halo/walking on sunshine | ナノ
「ねぇ、そこすずしい?」
下から聞こえる声をぼんやり耳にしながらぼけっとしていると誰かに話しかけられた。見ると木陰の先、日なたとの境界線の向こうに誰かいるらしい。声から女子だとは分かったけれど、太陽の光が眩しく白んでいて1メートル先すらもはっきりと見ることはできない。「まあまあ」、「わたしもはいっていい?」、「おー」、そう答えると、そいつがこちらに向かってくる足音がした。
「わ、すずしい」
大きな木の下、同じ木陰に入って来たそいつは、麦わら帽子を押さえながら空に向かって枝を広げる木を見上げてすごいとおもしろそうに笑った。真っ白なワンピースがやさしく揺れ、ふわりと中が見えてしまい思い切り顔を背ける。どくどくと顔が熱くなる。と同時に、いつも休み時間に一緒になって遊ぶような活発そうな女子とはなんだか違って、こういう女子がどうして神社にいるのかとこんな場所にそぐわないことを不思議に感じた。
「だれもいないね」
そいつはなんの遠慮もなく隣に座って来た。直接地面に座って汚れないのかと心配したけれど、本人は特に気にする様子を見せなかった。許可したのは自分だけれど知らないやつと隣にいるのもどうかと思った。加えてワンピースの中を見てしまったことに罪悪感を覚え立ち上がろうとすれば、どこに行くの?と声をかけられる。木陰の外は未だ太陽の熱が降り注いでいて、そこに足を踏み出す気には到底なれなかったし、どこに行くのかとこちらを見上げた大きな瞳があまりにも純粋で、その瞳に引っ張られるようにそのまま座り込んだ。先ほどよりも少しだけ間を空けて。
「きょうお祭りなの?」 「…花火大会があんだべ、しらねぇの?」 「しらない。わたしここらへんに住んでないんだ」
そいつは人見知りもなく話しかけてくる。ここらの小学生はみなたいてい同じ小学校に通っていたが、同い年くらいに見えたそいつに見覚えがなかった。しかもこのあたりには住んでいないと言う。どこの小学校かと聞くと、東京からきたのと眩しく笑った。とうきょう、その響きがあまりにも遠くて実感が沸かない。
「おばあちゃんの家がみやぎにあるの。だから毎年夏にあそびにくるんだよ」 「ふーん」 「このあたりに住んでるの?」 「うん」
伸ばした足をゆらゆらと揺らす。ぺらぺらと話しかけてくるその言葉が普段自分たちが使う発音だとかと違うことに気が付いて、本当にこいつはこのあたりの人間ではないのだと思った。綺麗な言葉に違和感、でも心地よい声と話し方は聞いていて落ち着けたけれど、自分や同級生とは違う雰囲気に少しだけ緊張した。当時は小学3年生、宮城から一歩も出たことのない俺は隣の少女がまるで異国の人間のように思えたのだ。
「いつもここにくるの?」 「きょうは、たまたま」 「そうなんだ」 「…なぁ」 「なぁに?」
しかも自分はちゃっかりパンツを見てしまっている。向こうは見られたことに気付いていない。それなのに楽しそうに話しかけてくれる。それが申し訳なくて、けれどパンツを見ましたなんて馬鹿正直に言えるわけもなく、せめて自分の中の罪悪感をどうにかしたいと思えば、ポケットに仕舞っていた饅頭の存在を思い出した。そのうちのひとつを差し出す。恥ずかしくて顔も向けられなかったし、ましてや目なんて見れるはずがなかった。
「…くれるの?」 「……おう」
蝉がすぐ真上でうるさく鳴いている。石段の下からは大人たちの笑い声が聞こえる。木陰の外は相変わらず湯気が出るほど暑いようだ。今思えば服装だけでなく仕草にもどことなくお嬢様らしい雰囲気があり、余計に同級生たちとは違うように思えたのだろう、他の女子たちと同じように接せられるわけがなかった。ありがとうと嬉しそうに顔をほころばせた少女が真っ直ぐに俺を見て笑うから、恥ずかしさで居たたまれなくなって木陰から逃げ出してしまおうかと思った。身体がその意思に従うことはついになかったけれど。
それから他愛もない話をだらだらと続けて、太陽の光がだいぶ弱まったころ、そいつはまたねと笑って去って行った。その後ろ姿、揺れるワンピースを見て、名前を聞くのを忘れたと思ったけれど、たぶんもう会うことはないのだからと考えるのをやめた。その後たまたまここにやって来た及川が花火大会に行こうとうるさいのでようやく腰を上げた。急に現実に戻された気分だった。本当にさっきまであの少女がいたのかという不思議な思い出を胸に残して、噛みしめるように石段を下りた。
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