30万打記念企画 | ナノ



いつも通りに弁当を作っていた、今朝のこと。柔らかい陽ざしが一日の晴天を告げていたが、季節はもう秋の終わりであるため家の中でも少し肌寒い。弁当が完成し、これからの季節は布団からなかなか出てこない寝坊助どもを余裕を持って起こしに行くかと袖を捲り直した際、そういえばまだ伊助の声を聞いていないことに気が付いた。俺が弁当を作る傍ら水やりや風呂掃除をしてくれる伊助が今日は珍しくまだ起きてきていない。あいつまで寝坊とはどうしたものかと後でからかってやろうと伊助の部屋に行けば、やけに乾燥した部屋で細い寝息を立てる伊助に、その理由はすぐに分かった。



伊助が風邪を引いた。

「伊助はわたしが看るから三郎次は兵助とタカにぃを起こして、とりあえずいつも通りみんなで朝食を食べててくれる?わたしは後で食べるから冷蔵庫にしまっておいてほしいな」

と、伝えると、ものすごい速さで飛び起きたなまえ姉ちゃんが的確な指示を飛ばす。伊助の体温を測ると38度をゆうに超えていた。普段は風邪を引かない伊助だからこそ頭の痛みと熱に本人が一番驚いているようで、さっきからくぐもった声が部屋に響き、ただでさえ過保護な姉ちゃんのほうが泣きそうな顔をしている。

「わたしは今日大した授業もないし休むよ」
「俺も休む」
「だめ。兵助今日は研究室がある日でしょ」
「なら僕が休もうかな〜」
「だめ。タカにぃも発表会近いんだから!」
「でも…」
「でももだってもない!三郎次と兵助とタカにぃは学校に行くこと!伊助の看病はわたしがします!」

そう宣言し姉ちゃんが伊助の部屋に入って行くのを残りの3人で追う。換気のため窓を開け放った部屋の中、服を着こまされている伊助を観察するけれど、咳は出ていないようだし顔色もそこまで悪いわけではない。現にだせぇと言った俺をいつものように睨みつけてきた。たぶんすぐに治るだろう。つか服くらい自分で着ろよな。「姉ちゃん、俺そろそろ行く」「あぁうん、お見送りするよ」。だから問題は付っきりで看病するであろう姉ちゃんのほうなのである。

「でもびっくりしたね、伊助が風邪引くなんて。何年ぶりだろう?」
「さぁ。どうせ腹出して寝てたんだろ」
「あはは。良くなったら注意しなくちゃ」
「…姉ちゃんも気を付けろよ、すぐ風邪引くんだから」
「……〜〜さぶろうじっ…!」

そう言っていたく感激した様子の姉ちゃんに抱き付かれたのが、つい3日前のことである。



なまえ姉ちゃんが風邪を引いた。

遠目からはもうもこもこの塊にしか見えないくらいあったかそうなパジャマを着こみ、顔を赤くしながら潰れた喉で咳を吐きだす様に、心配よりもむしろどん引きしてしまう。マスクも冷えピタもしているから顔は実質半分以上見えていない。伊助に風邪をうつされたことは明白であるが、伊助はその日の夜には簡単に完治し翌日には元気に学校に行ったというのに、どうして姉ちゃんはこんなに重症になってしまうのか。ちゃんと気を付けろと忠告をしたのに、伊助になにがあってもいいようにと一日中伊助の部屋にいたらしい。ついでに伊助とともに昼寝もしたらしい。そら風邪うつるし熱もでるわ。

「なまえって昔っから風邪長引きやすいもんね〜…」
「 でも、だいぶ、まじになっだよ…」
「ううぅ、ごめんねなまえねぇ」
「ううん、むじろ真冬にむけで抗体できでラッギーだよ」
「声ガラガラすぎだろ…」
「三郎次、なまえにぽかり!」
「へーへー。ちゃんと薬飲めよ」

特別身体が弱いわけではないはずなのに、姉ちゃんは風邪にすこぶる弱い。しかもそれは一度引いたらとことん長引く厄介なもので、熱は下がらないし咳も止まない、治っても一週間は鼻声が続くなど本当に散々だ。自分でもその自覚があるのか風邪だけは引かないようにと常日頃気を付けてはいるものの、もとからの体質もあってそうそう改善されるわけもない。

家族間の交流を求めリビングにやって来ていた姉ちゃんは今現在胡坐をかいた兵助兄ちゃんの上に座っている。これ幸いとばかりに兵助兄ちゃんに後ろからぴっとりとはりつかれた状態で、伊助もタカ丸兄ちゃんも心配そうに様子を窺うなか、ついにはうつらうつら舟をこぎ始めた。熱は平熱近くに下がり、どうしてもと駄々をこね風呂に入るくらいには回復したがまだまだ寒気も咳も鼻水も消えないらしい。とにかく寝ときなさいと部屋まで連れて行って、部屋に居座る!と駄々をこねる兵助兄ちゃんを引っ張って、男共だけでとりあえず夕食を食べることにする。

「…なんかいつもと味違うね」
「…ん。」
「………」
「…」

シーン。姉ちゃんがいないと食卓は水を打ったように静かだ。話はするものの弾まないしすぐ終わるし、食器がぶつかる音だけの空間を補うだけの会話は聞いているほうも虚しくなる。平常時に蜂蜜を垂らしかけたくらい甘いタカ丸兄ちゃんと兵助兄ちゃんは早く姉ちゃんのもとに行きたいと気が気じゃないようだし、風邪をうつした責任を感じている伊助は覇気がない。みなどこか上の空、食事に集中しているようにみせて、耳は姉ちゃんの部屋の咳き込む声に集中している。2階の音なんか聞こえるわけないけど。聞こえたとして苦しそうなそれにより落ち込むだけだけど。俺と伊助で作ったごはんもおいしいはずなのだ、けれど、違う、そうじゃない、もっと家庭的であったかい、なまえ姉ちゃんが作ったごはんが食べたい。……あぁもう、これだから気を付けろと忠告をしたのに。

なまえ姉ちゃんが風邪を引く。
たったそれだけのことが、こんなにもたいへんな事態を招くのだ。



「三郎次」
「ん?」
「なまえにさ、梅がゆ作ってやって」
「…え、姉ちゃんが言ったの?」
「いや、今食べたいだろうなって」

姉ちゃんがそう言ったわけではないらしいが(兵助兄ちゃんはすぐひっつくから隔離されているのである)、いつも一緒にいる相方を欠いて見るからに元気のない兄ちゃんの頼みで梅がゆを作った。それを部屋に持って行けばちょうど目が覚めたらしい姉ちゃんが梅干しの乗った茶碗の中を見て花を散らすように笑った。

「ずごい、梅がゆ、たべだいなぁって、おもっでたの」

どうじて分かっだの?そう言って早速おかゆを食べ始めたなまえ姉ちゃんの頭を兵助兄ちゃんが満足そうに撫でる。…結局、このふたりってほんとうに双子なんだなぁって、話。


桃子さん/リクエストありがとうございました!
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