あいつが陰で泣く姿をおれは何度も見ていたから、おれはあいつのヒーローになりたかったのかもしれない。 あいつのことを考えてしまう自分にほどほど嫌気が差して眠れなかった。あいつはマルコのものなのだそれはこの船では誰もが知っていることで、オヤジも公認の仲。特にあいつはマルコにべた惚れで、いつもマルコの後ろをまるで金魚のフンの様についてまわっていた。 軽くため息をつき、気晴らしに外の空気でも吸おうかと部屋を出て甲板へ向かう。外へ出るとそこには綺麗な星空の下で膝を抱き、一人甲板で肩を震わすあいつがいた。 (…またか、) 度々あいつは一人で泣いていた。なぜ泣いているのかなんて、そんな野暮なことは聞か ない。マルコは、モテるのだ。男のおれから見たって憧れてしまうほどの大人の色気というか、スマートさというか、とにかくカッコイイのだ。そんな男をあんな女っ盛りのナース達が放っておくはずもなかった あいつはそれを知りながら、いつも笑顔だった。知らないふりをしながら、いつも笑顔だった。 気づけばおれはその震える肩を、背中を、体を、後ろから抱きしめていた。 キヨカはいきなり後ろから抱きしめられたことに驚き、泣くことも忘れ、身を固くした 香水のものではない、柔らかなキヨカの匂いがおれの鼻をくすぐる。愛しさが、切なさ が、溢れ出して止まらなかった。 「…エース、なの?」 相変わらず身を固くしたままのキヨカの体を更にきつく抱いた。キヨカの体温が心地よくて、思ってたよりもずっと柔らかくて、いっそこのまま力一杯抱き締めて壊してしまいたかった。 「マルコは、ナースのとこなのか?」 「……なんで…?」 「知ってるよ、マルコがモテることも。おめぇがこうやっていっつも陰でコソコソ泣いてることも」 「…っ」 キヨカは後ろから回るおれの腕を掴むと再び震え出し、溢れ出た嗚咽を止めれずに息苦しそうだった。 「…マルコがね、好きなの。どうしようもなく好きなの」 「おう」 「たまにナースのとこに行くのだって知ってるけど、それでも好き」 「ん、」 「ばかだよね、わたし。だけど好き、マルコがね、好き」 「…」 「好き、好きなのマルコが好 突然のことに目を丸くしたキヨカの顔がすぐ目の前にあった。鼻をかすめるキヨカの香りにくらくら眩暈がした。 キヨカが最後まで言う前に、おれキヨカの唇を自分の唇で塞いだ。 ばかだ。キヨカはばかだ。 そしておれはもっとばかだ。 君のヒーローになれたら 「おれは、おめぇを泣かせない」 唇を離すと、キヨカは呆然とおれを見上げていた、黒目が小刻みに揺れていて動揺を隠せないでいる。 でもおれには、それでもキヨカの目から溢れ出ていた涙が止まっていることだけで、それだけで満足だった。 「絶対泣かせたりなんかしない。好きだ、大好きだキヨカ」 正面を向かせ、もう一度強く強く抱きしめた。震え続けるキヨカが、消えそうなほどはかなげに思えてその存在を確かめるように抱きしめ続けた 「エース…、」 そろそろと恐る恐るおれの背中に回された弱々しいキヨカの手が、こそばゆくて、それでもってものすごく嬉しくて、思わずおれも、泣きそうになった。 「キヨカ、おめぇを幸せに出来るのはマルコじゃねぇよ。おめぇを幸せに出来るのは、 おれだけだ。」 20101118 title by3gramme. |