背中合わせで結構です



柴田先生は、いつも本をよんでいらっしゃる。
それのセレクトは気まぐれのようで、どこかメッセージ性のようなものを匂わせる。
最初に彼に出会ったのは、美術教師専用の準備室。仄かに香るダージリンの漂いの中で、優雅に本を読む教師に少しいらっときた。折角最近お気に入りの可愛い後輩に蜜語を囁いていたというのに、部費の話などさっさと終わらせて帰りたい。
「お取り込み中、すまなかったね。」
「…いいえ、お気になさらず。」
まるで見ていたかのような口ぶりに若干の不快感が募る。それと同時に、おなじくらいの興味も湧き上がる。この男は、一体何者だろうか。一介の教師のもつ雰囲気とは明らかに違った。
手にしているのは、ケイトホフマン著『私を見つけてくれた人』。内容にも、シチュエーションも、私達にまるで関係ないけれど、題名には中々ハッとするものがある。私を見つけてくれた人。柴田先生がそうなっていただけるのかしら。
「僕は君の魂の輝きが見たい。そのためなら、君のためにいくらでも素材を用意してあげよう。」
つかつかと歩み寄り、先生はそうおっしゃった。些か近すぎるほどの距離で囁かれる。
「君を『磨いてあげる』よ。」
「!!」
なぜ、なぜ知っている?それはさっきあの可愛い後輩に囁いた言葉ではないか。背筋を、ぞわぞわと寒いものが駆け上がる。同時に、この人も『普通』ではないのだ、と歓喜にも似た激情が胸に溢れる。頬が赤らむこれは、恋慕などという安いものではない。仲間を見つけた感激と興奮だ。ああ、ああ。お父様、私はきっと幸せになります。この素晴らしい方に見初められた私もまた、特別で素晴らしい者なのだわ。

「(もう囁いてはくだされないのね。)」
猟銃を構える、見知らぬ紳士に精一杯微笑みかける。ゴーグルの奥に紳士の心を見ようとして、やめた。この人も『特別』なのだ。槙島先生に見初められたこの人の心を、見放された私にわかる筈がない。
槙島先生。聞こえているのでしょう見えているのでしょう。
愛する人に、たとえ最期といえど醜い姿を晒すわけにはいきませんものね。
口でこそ虚勢をはりますけれども、笑顔で逝きますわ。

さよなら、私を見つけてくれた、ただ一人の愛しいひとよ。



top

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -