わたしは立った。

正義を背負い、自分自身の
信念を貫き通し、彼らをこ
れ以上前進させぬため、

わたしは立った。


背筋を伸ばし顎を引けば、
ねむたげな彼の視線とわた
しの視線はピッタリと合っ
た。
彼の鋭い視線に、わたしは
めまいを起こしてしまいそ
うだった。


「お前海軍だったのかい?」


白ひげの横に立つ彼が言い
放った言葉がとてもとても
冷たくて、わたしはすこし
だけ悲しくなった。

「なんだマルコ、知り合い
か?」

「…オヤジ、あの女はおれ
に任せてくれねえかい?」


そう言って船から降りてき
た彼はやっぱり素敵で、わ
たしは立場を忘れて見惚れ
てしまいそうだった。

「キヨカ少佐!不死鳥マ
ルコです!!」

「分かっています。彼はわ
たしに任せて下さい」

部下の言葉を軽くかわし、
わたしは愛刀をすらりと抜
いた。緊張、そして高揚感
でわたしの胸はどきどきと
高鳴っていた。自分でも呆
れてしまうのだが、こんな
状況でもわたしは彼と会え
たことに喜びを感じている
のだ。

彼、白ひげ海賊団1番隊隊
長不死鳥マルコに初めて会
った日のことは、わたしは
死んでも忘れない。
マルコは、わたしが愛した
最初で最後の男なのだ。





久しぶりの休暇を海軍支部
のない秋島で過ごしていた
わたしは、柄にもなくチン
ピラに絡まれていた。愛刀
を持っていたならば当の昔
にチンピラなんて斬りつけ
てやっていたのに、海軍の
支部もないような比較的治
安のいい島だと油断してい
たわたしは普段肌身離さず
持ち歩く愛刀を宿に置いた
まま買い物に出ていたのだ
った。
柔術はあまり得意ではなか
ったし、せっかく買った焼
きたてのパンを落とすのも
嫌だったので、どうにか穏
便にやり過ごそうとしてい
たが、わたしを海軍少佐と
知らない馬鹿共はわたしの
手を放そうとはしなかった


(パン、落としちゃうの嫌
だったのに。)

そんなことを考えながらも
しょうがなく柔術で抗う覚
悟を決めたわたしだったの
だが、目の前に現れた男の
お陰で、苦手な柔術を繰り
出すことも、パンを落とす
ことも免れた。

「なにしてんだよい」

チンピラを追い払うには、
その殺気のこもった一言だ
けで十分だった。ようやく
自由になったわたしの左手
は、チンピラに掴まれてい
たことによって赤くなって
いた。

「大丈夫かい?」

白ひげ海賊団1番隊隊長不
死鳥マルコ。海賊、海軍な
らその名を知らない者など
いないほどの大物の海賊だ
った。
本物を見るのは初めてだっ
たが、手配書で何度も見た
この顔を忘れるはずもなか
った。

「だ、いじょぶ、です、」

思わず声がかすれた。本来
ならばわたしはこの男を前
にした時点で自分が海軍少
佐だということを名乗り、
不死鳥マルコを捕まえるべ
く努力しなければならなか
った。

「赤くなってるよい」

でもそれが出来なかったの
は、そう言ってわたしの左
手首に触れる彼の手と、彼
のまなざしがとても優しく
て、まぶしかったから、





「こんな所で再会するなん
て、思いもしませんでした
。」

「………。」

海軍本部、間もなく火拳の
エースの公開処刑が執行さ
れようとしているこの地獄
絵図のような戦場で、わた
し達は再会した。

彼は何も言わず、鋭い視線
でわたしを見据えていた。
その視線は軽蔑するような
殺気のこもったようなそん
な視線で、以前わたしに向
けてくれた優しい視線とは
かけ離れすぎていたから、
わたしはまた少しだけ悲し
くなってしまった。

「わたしはこれでも海軍少
佐です。だからあなたをこ
れ以上前進させる訳にはい
きません」

刀を構えた。今は愛とかど
うだとか関係ない。ただ目
の前にいる海賊を倒すこと
が一番の優先事項だった。
それぐらいわたしでも分か
っている。

「それ以上進むというのな
ら、わたしの屍を越えてい
きなさい。手加減はなしで
す」

力の差は、戦う前から歴然
だった。でもわたしは自分
の背負う正義のため、死ん
ででもこの不死鳥マルコを
前進させてはならなかった
手加減なんかされてもそれ
は屈辱以外のなにものでも
ないと考えていた。

「騙された女相手に手加減
してやるほどおれもお人好
でもないよい、キヨカ。
お前を倒しておれは前へ進
む。」

刹那、不死鳥マルコの腕は
翼のような形をした青い炎
へと姿を変え、一瞬でわた
しのすぐ目の前まで飛んで
きていた。はやすぎて身動
きもとれずにいたわたしへ
と、不死鳥マルコの蹴りが
飛んできて、どうにか刀で
抑えるも、その衝撃でわた
しは激しくはじき飛ばされ
た。


彼の左足のアンクレットが
シャラリ、音をたてた。


あぁ、わたしはあなたを騙
すつもりなんかなかったの





昼のお礼にとディナーへ誘
ったのは、わたしの方だっ
た。海賊なんかとディナー
なんかしてはいけないとい
う自制心をどうにか働かせ
たのだが、彼をもっと知り
たいという欲求に勝てなか
った。

「おれは海賊なんだよい」

「そのタトゥー見れば、分
かります」

お酒を飲みながらぽつりぽ
つりと言葉を交わしていく
と、うちとけるまでにそれ
ほど時間はかからなかった。

「これはおれの誇りだよい」

そう言いグラスを傾ける彼
の横顔が、わたしにはすご
く魅力的で言葉もでなかっ
た。
いけない、何を考えてるん
だ。そう自分に何度言い聞
かせても、彼を目の前にす
ると自分が海軍なのだとい
うことを忘れてしまいそう
になる。
自分は海軍なのだと、そう
打ち明けねばならないこと
は分かっていた。分かって
いながら彼に否定されるの
を想像すると、こわくてな
にも言えなかった。
本当に卑怯者だと、自分で
も分かっていた。



「海賊はこわくねぇのかい
?」

彼に宿まで送ってもらう道
中そんなことを尋ねられた

「こわくはないけど、大嫌
いです」

「海賊目の前にして、よく
言うねぃ」


正直に答えると、彼は笑っ
た。その後は二人とも無言
で、夜道を歩いた。きれい
な月夜だった。


「じゃ、おれのことも大嫌
いかい?」


不意に足をとめた彼は、わ
たしを振り返り優しく、そ
して悲しげな顔で笑った。
彼は月灯りに照らせていて
それはそれは美しかった。


「…、ずるい…、海賊はず
るい、」
(本当に何でも奪ってしま
う)

うつむくわたしの頬を彼の
優しい手が触れた。
いつの間にか出ていたわた
しの涙に、彼はすこしだけ
苦笑した。


「あなたのこと、嫌いなわ
けない…、すき、すきよマ
ルコ」
(わたしの心も海賊のあな
たに奪われた)


わたしを抱きしめる力強い
腕が、わたしの額に触れる
唇が、すこしはやくなった
鼓動が、マルコの全てがわ
たしを魅了してやまなかっ
た。

「…キヨカ、」

耳元でささやかれた時には
もうすべてが遅かった。手
遅れだった。




それからわたしの休暇残り
4日、マルコ達のログが貯
まるまでの残り4日、神様
のいたずらとしか思えない
ような偶然に感謝しながら
わたしはマルコと共に時間
をすごした。
マルコは昼は仕事があるか
らと、船へ帰って行くのだ
が、夜には必ずわたしの泊
まる宿へと来てくれた。
そして二人で朝を迎える。
それがわたしには嬉しくて
幸せでたまらなかった。


最後の夜、わたしはマルコ
の腕の中で泣いた。誰かに
泣いた姿を見せるのも初め
てで、自分自身とまどった
が泣かずにはいられなかっ
た。

「泣くなキヨカ、またき
っとどこかで会えるよい」

『次に会った時には敵同士
なんだよ』この場に及んで
そのことを言えないわたし
は本当に臆病で卑怯なやつ
だった。どうにもならない
現実に、わたしはただただ
泣いた。
マルコはそんなわたしの背
中を優しくさすり、時には
キスを落とし、なぐさめて
くれた。

「キヨカ、お前にこれを預
けるよい。ちゃんと返しに
来い。失くしたなんて承知
しねぇよい」

そう言ってマルコは自分の
左手首から外したミサンガ
を、わたしの左手首へとつ
けてくれた。小さなビーズ
が少し付いたそれは、すご
く素敵でマルコ自身を示し
ているようにさえ思えた。

「必ずまた会える。おれが
お前を見つけてやるよい。
だから、泣くな。笑ってく
れよいキヨカ、」




彼の優しい声はわたしの耳
に張り付いていつまでもい
つまでもとれなかった。
愛だとかそういうのは今ま
で信じてもいなかった。け
れどこのマルコに対する感
情は愛以外のなにものでも
なかった。

愛してた、
心の底からあいしてた



既にわたしの息は虫の音程
度、体中の骨が折れている
らしく立っていることさえ
ままならなかった。激痛が
全身を襲い、大量の出血に
よって何度も意識を飛ばし
かけた。
そんな状況でもわたしには
倒れることは許されない。
なぜならまだ目の前には不
死鳥マルコが立っているの
だから


「お前ごときにおれは倒せ
ねぇよい」


冷たく言い放つ不死鳥マル
コの体には、擦り傷ひとつ
さえなかった。いくら斬り
つけても、何度刀を振り下
ろしても、再生していくこ
の男を前に、わたしは何も
できなかった。
それでも、彼が本気で手加
減をしないことが、海軍少
佐のわたしにはすごく幸せ
なことだった。


「っ、まだ、わたしは倒れ
ないっ…まだ勝負はついて
ません、」

肋骨も数本折れているのだ
ろう、息をするのも、声を
出すのも苦でしかなかった
けれどわたしはまた刀を構
える。わたしは海軍少佐。
どうしてもこの男、不死鳥
マルコを倒さなければなら
ない。


「懲りないやつだよい、」


ため息まじりに吐き捨てた
のと同時に、また青い不死
鳥がわたしめがけて飛んで
きた。
今だ、そう思った。



「!!!!!」


読みは当たった。不死鳥マ
ルコの得意とする蹴りだっ
た。その蹴りを紙一重でか
わし、わたしはその足首に
隠し持っていた海桜石の足
かせをはめることに成功し
た。
残りの力を振り絞り、足か
せにつながれている鎖を引
っ張ると、不死鳥マルコは
バランスを崩し、倒れこん
だ。その隙を逃さず、わた
しは彼に馬乗りになる。
そして不死鳥マルコの心臓
を一突きするべく、愛刀を
振り上げた。



目の前が、血しぶきで真っ
赤になった。


マルコの見開く目と、わた
しの満足気な目が合い、そ
してわたしは笑った。



わたしの返り血でマルコが
赤に染まってゆくのを見な
がら、わたしは胸に刀を突
き立てたまま、力なく愛刀
を手放した。
わたしが彼の心臓を突くの
よりほんのコンマ数秒早く
彼が、戦場に落ちていた誰
のものかも今となっては定
かではない刀を拾い、わた
しの胸に突き立てるが早か
ったのだ。
そう、それだけのこと。



後ろへ倒れこむ、もう痛み
すら感じなかった。

敵のはずのマルコが、血ま
みれのわたしを抱えあげ、
悲痛の表情を浮かべている

なぜそんな顔をするの?
あなたは悪いことなどなに
もしていない。

にこり、力なく笑うとマル
コの眉間にさらに深くしわ
が寄った。


「…お前、…躊躇したろぃ
?!」


マルコの心臓を突くほんの
コンマ数秒、自分でも気付
かなかったが、わたしは躊
躇したらしい。でもこれは
無意識よ。わざと手を抜い
たなんて、どうか思わない
で、


「…ほ…れた、よ、わみ…
ね、」


もう声もうまく出なかった
脈が弱くなっていくのを自
分でも感じていた。
このまま死を覚悟していた
が、わたしにはまだやるべ
きことがまだある


「マ…、コ」


左手首をマルコへと差し出
すと、わたしの意図を察し
たようでマルコはミサンガ
ごとわたしの左手首を強く
掴んだ。


「それはお前にやるよい、
キヨカ…――」


マルコは涙一筋分だけ、
泣いた。
周りの海軍にも、海賊にも
それは気付かれなかった。

わたしだけが知っている

その事実が嬉しくて、わた
しも少し泣いた。




「         」



そう言ってわたしは事切れ


戦場で死ねたうえに、わた
しの命を奪った相手も、最
後に目に映した相手も、愛
した男だったなんて、こん
なに幸せなことはない

幸せだった、マルコに会え
て、あいして、あいされて
、殺されてわたしは本当に
幸せだった。悔いはない。


マルコの頬につたう涙が、
一粒わたしの冷たくなった
頬に落ちた


「キヨカ、」

“必ず見つけてやるよい、
 あいしてる、”


マルコはそう言ってわたし
の目を静かに閉じると、わ
たしの屍を越えて仲間を助
けるため、前進した。



マルコのアンクレットが
シャラリ、

また静かに音をたてた









ぼくにはもうそんな
言葉しか残されてない




『来世でもまたあたしを
見つけてね、あいしてる』




20101016

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