さよならあまのじゃく



 彼女はいつだって純粋で、真っ直ぐだった。
 初めはただの人生で挫折経験の無い甘ちゃんが綺麗事並べて公安局に就職したモンだと思ってた。実際オレはそう思ってたからこそ彼女を厳しく責めたりもした。
 彼女は今にも泣き出しそうだったけど、それで厳しい現実を知ってくれればよかった、なんて今思えばただの綺麗事に過ぎなかったのかもしれない。オレは思った事は口に出さずにはいられねぇタイプだったから。
 しかし、彼女はオレが思ってる以上にタフで、強かった。コウちゃんと組んで事件に取り掛かる内、オレは次第に彼女に適わなくなっていた。
 日々心身共に逞しく育っていく彼女。その著しい程の成長を嬉しく思う反面、対してオレは自分の気持ちにすら素直になれないどうしようもないガキんちょ。どうしても距離を感じてしまう。おかしいな、年齢にあまり変わりはないのだけれど。

 やっぱアレか? 彼女はシビュラという温室でぬくぬく何の悪影響も受けず育ってきたから? だからあんなにも純粋でいられるのか? 温室から早くに不必要と省かれたオレなんかとは住む世界があまりにも違い過ぎたから?

 …なんて、考えても仕方ない事なんだけれど。
 けれど実際問題オレが彼女との差を感じてしまっているのも事実な訳で。らしくねーとは思うけど、それ程までに彼女はオレを惹きつけた。きっとそれは一係の全員思ってるんじゃねーかな。

「縢くん、あのさ」
「なーに、朱ちゃん」

 噂をすれば何とやらだ。朱ちゃんがオレのデスクまでやって来た。オレはちょっと意地悪したくなってきた。
「この前の事件の調書、縢くんだけ未提出なんだけど、もうちょっと頑張れないかな」
「んー、めんどくさいけど…朱ちゃんが手伝ってくれるんなら頑張るよ」
「それじゃ縢くんのためにならないじゃない。宜野座さんにお願いして今日まで待ってくれる様に交渉するから、だから」
「オレのためって何よ?」
 胡乱げな視線を向けたオレに、朱ちゃんは少々たじろいだ。
「結局それは建前でしかないんでしょ? 今更社会復帰なんて無理無理。オレが必死の思いで書類仕上げたって上の連中は猟犬の意見なんて目も通さずポイさ。それでオレに何のメリットがある訳?」
「それは…」
 可哀想に朱ちゃんは黙り込んでしまった。まあオレのせいなんだけど。こんな事でしか彼女の気を引く事が出来ない。やっぱりオレはガキんちょだ。
 なんて冷めた目で自己分析をしていた時。

「縢」
 バシッ
「ってえ!」

 後頭部に衝撃が走ったかと思えば、クニっちが無表情ながらもこちらを睨んでいた。何やかんや、クニっちも朱ちゃんが可愛いらしい。
 更に、コウちゃんは背もたれに寄りかかりながらにやりと笑って、
「おい縢、新任いびりはよくねーぞ」
 なんて言う。コイツ、絶対オレの気持ちに気付いてやがる。いや、たぶん朱ちゃん(とたぶんギノさん)以外は気付いてるはずだ。だから彼らの行動やら言動には「素直になれよ縢」という本音が隠されているんだと思うけれど。

 生憎オレは素直になるというのがどういう事なのか未だ理解出来ないガキなんで。

 朱ちゃんはむぅ、と唇を尖らせた。
「ちょっと狡噛さん…もう新入り扱いしないでください。私だって立派な公安局の監視官ですよ?」
「俺から見りゃまだまだひよっこだよ、常守監視官」
「もうっ、ひどい」
 コウちゃんと朱ちゃんのやり取りはまるで付き合いたての恋人みたいで。正直、面白くなかった。
「いいのか、縢。このままだとお嬢ちゃん、コウに取られるぞ」
 征陸のとっつぁんがオレを茶化してくる。あーもー、どうして皆してオレをからかってくるかな。鬱陶しい。老婆心がうざったい。

 ったくわかったよ、そこまで言うんなら素直になりゃいいんだろ?

「あの、縢くん! さっきの事なんだけど、ごめ」
「朱ちゃん!」
「なっ、何? 縢くん」
 台詞を遮られいきなり名前を叫ばれて目を白黒させている朱ちゃんを真っ直ぐ見据え、オレは想いを告げた。

「オレ朱ちゃんの事好きだわ」


さよならあまのじゃく
(隠してた本音を、今君に伝えよう)


 直後、局長への報告が終わり一係に戻ってきたギノさんが静まり返った部屋を見て目を瞬かせた。




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