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▽ 嫉妬は碧い炎となって(椿梓)


※ブラコンアニメ・第4話のその後のお話です


「どうしたの梓、今日はいつになく積極的じゃない?」
「黙って」

月明かりだけが差し込む薄暗い俺の部屋。
僅かな明かりが、床に散乱している大量の雑誌やゲーム、そしてベッドに乗る2つの影をうっすらと映し出した。

「ちょっと! 何してるの梓!?」
「黙ってって言ってるでしょ!」

梓の声がいつもより1オクターブ低い。これは梓が本気で怒っている時だ。
シュルという布擦れの音が聞こえると、押さえつけられていた俺の両手首が頭上でベッドヘッドに縛りつけられた。

「えっ!?」

慌ててギシギシと両腕を動かしてみるが、思いのほかきつく結ばれているらしい。びくともしない。
そこに、梓の本気の怒りをさらに感じた。

「…梓?」
「……」

ようやく薄暗さに目が慣れてくると、ネクタイを外しただけの姿で俺に膝立ちで跨る梓の表情が見える。
その顔は怒りに震えているようで、でも、ひどく哀しげで、長い前髪から覗く綺麗な瞳が揺れていた。

「梓…」


そんな顔しないで――


今すぐその頬に触れたい。ぎゅっと抱きしめたい。しかし、今のこの状況じゃ体を動かせない。
ただ名前を呼ぶことしかできない俺を見下ろし、梓が消え入りそうな声で呟いた。

「どうして…」

言葉が出ると同時に梓の瞳から滴が零れる。
その滴が俺の首筋にポタリと落ちた。


「あの子と……キスなんてしたの…?」


ああやっぱりその事か――



俺が声優を志すきっかけとなった憧れのロボットアニメ。
その新作の主役オーディションに落ちた俺は、逆に主役に抜擢された梓に嫉妬した。
一卵性なのに何をやっても俺以上にできる梓。でも、今まで嫉妬なんて一度もしたことがなかった。
梓の活躍は俺にとって誇りだったから。

でも、今回ばかりは違った。

どうして梓なんだ?
梓は主役のオーディションを受けなかったじゃないか。
オーディションを受けに行って、別の役に決まることなんてこのギョーカイじゃよくある。そんなのは俺だって良くわかってる。
でも、それがどうしてこのアニメでなんだ。どうしてよりにもよって梓なんだ――!?

昨日の俺はそんな思いで頭がいっぱいになり、他のことが何も考えられずマンションを出た。
ポケットの中で休みなく鳴るスマホの電源を雑に切ると、ただずっと近所の公園の人目に付かないベンチに座り、一晩ボーッと池を眺めていた。
すると、ふと池の淵に聳え立つ桜の木が目に入る。

(ああ、あの桜の木。昔、登って枝を揺らして桜の花びらをたくさん散らせて、すげー怒られたな)

だって、梓が桜吹雪が好きだって言ったから…
雨のように舞い散る桜の花びらを嬉しそうに見ている梓が本当に愛しかったから…

そしてふと気づく。

(俺って、こんな時でも梓のことを思い出すんだ…)

我ながら笑えた。その梓に嫉妬して今こうしてここにいるのに、俺の頭の中はどういう構造になってるんだ。
少しの間自分に失笑すると、俺はベンチから立ち上がる。

(帰ろう…梓が寒い中待ってる)

なんの根拠もない。でも、なぜだか確信があった。
梓はきっと今の俺と同じように外にいる。そして俺の帰りを待ってる。

駆け足気味にマンションに戻ると、2つの人影が見えた。

それは予想通り梓と、あともう1つは――

「でも、その役は梓さんに決まったものです! 決まった以上は――」

彼女か。

「それ以上好き勝手言うと…怒るよ」

梓が女性にはほとんど見せた事がない怒気を含んだ鋭い瞳で彼女を睨んでいる。
しかし、彼女はそれに少し怯むもなお話を続けた。

「梓さんがその役を降りて、もしその役が椿さんに決まったとしても…椿さんは喜ばないと思います!」

(あーあ、それ俺が言おうと思ってたのに…)

先に肝心な部分を彼女に言われてしまい、俺はガックリしながら2人に近寄る。

「あ〜あ、せっかく頭冷やして戻って来たのに。オイシイところ全部持っていかれちゃったな〜」

俺の声に梓が勢い良くこっちを向く。

「椿!」

その顔はたった一晩会わないだけで酷くやつれているように見えた。恐らく一睡もしてないんだろう。目も真っ赤だ。

「その子の言う通りだよ。あの役は梓のものだ」
「…椿」

両手で包んだ梓の頬がとても冷たい。やっぱりずっと外で待ってたのか。上着はカーティガン1枚だけなんていう薄着で俺の帰りをずっと…
そう実感した途端、俺の心に温かいものが溢れ出す。


それは――やっぱり梓が世界で一番愛しいという気持ち。


「俺は世界で一番の梓のファンだからさ。だから聴きたい、あの主役の声は梓の声で…聴かせてくれるか?」

真っ直ぐに梓を見つめると、梓の瞳が震える。

「…うん。僕、最高の演技をするよ」

冷たい頬に少し赤みが差すと、世界で一番愛しい笑顔が見えた。

「ありがとう…」

彼女が横にいるのも忘れて梓を抱きしめる。頬と同じく冷え切った体。愛しい愛しい体。魂を分け合ったもう1人の俺――

「じゃあ、約束…」

2人の中では小さな頃から暗黙の了解となっている、約束する時の儀式。
額をくっつけお互いの瞳を真っ直ぐに見つめ合い、そのままそっと唇を近づけ……たところでようやく思い出した。
真横にまだいるもう1人の存在を。

「…指きり…な」

俺と同時に梓も彼女の存在を思い出したんだろう。「う、うん」と気まづそうに俺の立てた小指に自分の小指を絡ませた。

「ほら、早くマネージャーに電話してさっさと決めちゃえ」
「…うん」

名残惜しそうに指を離すと、梓がマンション内に入っていく。
その後姿がエレベーターの中に入ったのを見届けると、まだ近くにいる彼女に声を掛けた。

「あ〜あ、俺の残念会に付き合ってくれない?」

俺と梓の邪魔したんだからね。少しお仕置きしとかないとね…



――なんていう軽い気持ちだった。
二次元では妹萌えと言っても、現実ではもちろん彼女にそんな感情なんてこれっぽっちもないし、今後ももうあんなことするつもりはない。
ああすれば彼女は俺を避けるようになるだろうし、梓にも近づかないだろう。そんな気持ちだった。

確かにあの時誰かの視線は感じていたけど、でもまさかそれが梓だったなんて…


「やっぱり、椿もあの子がいいの…?」

堰を切ったように止めどなく流れ落ちる梓の滴が俺の服を濡らす。

「え? やっぱりって…?」
「あの子が来てから皆の様子が変わったよ。かな兄はいつものことだけど…カタブツ昴や侑介、まだ一度しか会ってないはずの棗まで…」

体を小刻みに震わせ、でもその震える手で梓が俺のベルトをカチャカチャと外し出す。

「ちょ…! 梓!?」
「別に他の奴らの事なんてどうでもいい…でも、椿は絶対――渡さない!」

心の中の気持ちを吐き出すようにそう言い放つと、梓は俺のズボンを下着ごと足から一気に抜き取った。
ひんやりとした外気が俺の下半身に触れる。

「椿は……僕のものだ」

その下半身に梓の顔が埋まると、びくんと反射的に俺の腰が震えた。


<終>


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