オメガバース薄暮

舟久保×秋月
・Ω×α
・性行為を匂わす描写有
・Ωへの差別描写有
・独自設定有
・ふたなり受け



舟久保龍二の印象は、”嫌な奴”だった。

傲慢で威圧的。小さなミスでも煽るように指摘してくる。

「お前、どうせΩだろ?もう帰れよ、馬鹿は生徒会には必要ねぇんだよ」

馬鹿にしたように鼻で笑うそいつは、完璧なαだった。



俺の名前は秋月蒼汰。第一の性は男、第二の性はα。

幼馴染がいる男子校へ入学し、秋の文化祭で女装をしたところ、生徒会役員になることができた。

どうしてそうなったのか、俺にはいまいち理解ができないが、お金の面で苦労していた俺にとって、学費割引のある生徒会への誘いは願ってもない提案だった。

しかし次期生徒会長となる舟久保龍二が、とても嫌な奴だった。
雫先輩も性格が悪かったが、それ以上だ。

毎日仕事が遅いだの入れる茶がまずいなどグチグチと言われ、社会的地位が低く、αより劣るΩだと決めつけられ、まるで奴隷のような扱いをしてくる。


そんな相手に友好な関係なんて作れるはずもなく、俺は舟久保を見返そうと努力し、相手に劣ったところを見つければ嫌味を言うようになった。

「これで俺達は卒業するけど……。二人とも、協力して役員の仕事をするんだよ?」

「ッハ、こんな口だけの阿保と組めるわけねぇだろ」

「珍しく意見が合いますね。あなたのような性根の腐った馬鹿と協力なんてごめんです」

舟久保はこちらを睨んでくるが、俺はフンっとそっぽを向く。
そんな俺らの様子に、都田先輩は困った様子を見せた。



都田先輩達が卒業し、正式な生徒会役員となったある日のこと。

「理事長の甥っ子さんが入学してくるみたいですね」

机の上に置かれた書類を見ながら、俺は会長以外のメンバーに伝えるように声を出す。

「ほんと?おもしろそー!」

「話しかけてみよーよ!」

最初に反応したのは、楽しいことが大好きな双子の庶務。

「どんな子ー?かわいい〜?」

次に発情したΩをこの部屋に連れてきて行為をすることが大好きな会計の内原先輩。

「…………」

最後に、言葉は出さないものの、興味があるのかこちらを見る書記、梨木先輩。

書類には、甥っ子を迎えに行って理事長室まで案内するように書かれている。この書類を俺の机に置いた張本人であろう舟久保……いや、バ会長は、なんの反応もなく、仕事を続けていた。

案内は俺がしろ。そう言いたいのだろう。
面倒な仕事を押し付けられ、イライラしたことは多々あるが、これは好都合だった。

「王道な展開じゃん……!」

二ヤついた顔を書類で隠しながら、小さな声で呟く。

この子をあのバ会長に会わせて骨抜きにさせる。そんな姿を過激にからかってやる!なんて良い計画を思いついたのだろう!

「私が案内した後、食堂に一緒に行きませんか?そこでクラスメイトと一緒に食事するよう誘導しますので、遠くから見れるかもしれませんよ」

そう提案すると、庶務と会計は一緒に行こうと賛同する。

「くだらねぇ事しようとしてんじゃねぇよ」

会長から止が入るが、その言葉には誰も反応することはなかった。



入学してきた甥っ子は、会っただけでΩだとわかった。それも、わざとフェロモンを漂わせている世間知らず。

匂いは微かだというのに、虜になりそうな俺を、サルだのΩの下僕だの罵ってくる。俺が本気で襲おうとしたらどうなるかわかってるのか?こんなのと恋愛なんて誰であろうと無理だ。

速足で案内を終え、近くのトイレへ立てこもる。

発情したΩの残り香を嗅ぐ機会は、内原先輩のお陰で多々あった。気になりはすれど、ここまではならなかった。
なのに、これほど理性が飛びそうになるのは初めてだった。

熱を持った自身を慰めたい。しかし、学校内のトイレで、しかもあんないけ好かない奴のせいで自慰をするなんて、プライドが許さなかった。

ここで安静にしようと思うも上手くいかず、生徒会室に戻って仮眠室のベッドで寝てしまおう、と、急ぎ足でトイレから出る。
生徒会室の扉を開けた途端、双子の「帰ってきたよ!」という声が聞こえた。

それに嫌な予感をしながらも部屋に入ると、授業中にもかかわらず、なぜか全員が集合していた。

「な、なんで皆さんここに居るんですか!?」

「案内終わったらここにくるかなー?って思ってぇ〜……」

内原先輩は微笑みながら言うも、俺の様子を見て困惑したような表情をする。

「ッハ、なに発情した顔してんだよ。ヒートでもきたか?」

会長も俺の顔を見たらしい。いつも通り、馬鹿にしてくる。

「……転校生には近づかないでください。私は少し、休みます」

俺はそれだけ言うと、仮眠室へと入った。

気持ちを落ち着かせようと、ベッドで丸くなっていると、部屋の外から争うような声が聞こえた。しかしそれを気に留める余裕もなく、なにも考えないよう、深呼吸を繰り返した。



食堂へは、結局行く事になってしまった。

「転校生にイタズラされた?俺がぶっ飛ばしてやるからね!」

「運命の相手ってやつじゃないよねー?あきちゃんを発情させるなんて許せないよ!」

そう言ってくれる双子ちゃんに、嬉しくて涙が出そうになる。

「ありがとうございます……!でもあの人は本当に危険です。何をしてくるかわからないので、近づいちゃダメですからね!」

その言葉に、舟久保さんがフッと鼻で笑う。

「……会長にも言っておきますからね。絶対に近づかないでくださ……、いえ、やっぱこちらに迷惑かけなければ何してもいいです」

無様にあの転校生の奴隷になってもらっても構わない。そしたらさっきみたいに俺が会長を鼻で笑ってやる。

食堂のドアを開くと、ざわざわと騒ぎ出し、その声量が時間が経つにつれて大きくなっていく。

「あれです」

俺は転校生の姿を見かけると、その方向を見る。すると双子は転校生を見つけ出し、走って近づいて行った。

「あ、ちょっと!」

あれほど近づくなと言ったのに!
慌てて双子の後を追うが、近づいた時には双子はグルグル回りだし、「どっちが兄でしょーか!」とどっちだゲームを始めていた。

「こら!あれほど一般生徒に近づいちゃダメって言ったじゃないですか!」

「へぇ、こいつが副会長を落としたっていう噂の転校生か?」

俺が遠くに引き離そうと、双子の片割れを後ろから抱いた瞬間、後ろから大きなバ会長の声が聞こえた。

「……は?」

「見れば見るほど不清潔な奴じゃねぇか。こんなのの、どこがいいんだよ」

「待ってください!なにか勘違いしてませんか!?」

「こいつが戻ってからテメェの話題ばっかでウンザリしてんだよ。どうやって落とした?Ωのお得意技、フェロモンでも出して誘ったか?」

そこまで言うと、今まで黙っていた転校生が「はぁ〜?」と、これまたカチンとくる言い方をしながら立ち上がった。

「誰があんなカマ野郎口説くかよ。向こうが勝手に発情してきただけだけど?つーかαが関わってくんなって話。さっさとどっか行ってくんない?」

「テメェが卑しいΩの匂い出してるからだろうが!金持ちに寄生したいから誘ったんだろ?この恥知らずが」

「キモ、近づいてくんなよ。なんで俺があのカマ男と一緒にならなきゃいけねぇんだよ」

彼らはその後も、呆れるような口喧嘩をし続け、次第に手が出始める。

「くっだらな〜。ねぇあきちゃん、今日何食べるー?」

「さっぱりした物がいいですねー。あんな馬鹿みたいな喧嘩見てたら食欲無くなってしまって」

「じゃあ一緒にしゃぶしゃぶ食べない〜?かいちょー、俺ら先に食べてるからねぇ〜?あとぉ、性差別もほどほどにねぇ?」

内原先輩は俺の肩を抱くと、会長に向かってここから離れることを伝える。と、会長は怒った様子でこちらを見る。

「何自分は関係ないような態度してんだよ!!そもそも秋月!!テメェをかばってこうなってんだろ!!」

「会長、そもそも、いつ私が転校生と番になりたいって言いましたか?彼と傍にいることですら虫唾が走ります。これ以上妄言吐きながらくだらない喧嘩しないでいただけますか?」

会長は舌打ちをすると、じっとこちらを見る転校生を殴りこちらへ来る。

俺たちは最悪な空気の中、昼食をとった。

ちらり、と転校生がいる場所を見る。転校生も、偶然なのか、それともずっと見ていたのかわからないが、こちらに顔を向けていた。

彼は、何を考えているのかわからない。朝はフェロモンを出しておきながら、さっきはその匂いが全くしなかった。

会長との喧嘩を見て、彼が強者だということはわかった。俺がもし理性を失っても、返り討ちにできるだろう。

だとしても、フェロモンを消すことができる方法はあるのに、朝はそれを使わなかった。

ただ気づかなかった、という事もあるかもしれないが、俺には嫌な想像しか考えることができなかった。



それから数十日が過ぎたが、大変困ったことが起きていた。

「は?何息荒くしてんの?キッモ」

転校生は俺の行動を監視しているのか、毎回人気がなくなった頃現れ、フェロモンを嗅がせに来ていた。
その度に理性が飛びそうで、体に熱を持って。苦しむ俺に、そいつは楽しそうに煽ってくる。

「なんで、こんなこと……ッ!」

「何、俺のせいにしたいの?馬鹿じゃん。お前が勝手に発情してるだけだろ」

「もう、関わらないでください……っ、嫌いです、あんた……!」

「うん。俺も大っ嫌い」

嫌いなら関わらないでいいじゃないか。何十回もこれを繰り返すなんて、どんだけ性格が悪いんだ。

なんとか生徒会室へ逃げても、会長に「ヒート中に生徒会室に来るんじゃねぇよ。犯されてぇのか?」と嫌味を言ってくる。

食堂の時は俺はαだと言っていた会長だが、今ではΩ扱いだ。なんなんだもう。

「こんな目に合うなら、もういっそ、Ωになりたいですよ……」

「じゃあ、なっちゃおうよ」

ぽつり、と弱音を吐くと、双子の片割れがにっこりと笑う。

「ああ、ははっ……」

俺はそれに、曖昧に返す。
なりたいとは言ったが、本気でなりたいかと言われれば、少し違う。

「仕方ねぇから解決してやるよ」

「え」

珍しい。
思ってもみなかった会長の言葉に驚く。

「根本的な解決をするには時間がかかるがな。準備ができるまで、お前は一人になるんじゃねぇよ」

そう言われ、こくりと頷く。

会長のことは嫌いだが、とても頼りになる人には違いない。そんな人から自信満々に言われれば、とても心強かった。

それから、極力生徒会役員の誰かと一緒に行動することが増えた。仕方なく一人で行動したときは目をつけられたが、それ以外は近づいてこないので、迷惑行為はかなり減った。

会長から準備が整ったから部屋に来い、と言われたのは、それから2週間後のことだった。



会長と二人きりになるのは嫌だが、これも転校生をどうにかする為。
覚悟を決め、会長の部屋に入る。

「それで、解決策って言うのは……?」

俺は会長の案内で、向かい合いのソファに座り、出されたお茶を飲みながら向かいに座る舟久保さんを見る。

「ここに来ても、なにも感じないか?」

会長は、俺の様子に不思議そうにした後、にやりと笑う。

「そういや、内原がよく『こんなにΩの残り香を残してるのになんの反応も起こさない』って不思議そうにしてたなぁ?」

「は、もしかしてあんたも同じことしたんですか?汚らしい」

注意深く匂いを嗅げば、確かに誘うような甘い匂いが微かにする。

「荒治療ってやつだよ。Ωの匂いに慣れさせる。実際、内原は初期のヒートの匂いなら我慢なんて余裕だそうだ。お前はそれすら何も感じないんだから、慣れればアイツの匂いなんてなにも感じなくなるだろうよ」

「そういうものですか……」

その治療を会長に任せるのは嫌ではあるが。

「立って後ろを向け」

「何故ですか?」

「発情して変な行動されたくねぇから縛るんだよ。とっとと後ろ向いて手を差し出せ」

そう言われ渋々後ろを向くと、タオルのようなもので両手を縛られる。

「座れ」

「……これからどうするんですか?もっと強い匂いはどこで用意するんです?」

「ヒートの人間を用意する。くるまで時間がかかるんだよ。待ってろ」

「そんな人連れてきて、会長は大丈夫なんですか?」

会長もαなら、理性がなくなってもおかしくない。俺だけ我慢して、目の前で行為を始めようとでもしているのだろうか。

それから数十分後。おかしなことに気づく。
部屋の中が、ヒートを起こした人間の匂いで充満している。そして、目の前のαだと思っていた人間が、顔を紅潮させ、何かに耐えるような仕草をし始める。

「ま、待ってください……!ヒートの人間を用意するって、あんたの事ですか……!?」

俺は驚きの声をあげると、当の本人はちらりとこちらを見るだけで、なんの返答もない。

「ちゃんと対策してるんですよね!?あんたとそういう行為するのはごめんですよ……!!」

「随分と余裕そうじゃねぇか……クソッ。俺が何も考えずにこんな事してるわけねぇだろうが」

そうだ、そうだよね。あの会長のことだ。いつも馬鹿馬鹿言っているが、それは性格の悪さだけで、本当は頭がよくて、頼りになる人なんだ。

だから、この匂いが濃くなろうとも。会長が、息を荒くし、今にでも襲ってほしそうな姿を見せようとしても。俺が近づいても。欲望のままに深い口づけを交わそうとも。彼はなんとかしてくれる。

「なぁ、俺に触りたいか?」

そんなの、当たり前だ。肯定するよう、こくりと頷く。

「じゃあ、コレができたら、許可してやるよ」

そうして彼は、最も匂いが強い部位を俺に見せつける。その行為に、その匂いに。元々無かったような理性が吹っ飛んだ。



気づいた時には、俺はベッド中で横たわっていた。

「は!!!?」

俺は勢いよくベッドから飛び降り、部屋の主を探す。

待ってくれ、あそこで俺は何もしなかったのか!?キスした覚えはある。でも、その先は思い出してはいけないような気がする。

「かかか……っ!会長!!!」

バンっと、嗅いだことのある匂いがする脱衣所のドアを、勢いよく開く。

会長はさっきまでシャワーを浴びていたのだろうか。半裸のまま、タオルで水に濡れた髪の毛を拭いていた。

俺はその姿を見て、冷や汗がどっと出始める。

会長の体には無数のキスマークと、うなじにくっきりと目立つ歯形。それは、俺と会長が番になったという証明そのもので……。

「ななな……ッ!!何をしているんですか!?それ、俺がうなじを噛んだって事ですか!?」

「丁度いい、お前も風呂に入れ」

会長は隠すように首にタオルをかけ、衣服を持って脱衣所から出る。

「待ってください!ちゃんと対策するって言ってましたよね!?」

「したからこうなってんだろ。沢山注ぎ込んだんだ、中のモン全部かき出せよ?」

会長は俺の肩を軽く叩くと、通り過ぎていく。

そういえば、パンツの中が変にドロッとしているような……。

「は!?え!?嘘!!?αなのに!?」

俺は急いで全裸になり、一度も入れたことのない女の部分に指を入れる。かき出して出てくるものは、少し透明がかった白いもので……。

自分のものと比べると、かなり薄いものに感じるけれど、Ωのオスならこれぐらいなのかもしれない。いや、しかしこれでヤられたと決めつけられるだろうか。

シャワーで中を洗った後、急いで会長のもとへ行く。

会長のうなじには絆創膏が貼ってあり、番になったのだと本能的にも理解させられる。

「ちゃんと一から説明してください。これ、どういうことですか?」

会長を睨みつけながら言うと、会長は楽しそうにニヤニヤと笑う。

「俺達は番だ。これでお前は俺のフェロモン以外で欲情しない。解決だろ?」

「馬鹿じゃですか!?取り返しがつかないんですよ!?そんなくだらない事で首を差し出して何を考えてるんですか!?」

「お前を縛るために決まってるだろ」

「意味が分かりません!」

「お前も俺のような優秀なΩと番になれて嬉しいだろ?win-winだろうが。何が問題なんだよ」

「俺はあんたが嫌いです!」

そう言うと、会長はイラついたように「あ?」と低い声を出す。

「それに俺達、夫婦になるんですよ!?貴方と番になった以上、それしかない!どうせ後継も産むんでしょう!?俺達で子育てするんですよ!?」

「何が問題あるんだよ」

その言葉は、本当に純粋に言っているように感じた。意味が分からない。

「……貴方は、俺の子供を妊娠する覚悟があるんですか……?母親として一緒に暮らせるんですか……?」

「あ?なんで俺が妊娠するんだよ。子供はテメェが産め」

「は!?」

「その為にあるんだろうが」

そう言われ、嫌な想像が確信に変わる。

「まさか、本当にしたんですか……?」

「言っておくが、無理やりじゃねぇからな」

「そんな馬鹿な……!」

これもヒートのせいだというのだろうか。
いや、しかし、本来なら俺が会長からオネダリされてぶち込む側だろう。

「対策してたって、俺を掘ろうと準備してたってことですか?ヒートにしては、一日も経ってないみたいですし」

「抑制剤をいつもより遅らせて飲んだ。お前が挿れてほしいってオネダリしてる頃にはヒートは収まってる」

そういえば、会長がΩだったなんて全く気が付かなかった。Ωだけの特権である、ヒート中の休暇を彼は取ったことがない。今までずっと、薬を使って抑え込んでいたのだろう。
薬に慣れている会長ならば、そんな器用なことも……できるのか?いや、しかし、やってのけたからこうなっているのだろう。

「俺の目的は、お前が番になることだけだ。その先はお前が望んだんだよ」

「そのこと自体もおかしいんですけど……。貴方が俺と番になるメリットを教えてください!」

そう言うと、会長は仕方ねぇな、と言いたげに話す。

「俺は、嫁にしたいほどお前が好きだからだ」

彼の告白に、言葉を失う。

「元々お前を野放しにするのが気に入らなかったんだよ。知ってるか?色んなαがお前をビッチングしてぇって言ってるんだ。皆お前をΩにして孕ませてぇって思ってんだよ。チャンスがあるなら狙わないわけねぇだろ」

「そこに俺の意思は……」

「今は嫌いでも、すぐに俺なしじゃ生きていけねぇ体にしてやるよ」

会長は自信満々にそう言う。
到底納得できるものではなかったが、一度冷静になって整理したく、トボトボと俺の部屋に戻った。



その翌日。じっくり考えた結果、会長が俺を好きだなんて信じられなく、なにか裏があって俺を番にしたとしか思えない。だから警戒すべきだ、という結論に至った。

番になってしまった以上、責任は取らなくてはいけない。それについては荷が重いが、いざとなったら海外に逃げてやる。

最悪な結果になってしまったが、ただ一つだけ、良かったこともあった。

「うーわ、どこでも発情するド変態じゃん。顔も見たくなかったのに最悪ー」

この性格の悪い転校生の匂いで発情しなくなったことだ。

甘い匂いはすれど、以前のように体に熱を持たない。こいつはもう、ただ甘い香りの香水をつけた男と話しているだけに等しい。

俺は無視して、目的の場所へ進む。

「は?なに無視してるわけ?」

それから転校生は俺を追いかけ、話し続ける。その度に、匂いはどんどん濃くなっていく。

「……匂い、操れるんですね」

そう言うと、転校生は立ち止まる。
転校生も悟ったのだろう。匂いを嗅いでもなお、発情しないその意味を。

それ以降、転校生に絡まれることはなくなった。



それから、数か月が過ぎた。

「……嘘!ない!」

ベッドの下や、タンスの中を隅々と探す。けれど見つからない。

「盗まれた?いや、ここには舟久保さんしか入れないし……。でも色んな人部屋に上げたことあるし……!」

俺は焦りながら、探し物を続ける。

ソレ、がなくなった時期は、わからない。
大切な宝物、と言っておきながら、数か月もの間ベッドの下に隠してあったものだ。

生活に必要はない。けれど、手元にないと不安になってしまう。

毒口でそっけない副会長が、可愛いクマのぬいぐるみを持っていたなんて知れたら、この先どうやって生きればいい!?

一か八か、で舟久保さんの部屋へ突撃する。
あれから舟久保さんとは、合鍵を交換していた。だからといって盗むような人ではないだろう。ただ、今の不安の気持ちをぶつけたかった。

声をかけ部屋に入るが、見える場所に舟久保さんはいない。舟久保さんは勝手に入ってくるんだから俺も、と舟久保さんの姿を探す。

「……あれ?」

舟久保さんの姿は、ベッドの上ですぐに見つけられた。しかし、こんなところで寝れるのか、と思うほど、ベッドの上は散らかっている。

彼に近づくと、ちらかっていた物の正体がわかる。

「随分前に無くしたと思ってた衣類じゃん……」

それで気づく。情報でしか知らなかったが、これが所謂巣作りだということに。

そして俺が今まで探していたボロいぬいぐるみは、寝ている舟久保さんにぎゅっと抱きしめられていた。

「わっ、わー!!」

その姿がのギャップがかわいい、と思うと同時に、恥ずかしい。

それは小さい頃からずっとそばにいたぬいぐるみだ。洗濯もした記憶がない。つまり相当使い込まれているものだ。

「舟久保さんっ!返してください!!」

俺は舟久保さんを揺すり起こす。舟久保さんは不機嫌そうに眼を開けると、俺の腕を掴みベッドへ上がらせる。

「なんだよ、襲いに来たのか?」

舟久保さんは、嬉しそうにへにゃりと笑う。その姿にドキリとするが、今はそんな場合じゃない!

「そのクマ!返してください!」

「……嫌だ」

舟久保さんはクマを近づけると、すううっとぬいぐるみの匂いを嗅ぎ始める。

「やだっ!恥ずかしいですからっ!」

「ッチ、じゃあお前と交換しろよ」

「どういうことですか!?」

舟久保さんはぬいぐるみを近くの棚に置くと、俺を抱きしめる。

「お前がぬいぐるみの代わりをしろって言ってんだよ」

「は、はぇ……」

そう言うと、舟久保さんは目を閉じて寝始める。

番になってから気を使ってるのか、優しくはなってきている。裏があるかも、と最初は思ったが、驚くほど何もないので、本当に俺のことが好きなのか、と思い始めている。
舟久保さんの事が好きか、と聞かれれば、どこが好きかは答えられないけれど。この姿を見ると、可愛いな、とは感じる。

そう思いながらぎゅっと抱きしめると、舟久保さんはいきなり起き上がり、俺に深く口づけをする。

「え、……え?うわっなに脱がしてるんですか!?」

「あ?テメェが誘ってきたんだろうが」

「は!?」

自分がヤりたくなっただけじゃないか!

そう思いながらも、受け入れてしまう。それぐらいには、俺は舟久保さんのことが好きみたいだ。



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