短め | ナノ



 姉とはなべてブラコンである。
それはもちろん我が家の長女も例外ではなく、学校でもところ構わず話しかけてきたり頭を撫でてきたりスキンシップを図ってきたりとなまえ姉ちゃんは基本的に構いたがりである。

「さぶろうじ〜」
「げっ、ねぇちゃん!」
「む、げっとはなにかね」

時はお昼休み、昼食を食べ終え5限までの暇を持て余している最中、自分を呼ぶ能天気な声が廊下から教室に響いた。廊下を見るとそこには案の定本来ここにはいるはずのないなまえ姉ちゃんがこちらに向かって手を振っていて、ドアの近くに座っていたクラスメイトに教室に入ってもいいかと尋ねている。突然の来訪者、しかも高校生の頼みにそのクラスメイトがノーと言えるはずもなく、驚きながらも全然どうぞと答えたのに対し嬉しそうにありがとうと笑った姉ちゃんがなんの戸惑いもなく教室に入って来た。にこにことこちらに向かってくるその姿にため息がもれる。

「なにしに来たんだよ!」
「見てこれ季節限定なんだって。さっき購買部で見つけたの、三郎次絶対好きだと思って買っちゃった!」

そう言って掲げて見せたのはこの季節限定のスティックタイプのお菓子だった。

…なまえ姉ちゃんと兵助兄ちゃんはこの学校でちょっとした有名人だったりする。双子というだけでも珍しいのに、それが男女の双子となればそりゃ話題性は十二分にあって、さらにそろってあんだけ顔がよくてべたべたに仲がいいのだから、むしろ有名にならないほうがおかしいだろう。ふたりとも無駄に顔が整ってるからな、本当に無駄に。そんな有名人の片割れが昼休みにわざわざ中学棟まで来たとなれば注目されてしまうのも無理はない。しかも中学棟で高校の制服はどうしても浮いてしまうのだ。

「いつも三郎次がお世話になってるから、3人も遠慮せず食べて〜」
「え、いいんですか!?」
「もちろん!これからも仲良くしてやってね」

近くの無人の席に向かって意味もなく借りるね〜と言った姉ちゃんがお昼のお馴染みのメンバーの間に躊躇もなく入ってきて、そのお菓子に余計な言葉を添えて3人に勧める。今朝にはおろしていた髪の毛がポニーテールにまとめてあり、滅多に見ないそれを珍しく思った。俺のその視線に気が付いたのか、ポニーテール可愛いでしょ、と髪の先をつかみながら笑い、それに左近たちが馬鹿みたいに照れるもんだから可愛くねぇよと独り言ちてみる。しかしそれを敏感に拾った姉ちゃんがそう言うと思ったとばかりに笑みを深めるから、見透かされているのが分かっておもしろくない。

「三郎次、はいあーん」
「自分で食えるから!」

買って来たというわりにすでにパッケージが開封されていたお菓子の一袋は、きっと1学年下の伊助に手渡されたのだろう。そして伊助に存分に癒されたに違いない、だからこそこの教室に来た時あんなにもにやついていたのだ、想像に容易い。残り少ない貴重なお昼休みにこんなところまであんなくだらない理由ひとつで来てしまうなんて、その行動力には毎回驚かされる。

姉ちゃんが俺の元を訪ねて来たのはなにもこれが初めてではない。以前は体操服を貸してと、いっぱいいる友だちに借りれば済むことなのにわざわざ中学棟まで来ては俺に貸してくれとせがんできた。なんでも体育教師がいちいち面倒くさく、胸元の名字の刺繍に目ざとく反応し他人の体操服を借りて着ているのがばれるとねちねちうるさいらしい。ならば兵助兄ちゃんに借りればと言えばサイズが大きすぎるため兵助兄ちゃんよりは小さめの俺のがいいのだと主張してきた。なので結局貸してやった。別に家族だから構わないのだけど、それにしても、特にジャージを羽織らず半袖でも大して寒くもない晴れた日の午後の授業、それでも俺のところまで訪ねに来た理由を、なんだかむしょうに三郎次に会いたくなって!と言ってしまうあたり、自分で言うのもなんだけど姉ちゃんは俺のことが大好きだと思う。

「そうだ、今晩は三郎次の好きな生姜焼きだよ。帰ったら手伝ってくれる?」
「〜〜〜、しょうがないな」
「ふふ、午後の授業もがんばろうね。じゃあまた後で」

突然に来たわりには早々と席を立った姉ちゃんが教室の中にも関わらず悪戯っぽい笑みで俺の頭を撫でた。恥ずかしいくせにそれを拒めないと分かっていて平気でしてくるのだから、姉ちゃんはなかなかにいい性格をしている。…兵助兄ちゃん曰くすぐ下の弟には絡んでいきたくなるものらしく、三郎次だって伊助に構いたがるだろと言われ言葉に詰まった。今まで下の子として可愛がられていた自分に新たに弟という存在が現れたら、そりゃあどうしたって可愛く思えてしまうのも無理はない、から、その理屈は分からなくもない。タカ丸兄ちゃんは昔っからあの双子にめろめろだし、なまえ姉ちゃんは言わずもがな兵助兄ちゃんも俺や伊助に基本的に手緩い。かく言う俺も伊助をからかうのを止められないのだから、姉ちゃんが俺や伊助を見るとほぼ条件反射に構ってくるのは、いわゆる鍵刺激ってやつだろう。

「……姉ちゃん!」

廊下に出た姉ちゃんを思わず引き止めた。…姉とはなべてブラコンであるとはあながち間違いではないのだと思う。まぁ他の家で姉という存在がどんなものなのかは知らないけれど、話に聞かずとも我が家の姉ちゃんは割と特殊な部類だということはなんとなく分かっている。隙あらば抱き付こうとして来ること、やたらと褒めてくること、いつも笑ってくれること、生まれた瞬間から今の今まで無償の愛に馴らされ続けた結果俺もとんだ甘えたになってしまったものだ。だからお菓子を買ったからという理由だけでお昼休みに会いに来てくれた、たったそれだけのことがこんなにも嬉しくて、たった一言で退屈な午後の授業もがんばろうと思えて、そして家に帰るまでの少しの間のさよならだって、本当は、ほんとうはちょっとだけ寂しいのだ。

「…その、か、髪の毛、似合ってなくもない、と、おもう」

伝えるうち恥ずかしさから尻すぼみになってしまった小さい声を、それでもきちんと聞き取ったらしい姉ちゃんがぴたりと動きを止め、俯き気味に再びこちらにかけ寄ってきた、…両腕を広げて、?

「三郎次、だいすき!!」
「だああああああああ!!!」

1016 あいつほんとシスコンだな


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