たくさんの人に囲まれ、最高の教育と最高の教養を教えられ

誰よりも華やかに大切にされていた少女だった私



けれど、そんな何不自由無かった時代は一瞬でどん底に落ちた



国王の正妃である母が亡くなり、妾妃がその座に着くと





前妃の娘である私の身の置き所は王宮から無くなった








「……また来たの」

「はい、姫様はここにいて下さいまし」


隣にある、私の私室からは甲高い奇声と盛大な物音が聞こえる

きっとまたあの女が私に八つ当たりをしに来て、私がいないから物に当たっているのだろう


今度は何を壊されてるのだろう。私室に置いてある数少ない宝物を思い、けれど私が出ていけば目の前でどれが大切か確かめられてから壊されてしまうから我慢をする

こうして身を潜めているほうが宝物を守れる可能性がぐっと高くなるなんて、滑稽な話だ








しばらくしてのち、侍女に隠しとびらを開けられた


まずは、髪がボロボロになり頬が腫れ、さらに服も破けた姿で笑う侍女に泣きそうになり

そんな状態なのに「形見の品を守れませんでした」と頭を下げてくるものだから、私は彼女にどう謝ったらいいのかわからなくなる



侍女は私付きになっただけで、なんの罪もないのに

酷い
悔しい

そんな気持ちが胸を満たすが、相手は国で最高権力の持ち主の妃
父様は、母様が生きていたころは優しかったけれど今はあの女が産んだ第一王子と別の妾妃が産んだ第二王女にしか興味がない


父の中では、母が亡くなった瞬間、私の価値はなくなったらしい




ぐちゃぐちゃにかき回され、カーテンからクローゼットの中の服に至るまでを引き裂かれた部屋

「今すぐに片付けます」


侍女はそう言ってくれたが………私はなんとも言えない笑みを浮かべてそれを手伝った






母が亡くなった悲しみが癒える間もなく、あの人の理不尽な来訪は始まり、それは今なお続いてる
あの人は私が悲しむ顔を見るために来ているから、私はいつも大なり小なり傷つく



ずっと傷つけられて
大切なものを奪い壊されて
思い出の品も、宝物も全て無くなって


ついには私は表情を浮かべることも出来なくなっていった





それなのに、あの人は私の大切なものを全て壊しに来る





「え………アステリア、いまなんて言って」

「……本日より、私は正妃様付きの侍女になることになりました」


ずっとずっと側にいてくれて、苦しむ私を慰めてくれた王宮で唯一の味方のアステリア

そんな彼女が、あの人の侍女の中に混ざったらどうなるかわかっているのに


「今までお世話になりました」


兵士に両脇を固められた彼女を、助ける力なんて無い


王女なんて名前だけだ。私はこの王宮で一番力がない
泣きそうな顔で、笑顔を向けてくるアステリア


助けたかったのに



助けたかったのに








助けられなかった





ほんの数日で窶れ、まるで別人のような虚ろな目になったアステリアが王宮から去るのを

私は表情を歪めることも出来ず、深く悲しみながら見送っていた

『ごめんなさい』

謝っても謝りたりないけれど、心の底から詫びた謝罪

けれどアステリアは

『姫様はわるくありません』と虚ろに笑った



その優しさが、かえって心をえぐる


なんで、なんで、なんで


「う、ぁ……」



アステリアの背中が小さくなると
ほほを冷たい何かが伝った

頬を触れば手が濡れた。涙のようだったが、心まで壊されている私の表情はやはり無表情だった



無表情で、ボロボロと泣いていて




そんな私を、わざわざ見に来たあの人は





満足そうにニッコリと笑った











「可哀想に、大丈夫?姉さん」


あの人がいなくなると、甘やかな声が聞こえ同時に肩に誰かの手が触れた

生理的拒否反応で、ばっと振り向き様にその手を叩き落とす


けれど叩かれた男……弟で………あの人の息子は、気にした風も無く、眉を寄せて痛ましげな表情で私を見つめた


「そんなに泣かないで?姉さん」


あの人と血が繋がっていると言うだけで憎い。視界にも入って欲しくない

けれど、王宮で一番弱い私は弟が望むのならば逃げることは許されなかった


「……触らないで」


そっと差し出された手を、静かに見つめて言葉を紡ぐ。それが私に出来る精一杯だけど弟はそんな私の言うことを聞く必要は無い

必要は無いのに、弟の手はピタリと止まった



………そして悪魔は笑顔で囁く




「ねぇ、姉さん。俺、おかしいんだ。母さんよりも父さんよりも、王位よりも国よりも、何よりも誰よりも姉さんが好きで仕方がないんだ」


ゾワリ、と嫌悪感から鳥肌がたつ


「だからさ、姉さん……俺のものになってよ。そうすれば」










“姉さんを守ってあげるし、姉さんが大嫌いな母さんに復讐させてあげる”





まさしく悪魔。私が望んでいることを何よりもわかっている

ゴクリ、と唾を飲み込み目の前の優しげな青年から目を離せなかった


この国では兄妹の婚姻は認められていない。けれど血の繋がりが片親のみならば、結婚は認められる



とは言え、相手は憎い憎い大嫌いな女の息子。憎いし嫌い


けれどいたぶられ続けた私は、救いを求めていた。こんな生活から脱却したいと


そして同時にあの人に復讐したいとも思っていた………







あの人にいたぶられ無くなっても、弟の物になれば私は違う意味で苦しむだろう

憎い男に身体を許すなんて嫌だ



けれど



最早王宮でなんの価値も無くなったこの身。



なんの力も持たない私が、あの人に復讐を出来るのはこれが最後のチャンスだろう





私は、沸き上がる嫌悪感を堪えて
あの人と、私の父親の息子である弟の手を取った






『復讐の対価は私の幸せ』




日に日に元気を無くしついには表情までも無くした彼女を可哀想だと思うが

心の拠り所を失えば、俺のものになったとき彼女は依存をしてくれるだろう

そう思い敢えて母親を放置しておいた



彼女がいれば何もいらない。彼女が俺だけを見て俺だけのために生きればどうでも良い


我ながら狂ってる自覚はあったが、それでも彼女は手の中に堕ちて来た



さぁ、これで母上は用済みだ

愛しい愛しい姉さんを、俺の部屋に閉じ込めたら



彼女が望むままに母を壊しにいこう







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