「殿下、こんな所にいたんですか」


さくりと、落ち葉を踏み鳴らしながらやってきた彼女を抱き寄せる

「お前は、いつになったら呼び捨てにするんだよ」

「えー、申し訳ありません。どうも癖が徹底して残ってまして……」


困ったように笑う彼女は、子供を産んでからずいぶんと女性らしくなった
美しさはそのままに、丸みを帯びた柔らかさを携えた最高の女性になった

張り詰めた王宮から解放されたこともその要因の一つだろう


薄暗い明かりしか射し込まない自然しかないこの森は俺にとっては何よりも美しかった


俺の世界は明るくなった

もうきらびやかでどろどろとした王宮にいたときとは、違う












「リク殿がサボり魔を連行してこいと、怒ってらっしゃいましたよ?」

「あいつうるせぇんだよ」


隣を歩きながらくすくすと笑う彼女の手を、握りたい
そっと手を伸ばすがそれは触れる前に彼女が振り返り、ハッと手を隠す

「あまりサボると、叱られてしまいますよ?」

「知るかよ」

結局手を取れないまま、二人で暗い獣道を歩く

手を握れなくても


二人で肩の力を抜いて歩けるこの状態だけでも、酷く幸せだった



「ちちうえー!!!!」

「っ、走んなっ、転ぶぞ」

ぼてっ

俺の腰程の背丈も無いちびっこが注意も聞かずに転んだ。
途端にびぇええええんっ!!!!と泣きじゃくったちびっこをシアニーがかけよりあやすが、効果は無い

「ほら、いつまでも泣いてんな」

「ふぁっ、高い!ちちうえたかーいっ!!」


ちびっこをぐいっと抱き上げて、肩車をすると途端に泣き止んではしゃぎだした
変わり身の早さにさすが子供だなと苦笑いがこぼれた


「かーさまぁ、ちちうえとらびゅらびゅしてー?」

「セルシアは本当に私たちが一緒なのが好きだね。セルディ様、お手を失礼します」

「っ、」


優しく微笑みながら、彼女が俺の手をとった



その手は、とても―――――








――――――――――――――冷たかった




















「…………」

「おい、また此処で寝てたのかよ」

巨大な気の気配に煽られて、ぱちりと目が覚める
冷たい寒い






彼女はとても冷たくて、固かった





――――――――当たり前だ。今の彼女は熱も持たない、話さない、ただの石なのだから



「セルシア、だってさ」

「………」

「ネーミングセンス無いよなぁ。まんまじゃねぇか」

「そうか?お前が考えてもその名前になるんじゃねぇの」

「………」



あんなにはっきりしていた夢だったのに、子供の顔もシアニーの顔も

もう霞がかって思い出せなかった

優しげな声も、とがめる声も

甲高い鳴き声も、甘くねだる子供の声も





墓石に額を付ける
それはとても冷たかった


冷たかった、冷たかった、










それがとても辛かった






『風化する記憶と願望、残酷な現実』




(それでも想いだけは今も変わらない)


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