月は高く海を静かに照らす
波は静かに寄せては返す


私の生まれ育ったこの島はとても小
さく、静かで、平和すぎるほどの港
町だから、こんな夜中には波の音し
か聞こえないくらい静かなの

海辺の小さな丘に立つこの小さな私
の家は、父が建ててくれたもの庭に
咲くハイビスカスの花達は、母が植
えた苗木達が咲かせたもの

父母亡き後も私はこの町と、この家
と、このハイビスカスが大好きだか
ら、私はこの家に一人静かに暮らし
てきたのそんな一人ぼっちの私の前
に現れた頬にそばかすのある男は、
自分を海賊だと言った背中のタトゥ
ーを誇りだと言った。腹が減ってる
から飯を食わせろと言った。初対面
の人間に対して飯を食わせろとは何
事だと思ったけど、この明るい笑顔
をもっと見たくて、私の知らない世
界の話をもっと聞きたくて、私は彼
のためにシチューを作った

彼は海賊で、エースと言う名前らし
い。彼の乗る海賊船は丘の下の港に
一週間ほど停泊するらしい。そして
彼は明日もうちへ来るらしい。それ
から毎日彼は私の家へ来てはご飯を
食べて、私の想像の範疇を越えるほ
どの数々の冒険の話を聞かせてくれ
て、日が暮れると船へ帰って行った

七日めの日暮れ、私は彼に帰らない
でと言った。明日の朝には広い、広
い海へと帰って行く彼に、まだ“さよ
なら”なんて言いたくなかった。
その夜、初めて彼は私に触れた。何
をするわけでもなく、ベッドの中で
ただただ優しく私を抱きしめる彼の
胸に、私は頬を寄せた。彼は体温が
高くて、とてもとても温かかった。
心地良いまどろみの中で私を抱きし
めながら寝息をたてる彼の背中へ腕
を回し、強く強く抱きしめた。出会
ってまだ数日だけど私はエースを手
離したくはなかった。“ずっと一緒に
いたい”なんてかわいらしい台詞なん
て言えないから、変わりに強く強く
抱きしめるの。


「…キヨカ?」


眠た気な声で私の名を呼び大きな手
で私の額を撫でた。目が合い、静か
にキ スをくれたエースへの愛しさと
涙が溢れ出して止まなかった。


「泣くなよ、」


眉を八の字にして困ったように笑う
エースの瞳をじっと見つめた。涙で
視界は歪み、エースの顔だって歪ん
で見えたけど明日にはもう会えない
と分かっているから、私は脳裏に、
瞼に、心臓に、エースの姿を焼き付
かせるため、決してエースから目を
逸らさなかった




今だけはね、海が無くなってし
まえばいいと思うの。


そうすればエースはずっとずっと私
の隣にいて私の作ったシチューを食
べてくれると思うから。



「エース好きよ。
 そして、さようなら」

明日もし海が枯れるとして



そしたら私の側にいて

わがまま言わない
それだけ、それだけよ。


(それから、だいすきなそばかすは
広い広い海へと 消えた。)

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企画サイト「落日」さま提出

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