼女はたいへんだろうなぁ。腕を差し出す。本当は今すぐにでも血を飲みたいけれど、血を吸われた後の欲情してる状態で噛まれてしまったらさすがのわたしも血だらけになりそうで怖い。差し出した腕が大我の瞳に映り、きらりと光った。

「それじゃあ、いただきます」
「はい」

吸血鬼はいくら人間よりも回復が早いといえ、噛まれる時に痛みを感じるのには変わりない。でも痛さもあるけれど不思議と気持ちよさみたいなのも感じるから悪い気はしない。そういうフェチだと思えば全然平気だ。がぷり、大きな口を開けて目をきらきらさせながら噛みつく大我の頭を撫でてやる。まるで本物の狼、…というよりは大きな犬のようででかいながらに可愛い。二の腕っておいしいのかなぁ、まぁ好んで血を飲んでるようなやつには聞かれたくないか。

「…う、ちょ、痛い」

がぷがぷ、ふがふが、がるがる。だんだん目つきが鋭く鼻息も荒くなってきた。一心不乱に同じところを噛まれ続けたらさすがに痛いし、歯形はなるべくつけたくないし、なんだか骨にも響いている気がする。(しかも大我汗くさいから痛いのに変な気持ちになってきた)。二の腕から首筋に移動する。首の付け根あたりをがぶりとされて、大我の髪の毛が耳に触れた。首から耳にかけての一帯が殊更弱いわたしの背中をぞわぞわとなにかが這い上がる。そんなに噛んだら痕見えちゃうじゃんと頭を叩いても狼男が行為を止めるはずもなく、吐き出す息が震えて胸と身体の奥が切なく疼いた。あ、やばいな、と思った瞬間、べろりと生暖かくざらざらしたものに舐められ、驚いて身体を勢いよく解放した。な、なめられた!驚くわたしと対照的に大我が滅多に見せない神妙な顔で言葉を探す。

「おまえさぁ、」
「…う、うん」
「……太ったな!」
「うるせー!」

蹴ろうとした足を持ち前の反射神経で掴まれ太ももに噛み付かれる。ぎゃあ!パンツ見えてる!パンツ!焦るわたしとは裏腹に魅惑のパンツより目の前の太ももらしいわたしよりよっぽど変態な狼男が柔肌に歯を立てる。がぶり。変な声が出そうになったのを手のひらを噛むことでどうにか我慢して、とりあえずパンツだけは見せまいとスカートで死守する。べろり。がふがふ。じゅるり。ぢゅうう。…ひわいなおとがきこえる!うずうず、さっきより変な気持ちになってきたけど、我慢だ、我慢!こうして夜は更けていくのである!

「くたばりやがれ色狼!!」
「なんで定期的に口悪くなるんだよ!?」


高橋さん/リクエストありがとうございました!

×