「まじで、意味分かんない」
「そりゃ流行りの若者言葉ってのかい?
おれにはキヨカの言ってる言葉の意味
の方が分かんないよい」

ほら、またそうやってガキ扱いする!と
責め立てれば実際にガキだろい、と一蹴
にされる。
口が悪いのは仕方ないじゃない。5つの
時からこんな野蛮な男所帯で暮らしてる
んだもの、大目に見てよ。孤児のわたし
は治安の悪い島の賭博屋の雑用としてま
るで奴隷の様な扱いをされ、何の希望も
なく生きていた。そんな出口のないトン
ネルの様な暗闇からわたしを掬いあげて
くれたオヤジがわたしを家族に入れてく
れて早18年。そしてわたしの片思い歴
も早18年。

「わたしマルコのお嫁さんになるって決
めてるの。」
「勝手にきめんじゃねぇよい」
「だってマルコ、約束したじゃない!
わたしをお嫁さんにしてくれるって、忘
れたなんて言わせないんだから。」
「そりゃおめぇが5つの時のままごとで
の話だろい?いい加減そんな昔の話やめ
てくれ」

ひどい!婚約破棄だわ、と嘆けば周りの
クルー達は”また始まった”と言いたげに
苦笑いしながらもわたしとマルコをから
かってくる。「マルコ隊長年貢の納め時
ですぜー」「そりゃ約束したなら嫁にも
らってもらわなきゃなキヨカ」もう、
また下品な声で笑いやがって。だからモ
テないのよ、あんた達は!と言ってやれ
ば青筋浮かべてあーだこーだうるさいか
ら、思いっきりあんかんべかましてやっ
た。わたしそんな冗談で言ってるんじゃ
ないの。

20歳になってから毎朝、大人になった
んだからと逆プロポーズしてかれこれ3
年 。マルコは一向にわたしをお嫁に貰
ってくれない。

「大人になったらって言ったじゃない」

「強くて、戦えて、更にこんなに可愛い
子そんなにいないわよ?」

「毎朝優しく起こしてあげるし、膝枕で
耳そうじだってしてあげる」

「料理は......苦手かもだけど、コックに
頑張って教えてもらうから。あ、あとそ
れと毎日背中流してあげるわ。」

いつもこう。マルコは、はいはいと適当
すぎる相槌を打ちながらどんどん自分の
目的地へと進んで行く。それは日によっ
てちがうんだけどオヤジの部屋だったり
航海室だったり図書室だったりトイレだ
ったり。
毎朝こんな感じなんだけどマルコの仕事
の邪魔はしたく無かったから、いつも朝
食を終えて食堂を出てからマルコの目的
地までの数分間がわたしの勝負。それ以
上は邪魔しないって決めてるの。ほら、
わたしこんなに気の利くいい女なのに。
今日こそは決めてやると鼻息を荒くし
ながら、自己アピールを止めない。

気付けばマルコの部屋の前にいた。
ああ、今日はここまでってこと。今日の
マルコの目的地は自室だった様で、デス
クワークをするのかきっとまた難しい本
でも読むのだろう。
ちぇっ、と分かりやすい舌打ちをした後
今日もダメだったと踵を返す。
最近思うの、毎朝こんな事しても意味無
いんじゃないかって。いくらバカで学の
無いわたしでも3年も経てばそりゃ気付
くよ。マルコを大好きな気持ちは誰にも
負けない自信はあるし、マルコを幸せに
する自信もある。世界中の誰よりも愛し
てるし、マルコの為だったら命だって差
し出せる、だって5才の頃からずっとマ
ルコが好きだったんだもん。マルコ以外
の男を好きになるなんて死んでもないと
断言出来る。
けどそれは所詮わたしの一人よがり。
マルコと15年一緒にいて特定の女性の
影は一度も見た事は無いけど、きっとそ
れが”白髭海賊団1番隊隊長不死鳥マルコ”
の生き方なんだなって気づいてきたの。
もちろん同じ海賊としてその生き方を否
定する訳ない。逆に尊重する。だけどマ
ルコを好きな女としてこれだけ言わせて
ばか、ばかマルコ。

「寄ってくかい?」

マルコの部屋に背を向け来た道を引き返
そうとするわたしに、そう声を掛けるマ
ルコはいつも通りの仏頂面。

「え、いいの?」

それに対しての返事は無かったがドアが
少し開いたままの状態だったから、それ
を肯定と受け取ってマルコの後を追う。

「マルコの匂いがする」
「加齢臭かい?」
「それもあるかもしれないけど、お日様
の匂いがするよ。」
「否定しろよい」

流石に加齢臭はしないけどと、おどけて
ケラケラと笑ってやった。沢山の書類や
本が散らばるデスクに腰掛けて分厚い本
をめくり出したマルコの背中を見ながら
わたしは笑うのを止め口にチャックをす
る。仕事の邪魔はしたくない。何で今日
は部屋に入れてくれたのか分かんないし
ただのマルコの気まぐれなんだろうけど
一緒の空間にいれるだけで満足だし、マ
ルコの匂いがするこの部屋がわたしはち
っちゃい頃から大好きなんだ。マルコの
ベッドへ腰掛けごろんと寝転んでみる。
ああ、布団に染みついたマルコの香りに
包まれて、まるで抱っこしてもらってる
みたいな感覚になる。やっぱりわたしは
マルコが大好きだよ。






心地いいまどろみの中、瞳を開くとマル
コの眠た気な瞳が目の前にあった。手を
伸ばして触って確かめてみると柔らかな
皮膚の感触があって、マルコがわたしの
目の前にいるのだと実感した。

「寝ぼけてんのかい?」
「ううん、マルコに添い寝してもらえる
なんて夢なんじゃないかって思ったの。
夢じゃなくてよかった。」

嬉しくて、でもなぜか切なくて目を細め
て笑うと、マルコも少しだけ笑ってくれ
た。

「ここに来たばっかりの時は夜が怖くて
いつも夜中にマルコの布団に潜り込みに
きてたもんね。」
「たった5つのお前が何でおれなんかに
懐いちまったんだか、いまでも謎だよい」

だってままごとに付き合ってくれるのマ
ルコだけだったんだもん、と言いながら
マルコの厚い胸板に自分のおでこを当て
る。微かにマルコ心音が響き、その響き
自体がまるでわたしの体内に溶け込んで
いくような不思議な感覚。安心感。


「なに泣いてんだい」
「さあ、なんでだろうね」


相変わらず眠た気な目線のまま、表情
一つ変えないマルコだけど、涙を流すわ
たしの頭を優しく撫でてくれる。そうい
えばちっちゃい頃一緒に寝てた時も怖い
夢を見たり暗い過去を思い出して夜中に
いきなり泣き出すわたしを、やな顔ひと
つせずマルコはわたしが寝付くまでこう
やって頭を撫で続けてくれてた。

「マルコと出会えた事が、わたしの生き
てる中で一番の宝物だよ」

例えお嫁に貰ってくれなくても。

「出会ってくれてありがとう。生きてい
る意味をくれてありがとう」


胸板からおでこを外しマルコを見上げる
といつも通りの仏頂面。かと思いきや、
マルコはあのいつもの眠た気な表情をし
ておらず、眉間にシワを寄せて何か切羽
詰まった様な顔をしている。
てっきりいつも通りの表情のマルコを想
像してたわたしは面食らってしまい、マ
ルコのその表情の意味を探すが見当もつ
かない。

「......ぇ、ごめん。わたしなんか嫌なこ
と言った?」

しまいには手を口元に当て、わたしの視
線から逃げる様に顔を背けるマルコに不
安を覚えて、マルコに詰め寄る。
嫌なことを言った心当たりは無いが、い
つも仏頂面で余裕かましてるマルコのこ
んな表情初めて見たもんだから不安でた
まらない。


「キヨカ、」
「ん?」
「キヨカ」
「どうしたの?マルコ、」
「大人にも我慢の限界があるよい」


そのマルコの一言の意味を考える一瞬の
隙もなく、わたしの唇を生まれて初めて
の感触が襲った。
まるでわたしの体温で溶けてしまいそう
に柔らかなその物体はマルコの唇であっ
て、それがキスだと気付くのに、それが
初めてだったわたしには5秒ほど必要だ
った。

「お前、キスも初めてだろい」
「うん。でも毎晩マルコ相手でのイメー
ジトレーニングは欠かしてなかったから
意外に冷静で自分でもびっくり」

鼻と鼻とが触れ合う至近距離でマルコの
吐息がこんなにも熱かったんだって知っ
た。また泣きそうなになるくらい嬉しい
のに、感情に表情が追いつかない。

「さすがお前らしいよい、上等だ。」

マルコはそう吐き捨てて、先程の触れ合
うだけのキスとは比べ物にならないくら
いの激しいキスをくれた。
人の舌がこんなにも柔らかくて、人の唾
液は無味無臭なんだと、冷静に考える脳
とは裏腹にわたしの感情は高揚感で狂っ
てしまいそうだった。息をつく暇もなか
った。

「や、っは、マル、コっ」

「ホラ、鼻で呼吸しろい」

呼吸の仕方が分からず、酸素を求め苦し
そうにするわたしに、マルコは器用にキ
スしながらそう教えてくれた。このまま
壊れてもいいと思えた。マルコにであれ
ば壊されてしまったって構わない。

「おれがどれだけ我慢してたか、お前に
は分かんないだろい?」

肩で息をするわたしの頭を撫で、指先で
わたしの髪を優しく梳きながらマルコは
優しく笑った。

「5つの時からおれの後を金魚のフンみ
たいについて回るお前は、本当妹か或い
は娘のように可愛かったよい」

「まだションベンくせぇガキの頃からお
れの嫁になるってうるさくて、ガキのま
まごとの延長だ。まあそのうち忘れるだ
ろうと思ってたがまさかこんな成長して
からも言い続けてるとは思わなかったよ
い」

「いくつになってもガキはガキだと思っ
てた。けど不思議なもんだよい。18年
間ずっと側で、仲間と楽しそうにしてる
お前を見て、オヤジと仲間の為に命賭け
て戦うお前を見て、仲間との別れに涙を
流すお前を見て、おれに向けてくれる笑
顔を見て、おれは心底お前が綺麗に見え
て仕方なかったよい」

「実の妹の様に、家族全員で育ててきた
お前にそんな感情持つ事に背徳感は感じ
る。でも、もう覚悟を決めたよい。」











Until Death Do Us Part
死がふたりを分かつまで




「キヨカ、結婚するよい。
今日からお前はおれの嫁だよい」

ああ、神様仏様いや誰だっていい。けど
掛け替えのないこの人に出会わせてくれ
てありがとう。わたしに生を与えてくれ
て、この人に生を与えてくれて本当にあ
りがとう。

この奇跡に深く深く感謝します。



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