halo/walking on sunshine | ナノ


「なぁ、ケータイ持ってる?」

きょとり、なまえが大きな瞳を瞬かせる。けーたい、もう一度言うと、今度は合点がいったのか顔を花のようにほころばせてポケットから白色のそれを取り出した。俺の真っ黒なのとは対照的なのがおもしろい。女子らしいくまと花のキーホルダーが揺れる。

14回目の夏。クーラーによって冷えていた身体がじんわりと熱を持つ。レギュラーとして出場し、悔やまれる結果となった中総体からきちんと休んだのは今日が初めてだった。敗退した悔しさを毎日練習することで隅に追いやった。バレーのことで頭がいっぱいで、暑苦しいくせにあの噎せ返るくらいの体育館が好きで、床に跳ね返るボールの音が、床を擦れるシューズの音が好きで。夏だ。間違いないくらいに、 夏なのに。

「赤外線でいい?」
「おう」

いつからかなまえに会わないと夏が来たと実感できなくなった。

むわむわとまとわりつく外特有の暑さに肌を晒して、片手に持つスポーツドリンクを一気に飲む。夏休みの課題はちっとも進んでいない。及川と分担し合ってはいるものの、部活を言い訳に普段から大して真剣に取り組んでいるわけではなかったので進みが遅いし、ふたりでやろうにも俺ら程度の頭じゃ効率が悪い。 蝉の声は消えそうにない。今日の夜は花火大会だ。もう暦の上では夏も夏休みも終盤に差し掛かってはいるけれど、今年もようやく夏が来た。年に一度。俺たちの間にはのんびりとした時間が漂っている。

「いわいずみ?だっけ、は、じ、め、っと」
「おー。はじめは数字の1な」

なまえのアドレスが赤外線で送られてくる。きちんと電話帳に登録されたアドレスを見ると自然となまえの顔が浮かんできて(すぐ隣にいるのにおかしな話である)、なぜかアドレスさえも笑っているように思えた。

今日までだってここで会おうという約束をしたことは一度もなかった。けれどこの日になると足は自然とここに向かっていて、それはきっとなまえも同じ。約束をせずとも会えるというのは分かっていたし、携帯を介さないと話せないような話も、わざわざ携帯を介してまでするような話もなかった。考えてみれば俺たちは親戚でもないし、親や友だちが知り合い同士というわけでもない、本当にあの日たまたま偶然会っただけの、それがたまたま今もまだ続いているというだけの不思議な関係。

「なんだよこのアドレス、うける」
「はじめちゃんだってmushikingって!」

ふたり分の笑い声が響き合う。

なんで交換したのかっていうと大した理由はなかったように思う。ただ単に手に入れたばかりだった携帯に新しいアドレスを増やしてやりたかったのもあるし、あの時ふとポケットの中の携帯の存在を思い出したからでもある。本当にただの気まぐれだった。現に今までも正月に社交辞令程度の挨拶をかわすくらいのもんで、もちろん電話だってしなかった。他の奴にメールを打つ時、アドレス帳の中からなまえの名前を偶然見つけて、元気にしてるかなって、たまに思い出すくらい。でも、その距離感が心地よかった。連絡をとらずとも切れることのない縁だと、どうしてか自信を持って言うことができたから。



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