短め | ナノ


可愛い女の子は、それだけで得をしている。なにかに勝っている。きっと、すべてにおいて、そうじゃない女の子よりもいい人生を歩んでいく。ただそこにいるだけで周りが勝手に世話を焼いてくれて、物事がいい方にいい方にと転がっていって、足取り軽く歩くだけで世界が簡単に広がっていく。踏みしめてきた世界は誰よりも華やかで、綺麗で、その身体に傷なんてひとつもなくて、あの子がいるだけで周りは幸せになれる。私はそうじゃないから、自分の目で見て確かめて、自分の足で踏みしめて、傷だらけになりながら世界を進めていく。怪我は自分で治療するしかないし、たとえ無事ゴールにたどり着いたとて、それを褒めてくれる人は、ほんとうに少ない。私のことを常に気に掛けてくれるような人を、両親以外に知らない。これから出会えるかも分からない。可愛い女の子は、それだけで得をしている。これはそうじゃない女の子である私が言える、絶対的なこと。

「はいこれっハッピーバレンタイン!」
「わ〜ありがととおるちゃん。手作り?」
「もちろん!なまえちゃんへの愛を込めて一生懸命作ったよ!」
「えへ、嬉しい。…はい、じゃあこれはわたしから」

仲良く肩を並べて歩くその後ろ姿を見ない日などなかった。

「えー、今年も市販〜〜〜?」
「こらー文句言うなら返してもらうよ」
「あっだめだめ食べるってば!」

背の高い彼の横に、ふわふわの白いマフラーをぐるぐるに巻いた女の子。互いの歩幅を合わせて、ゆるやかに笑いながら、日なたに沿ってゆっくりと歩く。朗らかに談笑する声が優しいノイズとなって私の耳を通り抜けていく。すれ違う女の子たちからふたりにと差し出されるチョコを爽やかな笑顔で受け取り、ふたりで嬉しそうに笑い合う。じわり、黒い嫉妬心が沸き起こって、徹夜して作った大量のチョコが入った紙袋を寒さで感覚のなくなった手で握り締めた。すらりとした足がのぞく短いスカートが揺れるのを視界に入れながら、なんてこともなく、ふたりに続いてあたたかい教室に入る。途端にむせ返るほどの甘いチョコレートのにおいが全身を包み込んだ。

「はじめちゃんおはよー。はいチョコレート」
「おーさんきゅ。…安定の市販だな」
「はじめちゃんまでそんなこと言うの!」
「まぁおまえにお菓子なんか作れねぇもんな」
「ベタに砂糖と塩間違えそうだよね〜」

及川くんとなまえちゃんは、校内でも有名な美男美女カップルだ。中学のころからお付き合いをしている、たいへん仲が良い、とても微笑ましいふたり。幼稚園に上がる前からの幼なじみらしく、その間に漂うのは熟年感のある穏やかな空気。ふたりを眺める周りのまなざしも柔らかくて、及川くんとなまえちゃんがこの空間にどれだけ歓迎されているか嫌でもわかる。それは、美しいものたちを称賛する、羨望の感情。私はそれが嫌で嫌で仕方がない。気持ちが悪い。吐き捨ててしまいたい。薄汚いものが身体中を這いずり回る。私はみんなのようにふたりを受け入れることなどできない。及川くんが好き。だからこそ、隣に並べるわけがないと分かっていても、頭の中では及川くんの隣で笑う自分を描いてしまう。その可能性は、億が一にも満たないくせに。

「あ、それこの間ほんとにやっちゃったの。自分でもびっくりした」
「え?なまえが料理?なに作ったの?なんでくれなかったの?」
「パンケーキ!結局塩辛くて食べれないから捨てたんだよ〜」
「…いやおまえがパンケーキとか無理だろ。嘘つくなよ」
「はじめちゃん失礼すぎる!卵と牛乳とミックス混ぜるだけだもん!」
「それただのホットケーキじゃねーか!つか砂糖いれる必要ないだろ!」
「だって甘いほうが美味しいと思って〜!」

神様は卑怯だ。あのふたりが幼なじみじゃなかったら、高校から出会っていたら、あの子がもっと可愛くなかったら、私にも、私にだって少しのチャンスがあったかもしれない。アピールする隙間くらい、あったかもしれない。あの子は可愛いうえに及川くんの幼なじみで、誰よりも早くから及川くんの隣にいて、可愛い顔で笑って、そうして及川くんの心を鷲掴みにしている。神様は卑怯だ。

「まぁ料理できなくてもなまえちゃんだから許すよぉ〜」
「お嫁に行く前にちゃんと練習するよ、まずはゆで卵あたりから!」
「……それ本気で言ってんのか?」
「あーもう可愛い!!!」

一生懸命に作って可愛く包装もして、何度も繰り返し反復してみた告白の言葉も、結局は及川くんにお披露目されることなくどこかへと消えていく。及川くんはきっと受け取ってくれる。それは分かっている。及川くんにはあの子しかいないということを、チョコレートを受け取ることに下心などないと、及川くん自身と、なによりもあの子が強く理解しているから。たくさん練習しておいしく作ることができたけれど、どこでも売っているような市販のチョコレートより喜んでもらえる自信がない。しょうもない劣等感が邪魔をして渡せない。及川くんを思う気持ちは負けないのに。負けない、のに。…及川くんへのチョコレートは、家に帰ってお父さんにでもあげよう。机につっぷしたまま、かばんの底へと押しやった。

神様は、卑怯だ。

あの子はきっとりんごの皮さえ上手に剥くことができないし、オーブンの使い方も分からないし、卵も割れないような、そんな女の子。けれどその手は彼のまめだらけの大きな手を握り返すためだけにあるのだから、それを責める人間は誰もいないのだ。だってあの子は、とってもかわいいおんなのこだから。

0214 かわいくないからきらい


×