短め | ナノ

東京って言われて思い浮かぶのは、空高くそびえる東京スカイツリーと、人混みで溢れ変えるスクランブル交差点、東京タワー、新宿、渋谷、銀座、歌舞伎町、秋葉原…。なんか聞いたことあるなー、でも結局はテレビの中の世界だなーって感じの漠然としたものばかり。だいたいの田舎モンは東京に対してこんなイメージを持っているんじゃないだろうか。それをそのまま素直に伝えると、それは東京の都会の部分であって、わたしが住んでたのはもっと田舎だよ、と訛りのないきれいな日本語で返される。さらにつっこんで言った東京の田舎って言ってもここよりは都会だよねという言葉に、なんとも答えにくそうにまぁ東京だからねと彼女は苦笑いを浮かべた。

東京というフィルターをなくしたって彼女が持っているものはすべてセンスがよく見えるし、制服の着こなし方だって、髪の毛のくくり方ひとつにしたって、あぁやっぱりなにかが違うなぁと見いってしまう。なんだか雰囲気が違うのだ、やっぱり。きらきらしていてふわふわしていて、それでいて先進的でまっすぐで綺麗で、そう、うっかりしていたらころっと落ちてしまいそうな、そんな。自分が東京のイメージそのものになってるのに薄々気付いている彼女はそう思われるのを苦手としているみたいだけど、やっぱり彼女と話す時は変に緊張してしまって仕方がない。それでも東京から来たっていうことを鼻にかけたりしないし、彼女自身がのんびりとした性格だからか、田舎コンプレックスのクラスメイトにもあっという間に溶け込んでしまった。なんかそういうギャップもいちいちぐっとくるというかなんというか。最初は東京者だからと蔑ろに扱ってたくせに一度可愛いと思ってしまえばあとは簡単なもので、今ではどうすれば彼女ともっとお近づきになれるか試行錯誤の日々。だって彼女の隣に立つ男としてかっこよくいたいし、余裕だってみせたい。イナカ者の意地かもしれない。

「あーっと、お、おはよう」
「え、あ、おはよ、もうお昼だけど」

岩ちゃんにはさっさと告ればいいだろグズ川なんて罵られるけど、そんな簡単に勇気がでるわけがない。今までの女の子とは明らかにわけが違うのだ、より慎重にいかなくてどうする。その結果俺のヘタレを増長することになっても、最終的に彼女と恋人同士になれるならその過程なんてなんでもいい。とにかく彼女にかっこいいと思ってもらいたい、好きな人にそう思ってもらえないと意味がない。東京にはどんな男の子がいたのか、東京ではどんな恋愛をしてきたのか、想像することしか出来ないのが悔しい、もどかしい。東京の奴らに負けたくないとは言うけれど、そもそも東京の奴らは俺のことを比べるまでもない人間だと思っていそうだし、そもそも同じ土俵の上にいるのかさえ怪しい。彼女がそんなこと気にするような人間じゃないことは分かっているつもりだけど、これは男特有のつまらないプライドだから、彼女が本当の意味で理解してくれているとは考えにくい。…つまりは彼女を映画ひとつに誘うのだって相当な勇気がいるのだ。

「い、いい天気だね」
「…そうかな、曇ってるけど……」

…そういえば今日は天気が悪い、廊下の窓から空を見上げると、どんよりと重たい雲が今にも雨を降らさんばかりに一面を支配している。やってしまったと後悔してももう遅く、苦笑いがこぼれたのを彼女はおかしそうに笑った。背中に隠した映画のチケットを握る。しわがついてしまうと慌てて力を緩めるも、そこにはしっかりと握りしめた跡がついているのが感触で分かった。この間文化祭用の買い出しに誘おうとした時もいざ彼女を前にすると誘い文句さえうまく出て来なくて、やっと言葉にしたはいいけど急に襲って来た気恥ずかしさにもちろん岩ちゃんも一緒に!だと叫んでしまった。あの時の後悔と言ったらもうそれは相当で、なにが嬉しくて岩ちゃんも引き連れてデート(という名の買い出し)に行かないとならないのかと一週間以上は頭を悩ませた。いや自分のせいだとは分かっているのだけど、マッキーやまっつんの憐れむような目もまだ当分忘れられそうにない。

「あ、あー、あのさ、…今週の、に、日曜日 」
「日曜日?」
「 うん、」

デートプランだってちゃんと考えている。すでにリサーチ済みの彼女が今気になっているらしい映画を観て、クラスの女子におすすめされた隠れ家的な可愛いカフェに行って、駅前で買い物をして(出来ればプリクラを!撮って!)、帰りは静かな公園でおしゃべりをする。東京は東京、宮城は宮城、たとえ巡るところが少なくったって、それ以上に充実した濃い内容にする自信がある。楽しめるだろうという期待をしてほしい。「映画のチケットもらったから、一緒にどう?」たったこれだけ、たったこれだけ。彼女は優しいから、大した用事がない限り断ることは、ない、はず。これで近付ければ一気に距離を縮めることが出来るだろうから、あとは、彼女をデートに誘い出すだけ。そう、それだけ。それなのに言葉が喉に引っかかってうまく出ていかない。すると、うー、あーなんて言葉を不思議そうに見ていた彼女が口元をおさえてふふっと笑った。あ、可愛い、こういう仕草ひとつひとつが綺麗で、その度にやっぱりこの子がいいとか、この子じゃないとだめだとか、いちいち心臓を締め付けながら訴えかけてくる。

「あのね、及川くん」

彼女が一歩、足を踏み出した。その分だけ近くなった距離に、…半歩程度のその距離が、もどかしくて、でも嬉しくて、やっぱり恥ずかしくて心臓が跳ね上がる。両頬のチークが可愛い。ふんわりと甘い香りが鼻に届き、抱きしめてもいいかな、なんて出来もしない妄想が頭を巡る。彼女は可愛いから、もうすでに他の男が声をかけているかもしれない。彼女は可愛いから、あっという間に他の男のものになってしまうかもしれない。現に彼女が近くに来るだけで男共が気持ち悪く色めき立つし、いつも彼女の下世話な話題が彼女のいないところで上がっている。彼女はそんなこと知りもしないんだろう、ふわふわ笑っていて、のんきで無防備でいろんな意味で怖いもの知らずだから、見ていて不安になる。今までの女の子ならそれすらなんてことなかったのに、彼女のことになると普段ならしないネガティブ思考が顔を出してくるから嫌になるんだ。「なにを躊躇してるのか知らないけど」。彼女の少しだけ低い、けれど甘い声が、鼓膜を揺らした。

「今度はちゃんと言葉にしてね。じゃないとわたし、他の人のところに行っちゃうよ」

そうして背中に隠していたチケットを一枚だけ抜き取り、あ、これ、観たいと思ってたやつ。そう言ってにっこり綺麗に笑った彼女は、先ほどの甘い声に動けなくなった俺の右腕に一瞬だけそっと触れて、連絡待ってるねと残し自分の教室に入っていった。…あれ、あんな表情、見たことないや。力の抜けた左手からはらりと落ちたもう一枚のチケットを拾う余裕もなくなってしまい、ただただ立ち尽くす俺を笑うように一筋の光が雲の合間から差し込んだ。なんださっきの、甘い声と、甘い笑顔。可愛い、けど、それ以上に、妖艶とも言える色っぽさ。心臓がどきどきと激しい音を立てる、頬の温度が一気に上昇する。ぐわりと込み上げてくる熱さが、全身を支配した。そうか、あれがギャップっていうのか、そうか、…そうか。……トウキョウの女の子ってコワい。

0803 待ってられなくてごめんね / 企画シネマ様に提出

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