30万打記念企画 | ナノ

付き合う人とはことごとく続かなかった。告白をされるとそれが誰であれやっぱり嬉しくて、その度に孝支よりも好きになれたらいいな、なんてことを思いながら悪くないと思った人なら断ることなく付き合った。けれどわたしはどうしても孝支以上に人を好きになることはできないらしく、結局は孝支以外の人と付き合っていることに虚しさを感じて3ヶ月も我慢できずにすぐに別れてしまった。当然だ、もう何年片思いをしていると思ってるの、それなのに告白をされると舞い上がってオッケーしてしまう。わたしはどうしようもない馬鹿なのだ。

バレー部員とは絶対に付き合わないと決めていた。わたしがバレー部員と付き合うのを孝支が迷惑だって思わないことも、付き合ったからといって孝支が嫉妬をするわけじゃないってこともちゃんと分かってはいるけれど(悲しい)、別れたことが気まずくてバレー部の練習を見学できなくなったら元も子もないからである。個人的に縁下先輩みたいな人が好みで、お互い先輩の妹と兄の後輩という程度の認識だけれど、たぶん縁下先輩もわたしのことを意識してくれている。でもわたしたちの繋がりなんか所詮その程度で、まともに話す機会もなければ校内でわざわざ話しかけるような親しさでもない。田中先輩や西谷先輩はすれ違うと声をかけてくれるけれど、縁下先輩はそういう人でもないし。…それに、ただ本当に優しい人とは続かないって、いい加減気付いてしまった。

大地くんとお付き合いを始めてだいぶ日が経った。

告白は大地くんから。スガのことが好きでもいいから、付き合って、って。大地くんはわたしが中学生のころから孝支を通して顔見知りだった。孝支のチームメイトだから愛想よくしとこうって、むだににこにこしてるわたしを、大地くんはとても可愛がってくれた。日が経つにつれ孝支たちはどんどん仲良くなり旭先輩とともにしょっちゅう家に遊びに来た。わたしはその度に3人の作戦会議や勉強会にまぜてもらって、なにをするでもなく孝支の隣で3人の話を聞いていた。よく分からないけど、この時にはもう、大地くんはわたしのことを好きだったらしい。烏野に入学して、さすがに大地くんはまずいかなと思い澤村先輩、って呼ぶと、今までみたいに名前で呼んでほしいなと頭を撫でられた。この人は昔からなにかと頭を撫でてくる。

「…いや、びっくりしたけど、大地なら歴代の彼氏より全然安心だしむしろウェルカム」

彼氏とはなかなか続かなくて、今までの最長が4ヵ月だとか、そのくせ新しい彼氏と付き合うまでのスパンが短いだとかを孝支はすごく心配してくれている。だからわたしが大地くんと付き合うことになったと報告したらすごく安心したように、嬉しそうに眉を下げた。やっぱり孝支がわたしのことをそういう目で見ることはないんだよなぁと思うと切ないけれど、祝福してくれるのは嬉しかった。幸せだと誤魔化すように笑うのもうまくなってしまったものだと思う。

大地くんはわたしが孝支のことをそういう意味で好きだということに気がついていた。それをネタに脅された、と言えば聞こえは悪いけれど、告白をされた時は色々と精神的に参っていたのだ。仁花のこともあって、やっぱりわたしはどうしても孝支とは結ばれないんだと再確認してしまえば虚しくて自暴自棄になった。大地くんは優しいし、わたしのことをずっと好きでいてくれると確信があった。わたしも女の子だもの、それなりに幸せになりたい。

「孝支のこと好きでいても絶対叶わないし、もう叶わないだけの恋も辛いの。近くにいる大地くんがわたしのことこんなに好きでいてくれるなら、わたし、大地くんと一緒にいるほうがずっと幸せだと思う」

いつからわたしが孝支のことを好きだと気がついたのだろう、どうして気がついたのだろう、わたし、上手に隠してたつもりなのになぁ。

「わたしね、やっぱり孝支のことが好き」

孝支のことが好き。きっとこの気持ちはずっと変わらなくて、鉛みたいに心の底に沈んで苦しめる。伝えるつもりもないし、孝支が気がつくようなことも絶対にありえないだろう。わたしが孝支と幸せになる展望はこれっぽっちもなくて、でもそれをわたしはちゃんと理解している。ただちょっとだけ、幸せになりたいという欲望が欲張りになった。

「でも今は、それ以上に大地くんと一緒にいたいって思ってる。まだこんな感情だけど、それじゃだめかな」

大地くんはわたしのことが好きだという。少々強引なところはあれど底なしにいい人で、でもちょっとだけ黒くて、イイ性格しているなぁと思う。でもわたしが孝支のことを好きだということを引いたりしなかったし、それさえも受け入れてくれたし、敏感で寛大で寛容で、わたしは大地くんのそんなところが好きだ。大地くんが両腕を広げた。その腕の中の安心感を知ってしまっているわたしは吸い込まれるように抱きつき大きく広い胸にすべてを預ける。耳元で聞こえたありがとうという嬉しそうな声が照れくさくて小さく頷いた。

「遠距離だねぇ」
「浮気とか疑わないの」
「えー浮気するの?」
「……しないけどさぁ」

孝支も大地くんも、もう少しで県外の大学に進学してしまう。離れ離れになってしまうことにまだ実感はないけれど、それでも不安だとか心配だとかは特にしていない。大地くんがわたし以外の女の人には見向きもしないって知っているし、それは今もこうしてわたしを抱きしめる腕の強さで分かる。孝支はモテるし、新しい世界に飛び込んだら絶対に色んな人に狙われるに決まっている。その度に可愛い妹として邪魔してやると画策しているけれど、たとえ孝支に彼女ができたとしても大丈夫な気がしているのは、きっと大地くんの腕の中がとてもあたたかいから。毛布みたいな安心感に笑ってしまうと不思議に思った大地くんにどうしたと聞かれて、旭さんのことはわたしに任せて、なんて冗談を言うとむくれながらデコピンをされた。他の男の人の名前を出すといつもこうだ。

「おんなじ大学入ってよ。それで同棲しよう」
「大地くん相変わらずぶっとんでるね。でもわたし孝支と同棲したいからだめー」
「それは同棲とは言いません」
「いいの!わたしにとっては同棲なの!」

これから先、孝支に気持ちを伝えるようなことはないだろう。大地くんのことを孝支以上に好きになるのはもっともっと時間がかかるし、そんな未来が訪れるかどうかも定かじゃない。でも、好き、という言葉は、大地くんのためだけに使おうと思う。今までまともに交際が続いた試しはないけれど、わたしには大地くんと笑い合う未来が見えてるよと言うと、どんな反応をしてくれるだろう。ありがとう大地くん、わたしちゃんと、幸せよ。
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