燐が住んでいる部屋は、雪男と二人。青い炎を隠さなければならないから、特別措置が取られている。
私は出来るだけ同室の人とも関わらないように苦労していたから、なかなか羨ましい。理事長は私の事情を知っているようだし、頼んだらどうにかしてくれないだろうか。
そんなことを考えながら、視線はパタパタ跳ねる燐の尻尾を追う。動いているものを掴みたくなるのは、人の性である。



ならない理由



視線が燐の尻尾を追っているのを、本人は気がついていないようだった。彼にしては真剣に教科書と向き合っているせいだ。
そして私は、自分のやることもそこそこに尻尾を観察している。この場合のやることとは、学校の課題だ。まあ、課題は量的にどうにかなる程度だし、今すぐやらなければならないものでもない。
しかし、この燐の尻尾は見れば見るほど不思議。
私自身にないものだからか、とても気になる。ついでに、触れないから余計気になる。
掴みたい。撫でてみたい。遊んでみたい。どれも不可能ではあるが、考えるだけならいいだろう。
しかしそんな不穏な空気を、燐は感じ取ったようだ。勢いよくこちらを見られた。
「な、何だよ」
「何でもないよ」
「見てただろ」
この様子だと、尻尾に心を奪われていたことには気がついていないらしい。さすがにあれだけ見つめていれば、視線には気がつくか。
「見てた。燐は頑張ってるなって」
「お、おう!やれば出来る男だぜ、俺は!」
誤魔化した私が言うことではないかもしれないが、ちょっと単純過ぎないだろうか。色んな意味で心配になってくる。でもそこも燐のいいところだから、指摘はしない。
「そういや葵先輩は課題いいのか?」
「平気。あるけど燐より余裕あるから大丈夫」
私の目の前にも燐と同じように課題が立ちはだかっているが、そう急ぎのものではない。提出まで数日あるし、いつも通りやっていれば充分。
そう伝えれば、燐は少し唇を尖らせた。
「何だよ。俺だって余裕だぞ」
拗ね方が可愛くって、にやけそうになる頬を押し止める。流石にここで笑ってしまったら、本当に機嫌を損ねられてしまうだろう。頭の中を三秒で切り替える。
「……違うよ。だって燐は、祓魔師の課題もあるんじゃないの?量でいえば私の二倍じゃない」
「あ、」
それを理解した燐に先をやるよう促す。あんまり邪魔をしていると、そのうち弟くんに追い出されそうだからだ。
けれど燐はすぐに課題へ取り掛かろうとはしなかった。私をじっと見ている。
「な、なに……」
「先輩は祓魔師にならねぇの?」
「え?」
「だから、祓魔師」
それだけ言って教科書へ向き直った燐は、そのまま会話を進めた。
「だって葵先輩は悪魔に強いんだろ?なら、祓魔師にぴったりじゃん」
彼の言うことは最もだ。
私はどうやったって悪魔に取り憑かれることはない。しかも瘴気系にも耐性があるから、現場にいてこれ程便利な体質はないだろう。
あまり公に言えたことではないが、預かり物のこともある。あれは武器の成り損ないだけあって、悪魔も敬遠するものだ。
「雪男に頼めば入れてもらえるって」
そう言う燐に、私は困ったように笑った。それが分かったのだろう。彼は顔を上げた。
「実は私、祓魔師にあんまりいい思い出がないんだよね」
いい思い出がないというか、良くないことしか聞いてこなかった。見てこなかった。
「弟くんから聞いてるでしょ?桐野の役割」
燐が頷いたのを見て続ける。
「最後の手段っていうのは、突き詰めれば押し付けなんだよ」
手に負えない。どうにもならないから、一所に集めてしまおう。そして誰かにその管理をやらせよう。
「命にも関わりそうなものを、彼らはあっさり桐野に託していく。でもきっと、私には分からないメリットとか、そういうものもあるんだと思う。それは分かってる」
もっと大人になれば分かるかもしれない事情も、今の私には全く理解できなかった。それに親戚の中にも祓魔師になろうとした人はいないから、そもそも相容れないものなのかもしれない。
「でもどうしても、割り切れない。私がその預かりもののせいで大変だったから、余計に」
しかも託していった祓魔師の一人は、桐野を不吉なものとまで言い切った。
あの衝撃は忘れられない。預かった木箱をうっかり投げつけてやるくらいには怒った。その後そのせいで大変なことにはなったけれど、投げたことに後悔はしていないのだ。
「だから、祓魔師にはならない。というか、先生が嫌がると思うよ。人間は、出所の分からない力を怖がるから」
「そうでもありませんよ」
理由を語り終わって一息ついたタイミングを狙って、入り口の方から声がした。私と燐はそれに飛び上がるほど驚いて、そちらを向く。
「雪男!」
「弟くん!」
「僕はあなたの弟になった覚えはありませんが。そろそろ普通に呼んでくれませんか」
呼び方にきっちりと突っ込んでから、弟くんは部屋へ入ってくる。
その弟くんの机を勝手に借りていた私は、自然に見えるようにそこから立ち上がった。持ち主が来たらお返しますとも。
「びっくりさせんなよ、心臓止まるかと思ったぞ」
「兄さんの心臓がそんなに簡単に止まるわけないだろ。それに、何だか入りにくい話題だったしね」
確かにそうだ。今の話題は現役の祓魔師に聞かせるものではない。……祓魔師なろうとしている燐に聞かせるのも、自分でどうかと思うが。
「それで桐野先輩。先程の続きですが」
弟くんは視線を私へと定めた。
「つ、続き?」
「あなたが祓魔師になるかならないかの話です」
「あ、あー」
この様子だと、話はおおよそ聞いていたのだろう。
「敬遠する祓魔師も確かにいますが、数は少ない。あのどうにもならない類のものを預かるという技術を、どうしても知りたいという者もいるくらいです」
そう言われても、そう簡単には信じられない。小さい頃から見てきたのだ。それを覆すのは難しいだろう。
「それに理事長からは、もう誘われているはずですけど」
「え?」
思い当たることが無くて戸惑う。答えを求めて頭の中を探るが、やっぱり出てこない。
「……体質を確かめた際に、と」
「あ、ああ!あれか!余りに自然すぎて全然気がつかなかった!」
もしエクソシストに興味が出たら、すぐに私におっしゃってください。我々は貴女を歓迎しますよ。
腕を掴んだ後に、確かにそんなようなことを言っていた。あれ、お誘いだったのか。
「冗談だと思ってた」
「……」
思い出した感想を素直に口にすると、思い切り呆れられた。いや、この様子だと理事長に呆れているのだろう。
「じゃ、葵先輩、」
話を聞いていた燐は嬉々として私の肩を掴む。手は痛い目に会ったから露出していない肩なのだろうが、突然は驚くから自重して欲しい。
しかし痛い目にあっても、こうやって触れてくれるのは少し嬉しい。燐は必要以上にこうやってコミュニケーションを取るけれど、多分これは、私を気遣ってのことだろう。
怖くない、と。その気持ちが、本当に嬉しい。
「祓魔師に」
「いや、そんなすぐに決められないから」
でもこれは別だ。人生を左右しそうなことを、そう簡単には決められないだろう。


楽しそうに振り回されていた尻尾が力をなくすのを見て、私がかなり迷ったことは誰にも言うまい。



fin...

跳ねる尻尾を掴みたい。
20110522
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -