30万打記念企画 | ナノ


夏休み終盤、二学期が始まる前最後の週、謙也が東京に遊びに来た。

風呂上り、リビングに戻ると白いソファに座って仲良く野球を観戦するいとこがふたり。対照的な髪色をしているくせ、ソファにだらしなくもたれるその後ろ姿や身体の傾き具合が妙にそっくりで、昔から変わらないちょうどよい男の子同士の距離感が微笑ましくなる。見ると虎が2点ビハインドの7回表、ワンアウト2塁、クリーンナップからの攻撃で、次はふたりのどちらかがお風呂の番だけれどきっとこの試合が終わるまではどちらも入らないだろう。負けてるじゃん、と言うとスリーラン打たれてん、もうこの回で交代やなとため息交じりに謙也が答えてくれた。侑士に連れられ球場に行きはするものの基本的に野球に興味はないのでふーんと受け流し、髪はちゃんと乾かしたかと確認してくれた侑士に親指を立て、そのままなんとなく、謙也の膝の上に座った。

「ちょお、…ほんま遠慮を知らんやっちゃな」
「椅子がしゃべった!」
「椅子ちゃうわ謙也や!」

言いつつも座りやすいように両足を閉じてくれたのでわたしも倣っていい感じに座り直す。なんで足の上やねん、ふつう足の間ちゃうん?とぶーぶー言いながらもわたしが落ちないようにと腰に腕を回してくれるのだから優秀な椅子である。侑士と目が合い分かりやすく口を尖らせて拗ねるような顔をするので、だって侑士が足組んでるからと言えば無言でその長い足をほどき誘導するようにぽんぽんと叩く。…いやだからといって今さら移動しないけどね。

「あ、なぁ侑士、写真撮って!」
「は?」
「白石に送り付けたんねん!」

おぉ我がいとこよ、意味が分からないぞ。やけに意気込んでいるけれど、すっぴんだし部屋着だし髪の毛もぼさぼさだしで、どうしてあんなイケメンにこんな辱めるような格好の写真を送りつけるような真似をされねばならないのか甚だ疑問である。中学校の時から全国大会などで白石くんとは顔見知り程度の面識はある。大体いつも謙也がお世話になってますだとかさっきの試合すごかったよだとか、目が合えば会話を交わすくらいのご近所さん的な、大して気を使う必要もないいたって良好な関係だ。かといってこんな腑抜けた格好は恥ずかしい。けど腰をがっちり固定されて逃げられないし、すでにノリノリでピースしてるし、…白石くんとは年に何度も顔を合わすこともないので別にいいかと許してしまうのだからわたしも大概謙也に甘い。なるべく顔が見えないように両頬を両手ではさんで目線も外す。インカメを構えて侑士もちゃっかり写った自撮り写真を見て満足そうに笑った謙也がめっちゃええにおいすると首筋に顔をうずめながらスマホを操作する。金髪馬鹿の考えることはいまいち分からないしくすぐったい。まぁいいけど。

「…え、自分まだ髪濡れてるやん」
「うそ、ちゃんと乾いてるよ」
「なまえ〜、いつもしっかり乾かせ言うてるやろ?夏やからて油断すると風邪引くねんで」

…お説教モードに入った侑士はわたしの第2の母である。いつもわたしの体調に関することを心配してくれて、風邪とか怪我とかはたまた女の子特有の事情とか、言えばお節介がすぎると苦笑いする人もいるけれど、お世話されるのが好きなわたしとしては一緒にいてとても心強い。乾いていないといっても少々濡れているくらいで、濡れているというかむしろ湿っていると言ったほうが近いくらいに大したことはないのだけど、侑士にとっては一大事らしいので素直に頭を差し出す。すると肩にかけていたタオルで湿っている箇所を優しく拭いてくれる。

「ねー、そこの麦茶ちょうだい」
「ええよ」
「手ぇ届かないよー。侑士とってよぉ」
「俺今髪やってんねから無理やって」
「わたしも今髪やってもらってるから無理やって」
「俺が一番動かれへんからな!」
「椅子がしゃべった!」
「謙也や!!」

結局満足にわたしの髪の毛をさらさらと梳き終えた侑士がとってくれた。優しい。するとあまりにも謙也の足の上でうごうごしすぎたのか、おまえのケツの骨痛いねんけどなどと訴えられる。女の子に向かって失礼なやつだな!とは思いつつも膝の上に乗せてもらっている手前文句も言えないのでそのまま横向きになり、今度は足の間にすっぽりとおさまってみた。謙也が背中に腕をまわしてくれて、なんだかお姫様だっこみたい。ソファの柔らかさがお尻に優しいし、謙也はよりテレビが見やすくなったし、なによりふたりの顔がよく見えるのでいい感じだ。けれど、必然的に侑士に向かって足を投げ出す格好になるので足フェチさんに足を撫でられる。そしておいこらなにしてんねんと謙也がその手を払い除ける。…ここまでが一連の流れである。あ、気が付いたら虎がまた1点とられてる。

「ちゅーかなまえ彼氏おったんちゃうん。こんなん見られたら俺殺されてまうわ」
「んー?今はいませんけど」
「…うそやん!え?あのイケメンやで?」
「おっそ。いつの話してんねん」
「は?いや俺知らんし!教えろっちゅー話や!」

謙也が耳元で叫ぶ。元カレと別れたのもう1ヵ月も前のことである。そういえば別れたと報告をした時、菊丸にも似たような反応をされたなぁと、わたしとあの彼氏はそんなに仲良く見えていたのかと今更ぼんやり思い出す。確かに顔は誰が見てもイケメン!と称賛するくらいに整っていたし、わたしがさほど仲良くもなく絡みも少なかった彼の告白を受け入れたのも結局は顔がかっこよかったからという不純な理由だった。でも付き合ってみると全然余裕がなくて束縛魔だしヤキモチ妬きだし気に入らないことがあるとすぐに怒るしで性格は散々なもので、4ヵ月もしないうちにすぐに別れた。むしろよく4ヵ月ももったものだ。彼は外面だけはよかったから周りはお似合いだなんだ言ってくれたので、たぶんみんな仲もいいと勘違いしてたんだろうな。残念、仲は最悪でした。というか謙也には言ってなかったっけ、ごめんね。

「えぇー、えー。あのイケメンフったんめちゃもったいな」
「後悔なんてないもーん。だから絶賛募集中だよ」
「ほんま?!」

謙也が再びスマホにかじりつきだしたので爪先で侑士にちょっかいを出す。一体誰に連絡をとっているんだ、彼女か、うそ、謙也も侑士も彼女いないもんね!わたしもいないもんね!3人みんなフリー、仲良しだもんね!暇すぎてさらに侑士をつんつんすると足首を掴まれ容赦なくふくらはぎをさわさわとしてくるので変態と言うと誇らしげな顔をされた。ほんとに変態だ!

「なぁ!ほなら白石紹介したろか!」
「あかんて。今うちの鳳ががんばってんねから邪魔すんな」
「鳳てダブルスの?自分モテモテやなぁ!」
「あはは」

…と言いつつもう当分彼氏はいらない。義務的にラインするのも電話するのもだるいし、彼氏がいると気を使って満足に侑士と放課後デートもできない。ぱっと気が向いたときに適当な文章を気の向くままに送って、きもかわいいスタンプを連打して、生産的でない会話をだらだらと3人で続ける。特に目的もなくふらふら歩き適当なベンチに座って、どうでもいいことを笑い合う。意味もなく謙也にスカイプする。一緒におりすぎやねんとぷりぷり可愛い嫉妬をする謙也をはやく長期休み来てほしいねとおなじみのセリフで宥める。侑士の方が優しいし、謙也の方がおもしろい。ふたりのほうが、一緒にいて比べるのもおかしいくらいに楽しい。だから当分彼氏なんていらない。

「謙也日焼けやば」
「かっこえぇやろ?」
「皮膚癌なんで」
「ならへんわ!」

謙也のスマホを見る。相手はどうやら白石くんのようだ。ちらりと見ただけなので会話までは分からなかったけど、謙也がびっくりマークをいっぱいつけた文章を送り付けていることだけは簡単に分かった。白石くんも相手にするの大変だろうなぁ。もっと見てやろうと謙也の胸に寄りかかって顔を近付けると見たアカン!と遠ざけられる。するとあーアカンアカンイチャコラすんなやと侑士も飛びついてきて、狭いソファの上、そこそこ体格のいいやつらに挟まれちっとも可愛くない、女の子としてアカン声が出たのをふたりに馬鹿みたいに大笑いされた。また白石に、くっつきすぎやねんて、ひぃ、どやされてまうわ、あはは。目に涙をためながら笑うので、どこにそんな大笑いするまでの要素があったか理解できないわたしがいとこだからいいのって返せばいいじゃんと拗ねたように言うと、謙也はせやなと嬉しそうに頭を撫でてきた。続いて侑士にも撫でられる。頭を撫でられるのは満更でもないので嬉しい。だってわたしたちいとこだもんね、は、3人の間の魔法の言葉なのだ。

結局虎が代打逆転満塁ホームランで奇跡の逆転勝利を飾ったことを、わたしたちは試合後のハイライトで知った。


美香さん/リクエストありがとうございました!

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