▼ 息も止まるくらいに

もちろん予想通りというか、嬉しくはないけれど思った通りの結果になった。
わたしの席は廊下側の後ろの方、対して岩泉くんは窓側の真ん中の辺り。
遠くにいる岩泉くんの後姿は、授業を受けているわたしの視界には入りづらい。
くじ引き結果を目の当たりにしたときはさすがにショックだったけど、時間が経てば気持ちは幾らか落ち着く。
この席になってからできた友達もいるし、マイナスなことばかりではないと自分に言い聞かせながら日々を送った。
そうだ、わたしの高校生活は始まったばかり。岩泉くんのことにばかりかまけていてはいけない。
…と、思いながらも彼の背中をちらちら見つめてしまう毎日だ。
ただ、それには理由が一つあった。
***
「ああ、苗字ちゃん!」
岩泉くんと他愛のない会話もできなくなってしばらく経つ。
蝉の鳴き声が当たり前になった頃、わたしは岩泉くんの幼馴染の存在を知った。

「及川くん?」

及川徹くん。
岩泉くんの幼馴染で学年問わず女子に騒がれちゃうイケメン。最近になって彼を知ったわたしに友達はびっくりしていた。それくらいすでに有名人らしい。

「ごめんねー 岩ちゃん呼んでくれる?」
にこにこと当たり障りのない笑顔で及川くんはそう言う。これでたぶん、5度目くらい。

「うん、ちょっと待っててね」
「ありがとう」

ガガ、と椅子を引いて立ち上がる。えーっと…。岩泉くんを探して見渡してみれば数人と楽しそうにお喋りしている彼がすぐに見つかる。あの中に入って行って岩泉くんを呼ぶのか…毎回緊張するんだよね。だけどそれだけじゃなくて、…

「苗字ちゃん」
「うん?」
「がんばって!」

振り向くと及川くんがバチンとウインクしてくる。女子が見てたら卒倒しそうなくらいのエールを受けながら、苦笑いを返すほかなかった。
これだ、わたしが最近困ってるのは。どうやら及川くんはわたしの気持ちに気づいてしまっているらしい。岩泉くんを呼んでほしいというお願いに、2回目の時点で確信したと言っていた。そんなに顔に出てるのだろうか。

今の席になってからも岩泉くんはおはようと言ってくれる。授業が終わって誰よりも早く部活に向かおうとする彼にまたねを言える日もある。そんな細やかな幸せでいいと思っていたわたしの前に、及川くんは現れたのだ。
なんとなくこのまま、岩泉くんへの気持ちは静かに静かに友愛へと変わって行くのだろうなと思っていたのに、及川くんはわたしを恋する乙女に変えたまま離してくれない。
及川くんはわたしのことを、まるで岩泉くんに焦がれて焦がれて仕方のない女の子にしてしまう。
それがどことなく照れくさくて恥ずかしくて岩泉くんを余計に意識してしまう原因だった。

好きだよ、正直すごく好き。
あんなにキラキラしててかっこいい人、わたしは他に知らない。
じゃなきゃ挨拶のたびにドキドキしたり、及川くんのお願いだって受けたりしない。
他の子じゃいやだ。

「岩泉くん、及川くんが呼んでるよ」
「おー さんきゅ」

だけどやっぱり言えない。
その力強い瞳がまっすぐにこっちを見つめている。強いなぁ…わたしはそんな風にまっすぐにはいられないよ。
椅子から立ち上がった岩泉くんは、ふっと小さな風を起こしてそのまま行ってしまった。
それだけだ。それだけのことだけど、わたしにはそれ以上の言葉は見つからない。

髪型変えてみたんだけど、どうかな とか
連絡先教えてよ とか
そういう積極的な、女の子らしいことが言えたらいいんだけど。

どうしても岩泉くんを前にすると言葉が出てこなくなっちゃう。また頭に桜の花びらでも乗ってれば何か変わるのかな。

自分の席に戻って読みかけだった文庫本を開く。はあ、ため息ばかりで内容が全然入ってこない…
「ぎゃ!」
「っ」
ぼーっとしてたところに廊下から小さな悲鳴が上がる。びっくりした反動で、つるりと指から抜けた文庫本が教室と廊下の間に落ちてしまった。何事かと文庫本に手を伸ばしたとき、廊下からも同じように手が伸びて来たことに気づいた。その手はわたしよりも早く文庫本を拾い上げてしまった。
「あ、ありが」
「いったいなー!岩ちゃんのバカ!」
ありがとう、とその手の主にお礼を言おうとしたわたしは、文字通り固まってしまう。
「うるせぇ、てめーが悪いんだろーが。…ほらよ、苗字」
後ろでお尻を抑えてる及川くんにケッと唇を尖らせてから、岩泉くんは文庫本をわたしに差し出した。
及川くんに呼ばれてからも、どうやら2人はドアの向こうにいて話をしていたらしい。
余りにも不意打ちだったものだからまた言葉が出ない。あわあわしながら、なんとかわたしは両手で文庫本を受け取った。
「ありがとう…」
「聞いてよ苗字ちゃん!岩ちゃんたら!」
「うっせー!俺はてめーのお母ちゃんじゃねえっつってんだろが!」
どんな会話をしていたのか皆目見当もつかないけれど、二人が本当に幼馴染で気心の知れた仲なのだということはわかった。
及川くんがやいやい言って、それを岩泉くんが一蹴する。楽しそうで、羨ましいな。
びっくりしたのも忘れて、ついわたしは笑ってしまった。

「苗字ちゃんやっぱ笑った方が可愛いよ」
「えっ」
「いっつも困ったような顔してたからさ。ね、岩ちゃん」
「それは相手がてめーだからじゃねーのかよ。苗字はいつも笑ってるぞ」

岩泉くんが言い終わるのと同時に休み時間終了のチャイムが鳴る。
わいわいがやがやしながらクラスメイトが流れ込んできて、岩泉くんは席に戻ってしまった。
及川くんは悪態をつきながらも隣の教室に帰って行った。わたしはしばらく動けなくて文庫本を胸に抱いたまま、俯いている他なかった。

ああよかった、わたし岩泉くんの前でちゃんと笑えてるんだって。
嬉しくて、照れくさくて、まだ彼を好きでいたいと思ってしまった。

息も止まるくらいに
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