短め | ナノ


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物見を開けてそっと外を覗いでみた。そこからふわっとした優しい風が入って来て、興奮と緊張で高鳴る胸をゆったりと落ち着かせていく。天平線に沿って明かりの灯る都はずいぶんと遠くにぼんやりと見える。結構な時間が経っているのだと、やはりそわそわとしている自分に気が付いた。足元に広がるきらきら輝く光が暗闇の中で反射して天上を明るく照らす。遠くに見える月輪は黄金の色を放ち、最近月輪の観察に精を出しているらしいお父様が今日あんなにも喜んでいたことを思い出してなるほどと納得した。こんなにも綺麗に星の出る夜は一体いつぶりだろうか。無数の星たちの流れるように輝く様が笑っているように見え、それがまるでわたしたちを祝福してくれているかのようで、嬉しくて再びどうしようもなく頬が緩んでしまうのを止められない。

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音もなく進んでいく牛車の中では先ほどから使用人たちが下世話な会話で盛り上がっていた。年頃の人間が四人も乗るとなるといくら大きな牛車と言えど屋形の中は些か窮屈に感じる。そもそも、わたしひとりだけのためにこんなにも使用人が必要だとは到底思えないのに。わたしの過去の過ちに対して未だよく思っていないのか、それとも純粋に娘のことが心配なのか、親不孝者と言われるかもしれないが親心とはいくつになっても分からないものだ。

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心地よい風が頬を撫ぜ、うっとりと目を閉じる。すると閉じた先に優しく笑うあの方の姿が見えて、そのあまりにも鮮明な様に落ち着き始めていた心臓がまた活発に動き出した。熱を持ち始め真っ赤になってしまっているだろう両頬からはきっと湯気が出ているに違いない。恥ずかしくて恥ずかしくて、周りに使用人たちがいることを思い出しとりあえず顔を下に向けた。着物の裾を握る手が緊張で震えている。わたしが繰り替えす百面相がそんなにもおもしろかったのか、使用人たちが声をあげて笑い出した。「なまえ様は本当に、あの御方をお慕いしていらっしゃるのですね」。微笑まし気な笑みとは、きっとこういう笑顔を指すのだろう。

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ようやく向こう岸が見えてきた。天の川を渡りきるこの長い長い時間でさえあの方に会えることを思えば気にならないのだから、わたしはあの方が心底好きなのだと実感する。早く会いたい、早く会いたい。話せていない今までのことを話したい。聞けていない今までのことを話してほしい。けれど会ったらまず始めに抱きしめてほしい。抱きしめて、わたしも抱きしめ返して、そうしてキスをして、手を繋いで、笑って、キスをして。話したいことがあるの、伝えたいことがあるの、聞きたいことも、聞かせてほしいこともたくさん。

きらきらと光る天の川はわたしの心を騒ぎ立て、震える両手を左胸に添えれば盛んに上下する心臓が飛び出してきそうでどうしようもなく泣きたくなる。この一年がわたしにとってどれだけ辛く長い期間だったか、わたし以外に理解してくださる方は存在するだろうか。あの方に会えなくなってしまったのは自身の責任だからすべてを神様の所為にするわけではないけれど、それにしたって一年という期間は馬鹿みたいに長い。だから一年でたった一度だけの今日というこの日を、わたしはなによりも待ち望み楽しみにしてきたのだ。風が吹き、小さな星屑が舞う。星たちが一層強く煌めきだした。

「なまえ様!」

――そして聞こえたのは、一年ぶりに聞く大好きなあの方の声。


さあ、惑星に乗れ!




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