▼ 終わらない恋になれ

数か月の間、わたしは岩泉くんの隣の席に座った。
その間にたくさんの彼に関する情報を得た。
バレーボールが好きで所属する部で活躍していることはもちろん、優しくて誠実で正義感が強くて、なのにたまに見せてくれる笑顔が人懐っこくて可愛いこと。
消極的なわたしが物事を手放そうとすると、諦めるなと叱ってくれたこともあった。
そんな彼が、わたしにはないものをたくさん持ってる岩泉くんが、眩しくて眩しくて堪らなかった。
告白しようなどとは考えなかった。
このまま友達として良好な関係でいたかった。
部活で忙しい岩泉くんの邪魔にも、なりたくなかった。

だから今朝、クラスメイトの男の子が「今日、席替えだって!」と教室に飛び込んできたときも、ああとうとうこの日が来てしまったか、と心の内でため息をつくに留める。

席替えはホームルームかな。それまでこの席を堪能しなくちゃ。ふ、と隣の席を見やる。朝も練習がある岩泉くんはまだそこにはいない。それだけでぽっかり穴が空いてしまったような虚しさというか、寂しさを感じるくらいにはこの距離が気に入っていたのにな。
席が離れてしまったらきっと会話も減ってしまうし、忘れ物をしたら次に隣の席になる女の子に借りたりするんだろう。
机の上に出したままのペンケースを指でなぞりながら、岩泉くんが他の女の子に声をかけるところを想像して余計に気分が落ち込んでいく。

少しいいな、と思ってるだけだ。
時間が空けば、それもきっとなくなる。

「苗字、はよ」

ガン、と机の上に鞄が置かれて顔を上げるとこっちをじっと見つめる岩泉くんがいる。
ああこの挨拶もなくなっちゃうのかな、と思うとどうしても笑顔で返事することができなかった。

「おはよう、岩泉くん」
「どした?元気ねぇな」

うん、あのね、今日席替えがあるんだって。
そう素直に言ってもいいものかどうか数秒考えて、言っちゃおうかな、と気持ちが動いたとき、無情にもチャイムが響き渡った。ああ、変に迷わずに言えばよかった。もっとちゃんと、近くにいる間に積極的に話せばよかった、後からそう悔やむ自分が容易に想像できる。

告白する勇気はない、玉砕したくないもん。
でも、できたら夢を見させていてほしい、なんて。
***
教室中がざわざわと騒がしくなって担任が入ってくる。
せんせー今日席替えってほんとうですかー おう、ホームルームでやるぞーなんて軽い会話が流れて、今岩泉くんどんな顔でそれ聞いてるんだろう。気になったけれど嬉しそうだったらますます立ち直れそうにないので、次の授業の用意をするふりをして俯き続けるしかなかった。
一限目は数学だ。朝から本当に嫌になる。

また隣同士になる、なんて確率の低い賭けに出られるほどわたしの運はよくない。
絶望的だなあ、と机に突っ伏したとき、耳元で紙の擦れるような乾いた音が飛んできた。
手をやると小さく折りたたまれた紙片がある。岩泉くんの方から飛んできたみたいだけど、当の本人は澄ました顔のまま頬杖をついてる。

紙片を広げてみる。
左上の方に書きなぐられた、少し歪な文字がある。岩泉くんの字だ。

『どうした』

たったそれだけ。それだけなのに胸がじん、と熱くなるのがわかった。
嬉しいのに、嬉しいはずなのに、こんな思わせぶりなことしないでほしいって気持ちもやっぱりあって、もう自分ではどうしようもないくらいに心の中を彼が占めているのがわかるから。
紙片をくしゃりと握りしめそうになるのをなんとか堪えてペンを摘まむ。

しばらくじっとしてからふうと息を吐いた。だいぶ落ち着いてきた。
そうだ、席替えなんてこれから何度も起こるイベントだ。そんなに深く考える必要なんてない。

『なんでもないよ ありがとね』

努めて明るく見えるようにそう書いて、紙片を折りたたんだ。
次の席はどこになるだろう。できたら窓側がいいな、と考えながら先生の目を盗んで岩泉くんの机へと紙片を転がす。よかった、ちゃんと乗った。

席替えで岩泉くんと離れてしまって、それでもわたしの心が望んだら彼のことを好きでい続けよう。
1日1回、挨拶だけでもいい、なんとか機会を作って彼の目を見て話そう。わたしのことを、忘れないでいてもらう努力をしよう。

終わらない恋になれ
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