この世での終わりを迎えたものの魂をあの世へと導くこと、それが私の役割。

使命というわけでも、仕事というわけでもなく、ただ自分はここでその役割を果たすだけの存在なのだと。
気が付いたときにはこの場所にいて、そのように考えていた。
もう、どれくらいの間こうしているのか覚えていない。これからどれくらいの間こうしていくのかもわからない。
その行動から自分のことを死神だとか言う者もいるらしいが、自分がどう思われていようが、どう呼ばれていようがどうだっていいことだ。
私はこの場所で自分の役割を果たして、来るべきときが来たらこの世での私は終わる。それだけのこと。

あの日が来るまでは、そう思っていた。


*****


タワーオブヘブンの屋上。
この場所を訪れるヒトたちは、大切なヒトがあの世で安らかに眠れるようにとの祈りを込めてここにある鐘を鳴らしていく。
来る日も来る日も、数えきれないくらいこの鐘の音色を聴いてきたけれど、そこに込められる『大切』という感覚が私にはわからなかった。
世の中の多くのヒトにはカゾクとか、コイビトとか、トモダチとか、『大切』なモノがいっぱいあって、この世での終わりを迎えるのはそういう大切なモノともう会えなくなるということで、だから悲しくて辛いことらしいのだと頭では理解していても、『大切』なモノなどほとんど思い浮かばない私はそういった感覚を自分のものとして捉えることができない。
そんな、自分にとってはあの世よりももっともっと遠いところにあるような気がする感覚に思いを馳せながら、終わりのない空のてっぺんを見上げていたときのことだった。

「………あの、すみません。」

ふいに後ろから声をかけられ、ああまた鐘を鳴らしにきた訪問者かな、と振り返ってみて。

一瞬、呼吸をすることを忘れてしまった。

太陽の光を受けてきらきらと光る長い銀色の髪、深く吸い込まれそうな紅い瞳。

美しい、と思った。何かを見て時間が止まったかのような感覚を味わったのは自分が憶えている限りではじめてだ。

「あの…。」

再び声を掛けられてはっと我に返る。

「…すみません、なんでもありません。ええと、この鐘を鳴らしに来られた方でしょうか。私はもう中に戻りますので、どうぞごゆっくり…」

「いや、俺は鐘というよりも…君に聞きたいことがあって。」

「…私に?」

塔の中へ戻ろうと踏み出しかけた足を止めて、銀色の彼のほうへと向き直る。
深紅の瞳は揺らぐことなく私を見据えて、はっきりとした口調でこう繋げた。


「君の力があれば、俺もあっちの世界に連れて行ってもらえるの?」


場違いなほどに空が青く輝いていたある日の午後。
それが、私と彼との出会いだった。