死人のお時間です 朝起きたらゾンビが蔓延していた。 ぱちり、と急速に覚醒した意識と開かれた視界一杯に男の顔が映った。があ、と開けられたボロボロの口腔内が見える。ひどく臭い息をかけられ、咄嗟になにしてくれるんだと右手で男の米神目掛けて拳を振り上げた。オーラを加減する余裕はなく、男は吹っ飛ぶ。嫌な感触がしてまじまじと握った拳を見、吹っ飛んだ男を見遣って目を疑った。 男の頭が吹っ飛んでいる。 部屋のカーペットやベッド、机にまで男の肉片やら血液やらが飛び散り、部屋は猟奇的な殺人現場さながらの状況だ。 「そんな力こめたつもりないんだけどな…」 ひとの寝込みを襲ったのだから自業自得だと思うけど、せめてなんで襲ってきたのか尋問したかった。 溜息をついて、無駄かもしれないが男が何か身元の割れるようなものを所持していないか確認するために近づいて、気付いた。男の身体はおかしい。まるで皮膚が死人のように血の気がないし、なにより身体は腐っている。ジャケットを脱がせ皮膚に触れるとぐじゅぐじゅに熟しすぎて腐りかけた果物の感触がした。 とりあえず、気分が悪くなったので昨日の夜にとったばかりのホテルの一室はチェックアウトすることにしよう。身支度を簡単に済ませ、部屋に備え付けてある受話器をとった。断続的なコール音が続くばかりで、フロントにいる人間は出てくれない。業を煮やしてフロントに向かおうと廊下へ出た矢先、ゾンビと遭遇した。 えっ、ゾンビだ。 「え、ほんもの?」 よくできたゾンビだ。有名なあの映画のようなリアル感ーー本物なのかな。兎にも角にも、踵を返して走った。逃げるが勝ちだ。 走っている内になぜかゾンビと遭遇しまくり追いかけられる。 わたしを標的に決めたのかぞろぞろと何体ものゾンビがわたしに向かってくる。 ゾンビといえば頭を吹っ飛ばしたら動かなくなるんだっけ? 部屋に来た男は頭を吹っ飛ばしたら動かなくなった。ならば、頭部が弱点なのだろう。 密室になるエレベーターは避け、いつもはかたく閉ざされている鉄製の非常口の扉をこじ開け外へ出た。扉の向こうから、ゾンビが勢いよく扉を叩いて開けようとしてくるが扉自体を溶接して塞いでやった。ざまぁ。 しかし、非常階段にもゾンビがいた。今度のゾンビは中に居たのと違って素早いし、わたしを捕食したいのか気持ち悪い奇声をあげ、首から上の頭部が帯状に変化しーーまるで口のような形態に変わった。ゾンビって進化するのかと思わず関心してしまうーーが、襲ってくるゾンビを階段から突き落として呆気なくさよならした。 ゾンビが落ちていくのは見届けず、上を目指して階段を駆け上がった。ホテルの屋根瓦によじのぼって階下を見下ろす。 地上はゾンビで溢れかえっている。 …勘弁して欲しい。 文字通り、階下はゾンビであふれて阿鼻叫喚の有様だった。ホテルの出入り口はゾンビが殺到しているし通行人は問答無用でゾンビの餌食になっている。悲鳴や断末魔が至る所から聞こえてくる。この分だと、ホテル内部にもたくさんのゾンビが蔓延っているだろう。 「…そういえばクロロたちは」 部屋は別でとっていたけど、声をかけていなかった。かける暇もなかったし、まぁ、クロロたちならゾンビくらい大丈夫だろうけど。 「一応、電話いれとくか」 ぽけっとに突っ込んでおいた携帯電話を取り出してクロロにかける。コール音が続きーーふつりと切れた。 「…きれた…?」 というより切られたような。 首を傾げるが気を取り直して今度はヒソカに電話をする。コール音が途絶えて通話中になってもヒソカは一言も喋らないどころか、「ヒソカ、」と喋りかけたところで電話を切れた。意味がわからない。 「なんなの…?」 携帯のディスプレーを眉根を寄せて睨む。流石におかしい。 …最後の頼みの綱であるイルミに電話をかけた。断続的なコール音が鳴っている。「ナマエ、はやく起きないと刺すよ」と別の意味で背筋が凍る台詞が、間近で聴こえた。あれ? 屋根瓦によじ登ってきていたゾンビ数体に気づけなかったわたしが振り返ったときには、もうゾンビが大口を開けて襲いかかってきてーー。 暗転。 「ナマエ」 「っうわあああぁ?!」 ぱちり、と急速に覚醒した意識と開かれた視界一杯に誰かの顔が映った。 デジャヴだ! 咄嗟に右ストレートを誰かの米神目掛けて振り上げた。しかし、そいつはやすやすと避けてベッドから飛びずさった。わたしは思わずベッドから跳ね起きてそいつが誰か理解し、目を丸くする。 「いきなり何するんだよ」 「え、あ、イルミ…?」 「おまえ電話寄越したろ」 「ん?え、…ほんとだ」 ベッドサイドテーブルに置かれた携帯電話を手にとって確かめるとクロロ、ヒソカ、イルミに夜中電話をかけている。…寝ぼけたのだろうか。不在着信にもクロロ、ヒソカ、イルミの名前があった。 「外がおかしいから助けて欲しいのかと思った」 だから、仕事も終わってたし様子を見にきたんだよ。宿泊してる場所も知ってたし。と、相変わらず淡々と言ってのけたイルミの、はじめの言葉に引っかかりを覚えて聞き返す。 「外がおかしい?」 「死んでる人間が生きてる人間を襲ってる」 「…今何時?」 「朝七時。このホテルの人間はみんな逃げてるか閉じ籠ってる。ナマエ、心当たりでもあるの?」 イルミの問いには答える余裕もなく嫌な予感を抱えたまま、階下を見下ろせる窓に駆け寄ってカーテンを開け放った。 外では。 朝起きたら、ゾンビが蔓延していた。 ドン!ドンドン!ドン! 部屋の扉がノックというよりは強く叩かれる音に、わたしは弾かれたように振り返り息をのんだ。 |