優しい怪物になりたい
俺は物心ついてすぐシビュラに弾かれた。だから俺の記憶の中の母親はいつも泣いているか俺を罵っているかのどちらかだった。怪物、と母親は言った。俺を泣き腫らした目で見つめて、何度も、何度も。
だから執行官になって犬扱いされてもさして気にはならなかった。呼び名が怪物から犬に変わっただけで、その意味に大きな違いはない。俺は怪物だ。何をしても何をしなくてもその事実は変わらないのだから。
「縢くんは怪物なんかじゃないよ」
けれど、新しくやって来た飼い主は、俺が長いことかけて導き出した結論を真っ向から否定した。
「……同じ人間、とか言わないでよ。そういうのは聞き飽きてんだ」
「でも、それはそうでしょう」
「そうかもしんないけどさ。わかんねーかなぁ。同じ人間だって思うとさ、余計つらいじゃん。なのにどうして、ってさ」
「……なら、わたしを怪物と思えばいいよ」
「は?」
まだあどけない面立ちの少女は、しかし驚くほどきっぱりとした声音で続けた。
「こんな社会で、こんな仕事に就いていて、色相がちっとも曇らないわたしの方がよっぽど人間らしくないもの。怪物って、自分とは違う、得体の知れないものをそう呼ぶんでしょう?なら、縢くんはわたしを怪物と思えばいいんだよ」
「……なに言ってんの、朱ちゃん」
「だからやっぱり縢くんは怪物じゃない」
朱ちゃんの手が俺の手に触れる。思わずびくりと身体を揺らせば、柔らかく微笑む。ね、と囁く瞳は優しくて、俺はとろけそうな頭痛を感じた。
「……思えるわけ、ないじゃん」
それでも、誰かの気持ちに報いたいと思ったのは生まれて初めてのことだった。
優しい怪物になりたい
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