halo/walking on sunshine | ナノ


「ちょっとあいさつするだけでいいから、ね」

毎年お盆になると親戚が家にぞろぞろとやって来る。蝉の声をかき消すクーラーの響く客間、夏休みも終盤に差し掛かったその日も例に漏れず親戚が我が家のインターホンを押した。ちょうど絵日記の宿題を終え、外に遊びに行こうとしていたのになんともタイミングが悪いと頭を机に打ち付けたのを覚えている。

顔を出してあいさつをしなさいと母さんに無理矢理引っ張られていやいやながら客間に入る。この時季と正月にしか会わないような、名前もはっきりと言えないような親戚の人が飲んでいたアイスコーヒーを置いてはじめくん大きくなったねぇと目を開いて感心する。こんにちはとあいさつをして、手招かれた先の父さんの隣に座り、あとはひたすら話が終わるのを待つだけ。母さんの言う「ちょっと」がちょっとではないことにはいい加減気付いていた。

両親が親戚と話しているのをその隣で聞いているのはとても暇だった。客間にはテレビがないし、ゲームをするのもお客さんの前だからやめなさいと怒られる。本を読むのも好きじゃなかった。手持ち無沙汰に飲むばかりだったジュースはすぐに底を尽きてしまう、寝転がることもできない。親戚の人がたまに話を振ってはくるものの、たいした返答はできないしすぐに両親との会話に戻ってしまって、とにかくその時間は苦痛で仕方がなかった。小さいころからじっとしているのが苦手でとにかく動き回りたい欲求の塊だったのに、この時間だけはそうもいかなかったから。

リビングで電話が鳴る音が聞こえた。それに反応した母さんが親戚に断りを入れて立ち上がったのをいいことに自分も急いで後を追い、長話に付き合わせてごめんねと朗らかに笑う親戚にだいじょうぶですと言って客間を出た。母さんは仕方ない子ねと呆れた顔をしていたけれど、俺が暇を持て余していたのを知っていてくれて、抜け出したことに怒ることはしなかった。

「外いってくる」

とにかくこの家は来客が多い。どうせ今客間にいる親戚が帰っても、また別の親戚が次々と訪れては長話をしながらだらだらと居座る。自分はそのすべてに付き合わされる。もううんざりだ。ぼうしをかぶり、電話中の母さんには話しかけられないので、客間にいた父さんに遊びに行くことを告げると、申し訳なさそうに眉を下げた親戚が長話に付きあわせたお詫びにとお土産の饅頭をふたつくれた。よかったらお友だちと一緒に食べてね。外に出ると行っても誰かと遊ぶ約束をしていたわけではないので戸惑ったけれど、ありがとうございますと言って饅頭をズボンのポケットにしまった。父さんも親戚の人も、嬉しそうに笑っていってらっしゃいと送り出してくれた。

外は太陽がかんかんに陽射しを振りまいていて、蝉の鳴き声が耳のすぐそばで響き渡る。遠くの道路から湧き上がる湯気がゆらゆらと揺れている。真っ青な空で入道雲がもくもくと形を変え、吸い込んだ空気は喉の奥で蒸発するくらいに暑かった。こんな暑い日、家の周りには人ひとりおらず及川を誘うのも憚られた。行先は決まっていなかったけれどなんとなくいつもとは違う場所に行きたくなり、通学路とは反対方向に歩き出せば、道の途中から金魚すくいや林檎飴やたこ焼き屋などの屋台が道端に並んでいた。たくさんの人がせわしなく準備をしているようで、なにか祭りでもあるのかと思いながら、道の先、石段を上った上にある神社に足を向けた。

境内の近く、大きな木の下に座る。まとわりつく暑い空気が鬱陶しいけれど、夏は好きだし、日陰に入れば暑さもだいぶ和らいだ。石段の下から縁日の準備をする人たちのざわざわした声が届いてくるのに神社には誰もいなくて、その静かな空間だけとても穏やかだった。そして思い出す。そうだ、今日は花火大会がある日なのだ。

小学校3年生、暑い暑い夏のことである。



×