あなたの温もり(暗殺教室・千速)


茅野の暴走後、殺せんせーから今まで隠されていた事実が次々と話された。
どうしてあんな姿になったのか、どうしてあんなに多彩な能力、高度な知能を持っていたのか、どうして、いきなりE組の担任になったのか。

殺せんせーが全てを話し終わった後、言葉を発する者はいなかった。
皆、何を言えばいいのかわからなかったのだ。
気まずい沈黙が、その場を支配する。
しかしある程度の事情を知っていたせいか、生徒よりも驚きの少なかった烏間がもう遅いからと、皆に帰るように言った為、生徒達はそれに従うもその足取りは重い。

もう、どうすればいいのかわからなかったのだ。


家に着くと帰りが遅い事に少しの小言を受ける速水。
いつもならもう少しちゃんと受け答えするがさすがに今はそんな気力はない。
ご飯は、と聞かれるがいらないと早口にそう言うとそのまま速水は早足で自室に閉じこもった。

「はぁ……」

着替えもせず速水は重い足取りでゆっくりと力なくベッドでゴロンと転がる。
疲れているはずなのに寝付けない。
今日はあまりにも色々な事があり過ぎた。

「なんなのよ、もう…」

元々暗殺という事に積極的だった訳ではない。
100億という賞金にもそれほど興味はなかった。
ただ、たまたま兵士としての能力が長けていただけだ。
勿論、頼りにされる事が嫌だった訳ではない。
純粋に力がある事は嬉しかったし、皆の役に立てる事も嬉しかった。
だから必死で訓練をしたし、作戦の要としての仕事を幾度とこなしてきた。
だからこそ、ずっと目を背けていたのだ。
きっとそれは速水に限った事ではない。
E組で過ごす時間があまりに楽しかったから、皆、ずっと真実から目を背けていたのだ。
殺せんせーがいない未来から。
だけどもう、そんな事は言ってられない。
後2ヶ月で全てが終わる。
どのように終わるかはわからない。どうやって終わらせるかわからない。
全ては、E組次第だ。


「はぁ…」

月日は経ち、今はもう冬休みだ。
しかし誰も暗殺の計画を立てようとする気配はなく、速水も自室に篭る毎日が続いた。
もう何度目かわからないため息が速水の口から漏れる。
こういう時ポーカーフェイスで良かったと思う。
今、何かあったのかと家族にでも言われたらさすがに誤魔化せないと思ったから。
寝返りをうちながらそっと速水は自分の手を見つめる。
銃を持つ事に慣れてしまったーーその右手を。

銃の腕に長けているという事はとどめをさす役目に着く可能性が高いという事だ。
夏休みの時もそうだった。
皆が誘導し、そこに出来た僅かな隙を狙って撃ち落とす。
だからこそ、もしこのまま暗殺を続ける事になれば速水は覚悟しなければならない。
大切な恩師をーー殺す事に。
だけど自分はまだいい。
『兵士』である以上、とどめをさす可能性よりも切り込み隊として前線で戦う可能性が高い。
銃を扱う者として、今一番とどめをさす可能性が高い人物と言えばーー…

速水は思い浮かんだ人物に、やるせない気持ちを抱えながらも小さく歯を食いしばると再び寝返りをうった。
その時、自分の携帯が光っているのに気がついた。

「何……メール?」

手に取って、暗証番号を解く為に画面を軽くタップする。
そしてメールの送り主を見て、目を大きく見開く。
送り主はちょうど今考えていた人物だったから。

「千…葉…?」

千葉からメールをもらう事はそう珍しい事ではない。
しかしちょうど千葉の事を考えていたせいか、心臓をドクンと音を立てる。
深呼吸をして心を落ち着かせてからメールを開いてみると内容は『明日、烏間先生に紹介してもらった射撃場に行かないか』という簡潔な文だった。
幸い、今は冬休みだし、これといって予定も入れていない。
しかしだからと言って銃を握る気分ではない。
だけど速水は『行く』と短く返信をした。
今は誰かと、一緒に居たかった。

『じゃあ明日、10時に駅前で。』

これまた千葉らしい簡潔な返信はすぐに来て、『了解』と再び返信すると速水はそのまま携帯をベッドに投げながらベッドにボスンと倒れこんだ。

ーーもしかしたら、千葉も同じ気持ちなのかもしれない。

今はただ、何も考えたくなかった。


「…おはよ」
「はよ。……行くか」
「ん」

お互いに最小限の物しか持ってこなかったので二人共身軽だ。
そしていつものように言葉少なくそのまま歩き出す。
もっと話したいような、話したくないような、そんな気持ちで速水の心はぐちゃぐちゃだった。


「じゃ、やるか」
「うん」

本当はそんな気分ではないが折角来たのだし、銃は数日握らないだけで勘が鈍るから黙ってその手に銃を握る。
そしていつものように二人共ただ黙って、引き金を引き続けた。


「…的、全然当たってないな」
「…千葉もね」

しかしやっぱりというか、二人の結果はボロボロだった。
勿論、中には真ん中に当たっているのもあるが多くは真ん中どころか、的よりも大きくズレてかすりしない弾痕の跡が残った。
千葉は小さくため息を吐くとライフルをおろした。

「…ちょっと、休憩するか」
「ん」

いつもやっている量の半分も満たない弾しか打っていないがこれ以上続けても意味がない。
軽くため息を吐きながらそう速水に声をかける千葉の言葉に速水は素直に従った。
しかしいつもなら休憩時となれば飲み物を飲むなり、銃の手入れをするがそれすらも今は億劫だ。
二人はそれぞれ銃を手にしたままその場に壁に背をつけ向かい合わせになりながら腰を下ろした。

「「…………」」

しかしお互いに口を開く気配はない。
何を話せばいいのかわからなかったのだ。
お互いに銃は持ち続けているものの、いつものようにしっかりと握っている訳ではなく、ただ指や腕で支えているだけ。
気まずい沈黙がその場をしばらく支配する。

最初に口を開いたのは、千葉だった。

「……夏休みの時もさ、俺言ったよな。プレッシャーに圧されて視界が狭まって指が硬直したって」
「…うん」
「殺せんせーの話聞いた後も何度か一人で訓練してたんだけどあの時と同じように…いや、あの時以上に指が震えるんだ」
「うん」

俯きながら話すのでいつも以上に千葉の表情は分からなかったがそれでもなんとなく、千葉が泣いている気がした。
しかし速水は千葉に声をかける事が出来ない。
速水も、同じ気持ちだったから。

「私も、分かってなかった。ううん。分かりたくなかっただけ。殺せんせーがいない未来を」
「…あぁ」

だけど殺せんせーは言っていた。
どの道自分は3月に死ぬのだと。
それが、一人で死ぬか、地球と共に死ぬかの違いだけだと。

「私もう嫌だ……。どうして殺せんせーが死ななきゃならないの。どうして私達が……っ」
「速水……」

だんだんと涙声になり、ついに速水は銃を投げ捨てた。
そしてそのまま両手で顔を覆う。
いつも毅然としていた態度をとっていて弱音を吐かない速水だったが、だからと言って心がそんなに強い訳じゃない。
ただの、中学3年生の女の子だ。
千葉の誘いを受けたのはきっと誰かと居たかっただけではない。
誰かに、心の声を聞いて欲しかったからだった。
初めて見る速水の弱音と涙に千葉は内心焦るが同じ気持ちを抱える千葉は速水に何も言えなくなる。

これから先、どのように暗殺教室と向き合えばいいのかわからない。

千葉はとりあえずポケットを漁り、取り出したハンカチを速水に差し出した。

「ホラ」
「…ありがと。…それとゴメン」
「何で謝んの」
「…私よりも、辛いのは千葉でしょ」

目尻を赤くしながら速水は小さくそう言う。
確かに決定打となる戦力を持っているのは速水よりも千葉だ。
だけどーー…

「辛いって思う感情に、差なんてないだろ」
「え…」
「今までどんなに後方支援に徹していた奴でも、辛くない奴なんてきっといない。だから速水が気を遣う必要はない。辛いなら辛いって言えばいい」
「……そうね」

千葉らしく、少し口下手なりにどうにか速水を励まそうとしている。
そんな千葉の心遣いが嬉しくて速水は口元を緩める。
不安が取れた訳ではないが、それでも少し心が軽くなったように思えたのは事実だ。

「でもちょっと安心した」
「え?」

速水の肩の力が抜けたのを感じると千葉は少し笑みを浮かべた。
その理由が分からず、速水は訝しげな表情になる。

「だってさ、速水ってーー俺もだけど、人に弱音とか吐かないで一人で抱え込むタイプじゃん」
「………」
「だからこうやって本音を語ってくれてちょっと安心したし、なんか嬉しかった」

そうやって千葉は少し笑うが、何故か速水はむすっとしながら千葉から目線を外した。

「…速水?」
「…千葉だけよ」
「え?」
「こんなの、千葉以外に言える訳ないでしょ」
「………」
「…何よ、その顔」
「…それはちょっと、反則じゃないですかね、速水サン」
「何変な事言ってんのよ、馬鹿」

そう口調を荒げるものの、頬を仄かに赤く染めては何の説得力もない。
その姿はまさに『ツンデレスナイパー』だ。

「…ねぇ、千葉」
「ん?」

自身の動揺が悟られないよう、速水から目線を外し、口元を手で隠していたが速水に呼びかけられた事で少し目線を速水に向ける。
すると速水は伸ばした明日を抱え込み、その膝に顔を埋めていた。

「速水?どうした?」
「…さっき、本音を言ってくれて嬉しいって言ったわよね」
「ん?あ、あぁ、まぁな」
「なら…もう一つ、本音言ってもいい?」
「? そりゃ勿論」
「あの…ね、」

そう言い出すものの、中々口を開かない速水に千葉は疑問符を浮かべる。
しかもよく見ると耳が赤くなっている。
どうしたんだろうと思い、声をかけようとするとちょうど速水が口を開いた。

「おい、速水。一体どうしーー…」
「手、繋いで欲しいの」
「!」
「……ダメ?」

意外な内容にも驚いたが少し涙目で、しかも上目遣い気味で言われて断れる男がいるのだろうか。
しかも気になっている相手だったなら尚更。

「全然」

そう短く答えると千葉は速水の方へ近づき、頼りな下げに放り出された速水の右手の方に手を伸ばすと緩く握った。

(冷たっ!)

手の冷たさに驚く事もさることながら、手の小ささについても改めて驚く。
自分とは違う、細っそりとしつつも少し丸みを帯びて女らしいこの手であんな正確に獲物を仕留めているのかと思うと少しゾクゾクする。
しかし顔を下げている速水に千葉のそんな葛藤は気づかない。

「…もっとちゃんと握って」
「え?あぁ、悪い」

速水にそう言われ、握る力をもう少し入れる。

「もっと」
「もっと、って…」

それなりに強く握っているはずだが速水はお気に召さなかったのか、更に要求するがこれ以上力を入れると速水の手を痛めてしまう。
どうしたものかと千葉が思案していると再び速水の耳が赤く染まっているのが目に入った。

(ーーあぁ、そういう事)

千葉は合点がいったのか、口元に笑みを浮かべると強く握っていた速水の手を離す。
あ…、と小さく寂しげな声を漏らす速水を内心可愛いなと思いながら千葉は速水の指と指の間に自分の指をゆっくりと滑り込ませる。
そうしてしっかりと握り合い、さっきまで出来ていた僅かな隙間さえもなくなった

「これでいいですか、速水サン?」
「…なんかムカつく」
「ハハっ!」

寒さだけでなく、恐らく緊張や不安もあったのだろう。さっきまでびっくりするほど冷たかった指先が互いの体温を分け合ってだんだんと温まっていく。
氷が少しずつ溶けていくように、それはとてもゆっくりとだったがそれでも速水だけでなく、二人の心が落ち着いていくのを互いに感じ取っていた。

「な、速水。俺のお願いも聞いてくれる?」
「…何?」
「抱きしめさせて」
「は……」

速水が答えるよりも早く、千葉は速水との距離を縮めると速水の頭を胸元へと抱え込んだ。

「ちょ、何…!」
「ちょっとだけでいいから。……頼む」
「…もう、しょうがないわね」

小さく震える千葉の声に気づいたからだろうか。
速水はそう言いながらも右手はまだ繋がれている為左手を千葉の背中へと廻し、ぎゅっと服を掴んだ。
密着した事でお互いの鼓動がトクントクンと心地良い音をたてて聞こえる。
それに安心したのか、千葉は更に速水を抱きしめる腕に力を込めた。

「速水」
「うん」
「あの教室が、これからどうなるか分からない」
「うん」
「けど、どんな結末になっても、せめて最後まで速水には隣にいて欲しい」
「……うん」
「速水は?」

頼りなさげに話す千葉が少し可愛くて思わず笑みが漏れる。
今更そんな事言うまでもないだろうに、と。

「当たり前でしょ。アンタと私はコンビなのよ。…私も、最後も、これからも、アンタの隣に居たい」
「…うん。ありがとう」

速水の答えに千葉は安心したように全身の力は抜きつつも腕の力は抜かず、そのまま速水を抱きしめる。
少し痛いくらいのその力強さに、速水はこの温もりを手放しなくないなぁと思いながら千葉に負けないくらい腕に力を込める。

不安がなくなった訳じゃない。戸惑いがなくなった訳じゃない。
それでも、お互いの存在が心の支えになっていたのは確かだった。

ーーどうか、皆で笑える未来を迎えますように。

思っていても口には出せない。
そんな事実に改めて心を痛めるが今はただ、お互いの温もりを感じていたかった。

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