この男を傷めつけること、それが私の仕事

地獄のぬるま湯という、殺菌消毒を兼ねた
洗礼に眉ひとつ動かさず入獄したこの男は
ポートガス・D・エースと言った。確か所長
から聞いた情報によれば白ひげ海賊団の二
番隊隊長、火拳のエースという大海賊。
その大海賊達をを幽閉するためのインペル
ダウンlevel6の看守勤めて早数年。拷問と言
う名の仕事の元、何人の海賊を手に掛けた
か今となってはもう覚えてさえいない。

海楼石で出来た大きな手枷、足枷をつけた
身動き出来ない無抵抗のこの男をどれだけ
の鈍器で殴ろうと、普通の人間であれば目
にしただけで震えあがってしまような大き
さの刃物で切りつけようと、この男は眉ひ
とつ動かさなかった。
ただ、血だらけ傷だらけの顔をから放たれ
るその眼光だけは痛いほどに鋭く、まるで
私の顔面をつん裂くようで、正直痺れた。
結局呻き声すら上げなかったこの男を、私
はマニュアル通り壁に付属している海楼石
の手枷へと繋ぎ直した。あとは数日後に海
軍本部へと移送されるまでこの男が変な動
きをしないか、見張っていればいい。

「何見てやがる、」

海楼石の手枷によって両手を釣られ、頭を
項垂れるこの男の黒髪の艶がきれいでそれ
に見とれていたら、もう三時間程時間が経
ってた事に気付く。

「私は看守だから貴方を見張るのが仕事よ」


別に逐一見ていなければならない事は無い
のだけど、なぜかこの男を見ていたい願望
が自分の中で沸き上り、止めようが無かっ
た。

「きれいな黒髪にきれいな鼻筋、もうすぐ
死んじゃうにはもったいないわ」

ポートガスに一方的に話しかけるも、ただ
睨み付けられるだけで返事は無かった。

「歳はいくつなの?きっと私より年下かし
ら、」

「てめぇ、頭おかしいのか?」

私の質問には答えてくれず、鋭い目線を向
けたままそう口にしたポートガス。よくよ
く聞いてみれば、声も低くていい声してる

「どうして?」

「さっきの拷問中も、今も、変わらず目ぇ
キラキラさせて楽しそうにしやがって。て
めぇ、そんなに暴力が楽しいか?」

「暴力でしか自己表現出来ない頭のおかし
い看守のキヨカよ。ポートガスさん、あと
数日間短い時間だけどよろしくね。」


口元だけで笑ってみせればポートガスの眉
間のしわがさらに深くなったのが見て取れ
た。それから数日間は朝になればポートガ
スの幽閉される監獄の前に陣取り、夕刻ま
でただじっとポートガスを見ている、それ
が私の日課となった。所長達には何をして
いるのか不審に思われたが、すべき仕事は
こなしているので特に注意は受けなかった
私はポートガスに話しかけないし、ポート
ガスからも話しかけられない、長い長い沈
黙。その沈黙の中でこの男を見ている、そ
れだけでなぜだか私の心は満たされるよう
な、そんな不思議な気持ちを感じていた。

ある日、九蛇の女帝と海軍中将が所長に連
れられこの監獄の前まで来た。そろそろポ
ートガスの処刑日も近付いてきたのか、そ
う思うと、なぜだか悲しかった。とんでも
ない美貌を持つ女帝の登場にいきり立つ
level6の囚人達に所長の毒牙が向いている
隙に、女帝がなにか小声でポートガスに伝
えていたのを所長達は気付いていない様だ
ったが私は見逃さなかった。
20時間後にポートガスを海軍本部へ移送す
ることが決定した事を所長が私へと耳打ち
した後、女帝や海軍中将達を連れ所長達は
level6を後にした。

再びポートガスを見るべく、いつもの定位
置ポートガスの目の前にしゃがみ込む。
私の目の前にはいつもと違う表情のポート
ガスがいて、ひどく動揺しているようだっ
た。このポートガスの動揺は女帝の発言の
せいであることは明白で、ここまでポート
ガスを動揺させた女帝に軽く嫉妬を覚えた

「どうしたの?」

もちろんポートガスが私の質問なんかに素
直に答えるはずもなく、ただ今までで一番
鋭い眼光を向けられた。ああ、痺れちゃう

「あなたの移送が決まったわ。あと20時間
後。」

ぽつり、独り言のように呟けば、ハッとポ
ートガスが顔を上げた。

「てめぇ、なぜそれをおれに教える。」

「さあ、なんでか私も分かんない。でもあ
なたには教えたかったの」

腰を上げ、ポートガスのいる監獄内へと立
ち入る。この監獄内へ入るのはポートガス
をこの監獄へ入れたその日以来だった。ポ
ートガスの隣、彼の血で汚れた床に腰をお
ろし膝を抱える。ポートガスの高い体温が
数十センチの距離でも私の身体へ伝わって
くるようだった。

「…てめぇは毎日毎日、一体何がしてぇん
だよ、」

再び頭を項垂れ、ポートガスは小さく呟い
た。

「あなたはあの世紀の大海賊の実の息子らし
いね、」

再度ぽつりと呟けば、またポートガスが驚
きの表情をしたまま顔を上げた。

「海軍でも超極秘情報みたい、この事。
でも私地獄耳だから何でも聞こえてきちゃ
うのよね。」

聞きたくないことでもね、と冗談めかして
笑ってみせた。ポートガスはただ黙って私
の顔を見ていた。やっと睨んでいない、普
通の目線を向けてくれた。それだけでとて
も嬉しくなってしまう私は何なのだろう。

「私はね、殺し屋の子供だった。生まれて
すぐ母には捨てられたから、殺し屋の父親
と二人で暮らしていたわ。でも父はね、私
を玩具にしか思っていなかったのね。都合
のいい時に殴れる玩具」

なぜ私はこんな話をこの死刑囚にしている
のか、本当に不思議だった。

「10歳の時にそんな父を殺したわ。父も殺
し屋で大犯罪者だったから正当防衛として
罪には問われなかった。けどやっぱり殺し
屋の子は殺し屋ね、って世間でそう言われ
て育ってきた」

誰にも、誰にも話した事のない過去。話し
たくもない過去。

「だから、せっかく殺すんだったら犯罪者
の方がいいでしょう?だから私はここにい
るの」

にこり、笑ってポートガスの顔をのぞくと
ポートガスも片方の口角を上げ、嘲笑うか
のように笑った。

「だからおれとてめぇが似てるって言いて
えのか?」

「とんでもない。私は看守であなたは大犯
罪者だもの。似てるなんて言われちゃ私が
困る。」


ぷっと軽く吹き出し、おめぇおもしれぇや
つだな、そう呟いたポートガス。その表情
がこの数日間で一番柔らかいものだったか
ら、私は思わず見惚れてしまった。
ああ、私はこの男に惚れてしまった様だ。

「おれには家族がいる。弟、そして白ヒゲ
海賊団のオヤジや兄弟だ。だから一人さび
しいおめぇなんかと一緒にされちゃ困る」

そう言って得意げに笑うポートガスに「い
いね、羨ましい」と素直に言えば「だろ」
と言ってまた彼は笑った。

「カルマ、って知ってる?」

突然の私の問いかけに何も言わないポート
ガス。その彼の頬には今まで血に汚れて見
えなかったけどそばかすがある事を今発見
して、嬉しくなる。触ってみたい。

「カルマっていうのは行い、自分の行為っ
ていう意味。私は殺し屋、そして貴方は世
紀の大海賊の子供。その宿命は変えられな
い。でもカルマによって、行いによって地
獄にいくか天国にいくか決まるのよ」

「....で、海賊で悪党のおれは地獄に行き、
悪党を殺す仕事をするおめぇは天国にいく
って言いてぇのか?」

フン、と鼻で笑うポートガス。地獄とか天
国なんかありゃしねぇ、死ねば人間みんな
無になるだけだ。そう吐き捨て、また鋭い
眼光を私へ向ける。

「馬鹿ね、私もあなたも地獄行き。そう言
いたいのよ」

犯罪者とは言え、こんなに人を手に掛けた
私が天国へなんて行ける訳ないじゃない。
そう言って、手を伸ばし軽くポートガスの
頬に触れる。やっぱり火拳と呼ばれるだけ
あって体温は相当高いみたい。
吸い寄せられるようにポートガスに口付け
れば、ポートガスの血の味がして不味かっ
た。拒絶しないなんて、本当にずるい男ね


「ねぇポートガス、地獄で会ったら、その
時は仲良くしてくれる?」

「そりゃあ、行ってみねぇとわかんねぇよ
キヨカ」


そう言って笑ったポートガスの笑顔が、
本当に眩しくて私は目を細めて笑った














カルマ






それから数時間後、ポートガスは処刑され
るべく海軍本部へ移送されて行った。
彼がいなくなった牢獄を見つめながら、ど
うか白ヒゲ海賊団が彼を救い出しますよう
にと願ってしまう私はやはり地獄行きなん
だろうと感じて、苦笑した。


数十年ぶりに流れ出た涙は一向に止まる気
配をみせず静かに静かに私の頬をつたって
そして落ちた。


2014.11.25
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カルマの解釈は諸説ありますがこの話では
作者独自の解釈となりますので、ご容赦下
さいますようお願い致します。

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