「桐野の家のことについては、おおよその話を神父(とう)さんから聞いていまして」
奥村雪男はそう言って私を見た。
燐は私に触って痛んだ手を気にしている。触ってはいけないと、注意しなければならないだろう。
「その家の人間は、例外なく悪魔にとり憑かれることはない。何故なら彼らは、悪魔に対抗する手段を持ち得ているからだ、と」
対抗する手段とは、私たちの特殊な育ち方のことだろうか。
説明を促されているように感じて、少し悩む。秘密だとかそんな風に言われたことはないから、話しても問題はないだろう。
「あーうん、こうやって燐こうなったのもそのせいなんだけど……」
「マジびっくりした」
「……ごめん、大丈夫?」
本当に驚いたらしい燐は、しきりに両手を擦っている。大丈夫だろうか。ひどいやけどにはなっていないだろうか。
触ることはできないから、手のひらを覗き込む。
「うお、平気平気。問題ねーって」
ぱっと出された手は、確かに微かに赤くなっているだけだ。理事長の時はもっとひどかった。これは燐が人間よりだからだろう。
「こうなるのは多分、聖水とかそう言う類のものを定期的に摂取しているから、のはず」
のはず、と不確定な言い方をしたのは、随分昔に試したことがあるからだ。その頃も、一人でいるのが嫌で試行錯誤していた時期だったと思う。
どうにかして影響の出ない方法はないのかと桐野家の本で調べたときに、そんな記述があったのだ。
一般の人間に、私たちと同じように定期的に神酒を摂取させる実験。だが、効果はなかったとも書いてあった。
「でも普通の人には効果ないみたいだから、他にも何かあるのかも」



解決方法



「でも、その、怖くはないの?」
私の言葉に考え込む奥村雪男と、弟にならって悩むふりをする燐。そんな彼らが不思議でたまらなくて、そう尋ねた。
人が怪我をしてきたのは事実なのだ。どうにかなるかもしれないと思っても、その恐怖は消えないはず。
しかも私は、何も知らない燐を自分勝手に巻き込もうとした。被害がなくたって怒ってもいいレベルだと思う。
双子はそれに顔を見合わせて、それぞれの反応を見せた。
「何が?」
「呪がなければ問題ないですね」
言わずもがな、前者が燐で後者が奥村雪男だ。
燐に至ってはその質問の意味が分かっていないらしく、とっても簡単に聞き返してくれた。弟はそんな兄を呆れた視線を向けている。
「や、だからさ、関わってると怪我とかするんだよ?」
「でも今、原因は俺が燃やしたぜ」
「私に触ったら大変なことになるし……」
「触らなきゃいいんだろ」
「けど、そういう危険があるのに、何も言わなかった!」
「俺も葵先輩に、自分のこと言ってない」
燐は、穏やかに笑った。とても優しい目でこちらを見ている。
彼は責めない。こんな風に巻き込もうとした私を。
「私は燐のこと、知ってたから、」
「知ってて来てくれたんなら、俺は、嬉しい」
視界が歪みそうになって、とっさに顔を俯かせた。
「兄さんはこんなんですし、僕はさっき言った通り、呪がどうにかなれば問題ありません。そしてそれは兄さんが焼き払ってくれる。大丈夫ですよ」
「……というか、呪って焼けるの?」
疑問で涙を引っ込める。その辺りは結構重要なことだ。今のうち聞いておきたい。
「そもそも、呪というのは、霊などに影響を受けた思念でしょう」
「そう、だね。悪魔そのものではないけど、集まると、それ自体より強いこともある」
「実体がないから祓うことは難しいけど、兄さんの炎は元々虚無界のものだから……」
「それも可能になる、か」
青い炎は随分と便利なもののようだ。
けれどまさか、こんな展開になるとは思わなかった。長い間悩まされ続けた呪が、こんなに簡単になくなるなんて。
勿論、これから普通の生活が待っているとは思っていない。悪魔の問題は残っているし、呪というのはなくならないものだ。
少なくとも、私が桐野家の一人として預かりものをしている間は。
「本当なら、根絶出来るのが一番いいんでしょうけど……」
奥村雪男はそう言って、こちらを伺う。私はそれには首を振った。
「無理だと思う。私も桐野として、武器の成りそこないを預かってるから」
古い、箱を。
「でも、その、呪を燃やせるって分かって、ちょっと嬉しい」
人に被害を及ぼす呪が、一瞬でも無くなる瞬間がある。これは本当に、言葉の通り嬉しかった。
私と奥村雪男の話にどうもついてこられなかったらしい燐は、途切れたところで言い放つ。
「じゃあ俺はとりあえず、その黒いのを定期的に燃やせばいいんだな!」
これは、これからもよろしくお願いしますという意味で受け取ってしまってもいいのだろうか。
「……い、いいの?」
「ああ、そうすりゃ先輩、雪男とだって関われるようになるだろ」
「!!」
思わず固まった。二人の友人。しかも、この事情を知っている人。
本来なら飛び上がって喜ぶところなのだけど、あまりの展開に理性や経験がストップをかける。
「……嫌ですか?」
奥村雪男が尋ねてくる。こちらを見ているのは、痛いほど分かった。
嫌ではない。嫌ではないけれど。
「こ、こわい、かな」
正直に言えば、これに尽きる。
「どうしても、万が一ってことを考えちゃうし。燐だって、改めて考えたら、触れないって」
怖くないのって聞こうとしたのだ。
ほんの少し接触しそうになっただけで反応するようになるのは、ひどく神経を使うもの。触らないで過ごしていくのと、意識して触れないというのは雲泥の差だと思うから。
けれど。
「!!!」
「兄さん!?」
燐は突っ立っている私に腕を回して、頭ごと抱き締めた。
「服の上からとかは平気なんだろ。それに、ちょっと痛かったくらいだし、問題ないって。ほら」
回された腕はすぐさま外されて、肩を掴まれた。
「大丈夫だろ」
目の前でそう言われて、反論なんか出来るわけがない。小さく頷けば、燐は満足そうに笑った。



fin...


「僕の方も問題ないですから」
「え、でも、」
「問題ないですから」
「……はい」
押しの強い雪男。
20110520
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