30万打記念企画 | ナノ



「うわぁ、久しぶりだねぇ!」

相変わらずの緩い声で驚いたように告げられた言葉、それが思った以上に懐かしく感じてしまって、自分がここを卒業してからまだ3年しか経っていないにも関わらず、ずいぶんと年を取ってしまったようだと思わず笑った。するとわたしにつられるように小松田さんも笑って、そしてまた、「なんだか大人っぽくなったねぇ」なんて優しく続けた言葉に、会えていなかった分の時間の壁が簡単に崩れていくのが分かって、今度は思わず泣いてしまいそうになる。我慢出来なくなって抱き着けばわたしより年がひとつ上の彼は今でも身体が成長しているらしく、そんな彼にわたしはすっぽりと包まれてしまった。わたしだってこれでも身長は伸びたと思っていたから、こうにも差を見せ付けられてはとても悔しく思う。自分から抱き着いたくせ、下から睨みつけるように見上げればそれでもあのふにゃふにゃとした笑顔を絶やさない小松田さんが 噂でよく聞くよ、がんばってるみたいだねぇ。だからここではゆっくりしていってね なんて頭を撫でながら言うものだから、なんだかもう、一気に胸がいっぱいいっぱいになってしまって苦しい。だから一生懸命、震える声に気が付かないふりをして。「 ただいま、です」「うん、お帰りなさい」。…久しぶりに会う小松田さんほど危険なものはないかもしれない。

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何年かぶりにこの学園に帰って来た理由は、言ってしまえばわたしの仕える城の城主からの使いっ走りなのだけど、そうとは認めたくないためお使いだと言い張りたいと思う。なんでも城主と学園長先生が旧くからのご友人らしく、わたしが忍術学園の卒業生だということを知って、学園長先生に文を届けてこいとおっしゃったのだ。最近城主専属の諜報部隊に昇進したばかりのわたしがその命令に背けるはずもなく、そんなのもっと下っ端に行かせろよ、とは思いもしたけれどぐっと飲み込んでしぶしぶだが頷いたのである。そう文句を言いつつも久しぶりに帰る忍術学園に憂鬱な気分になるわけがない。そろそろシナ先生を筆頭にお世話になった先生方に顔を見せておかなくてはと思っていたのでむしろ都合がいい。この3年間は本当に忙しく、文を出す暇さえもなかったのだ。それもこれも、すべて自分の閃きだけで物事を決定してしまう傾向にある城主のせいだ。…あぁ、これが所謂類は友を呼ぶというやつだろう。

まぁそんなどうでもいいことは置いておいて。なにより学園に帰ればおばちゃんのおいしいごはんが食べられるし、可愛い後輩たちにも会える。小松田さんの言うように久々にゆっくり出来るだろうし、みんなと戯れとことん癒されてから帰ろう。今日というこの日のためにあのけちな城主から明日一日の有休をもぎ取って来たのだ、温泉旅行にでも来た気持ちで久しぶりの学園を満喫しなければ損をする。よし、学園長先生の庵に行こう。城主からの文と道中で買った茶菓子と城主の愚痴という名の土産話、これさえあれば話はきっと尽きることなく続くだろう。へむへむと学園長先生を思い浮かべて、わたしはまたもや思わず笑った。

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学園長先生とのお話に花が咲き、庵を訪れてからだいぶ時間が経ってしまったことを知ったのは障子から射す日の光が赤色に変わったからだった。もとから学園を訪ねたのがお昼を過ぎた時間であったのに加えて、こうも学園長先生と話が合うとは思いもよらなかった。それだけわたしが精神的に大人になったということのだろうか、それともいつもあの城主を相手にしているため慣れているからだろうか、出来れば前者であってほしいのだけど、……。…だって本当にこのふたりはそっくりなんだもの。

なにはともあれ学園長先生への挨拶と文を届けるという任務を無事終えたわたしは、学園長先生の厚意に甘え、今日は学園で泊まることになった。正直もうすぐ夜に差し掛かるというこの時間帯を歩いて帰るのは気が引けていたのでありがたい。とりあえずお腹がすいたので食堂で夕飯をいただこう。 かーん、食堂までの廊下で聞こえてきたへむへむの一日の授業終了を告げる鐘の音。誰もいない廊下で反響を繰り返して染み込むように消えていく、その音。途端に騒がしくなり始める校舎に、3年前もこうだったのだろうかと客観的に学園を見る。今まではわたしもその騒ぎの中にいたひとりであるから、騒ぎの外で騒ぎを聞くことに小さな違和感を覚え、自然と足も止まってしまった。

『こらーおまえたちは補習だぞ!』
『ジュンコー!どこに行ったんだい!?』
『うわー川西先輩大丈夫ですか!?』

…わたしがいなくなった学園でも途絶えることなく続いているらしい習慣が、なにも変わっていないことは嬉しいはずなのに、今だけはすごく切なくなった。なぜか置いて行かれているような気がした。もう学園にわたしはいないのだと、わたしには居場所がないのだと、つまりわたしはもう部外者なのだと、誰もそんなこと思っていないだろうに、きゅう、と締め付けられた心臓がそれを肯定しているようで。首を振って、さっきよりも緊張に固まる身体を無理に動かして食堂に向かった。どうかみんな、温かく、小松田さんや学園長、へむへむのように笑顔で迎えてくれますように。お帰りなさいと、無邪気に笑ってくれますように。あぁこんなにも苦しくなるなんて。これはきっと、全部が辺りを真っ赤に染め上げる夕日のせいだ。

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