人と関わるのをやめたのはいつからか。小さい頃は誰かしらと遊んだ記憶があるから、初めからこうだったわけではないだろう。
私の生まれた桐野は、代々様々なものを納める家系だった。寺で手に負えないもの、エクソシストの手に余るもの。そんなものが、敷地の蔵に沢山置いてあった。
両親や兄に聞けば、桐野はその処分しきれないものを預かり、消えていくまで見守る守人のような役を請け負っているそうだ。行き着く先である。
預かるモノにはいくつか種類があるのだが、一番多いのは人が作った武器もどきらしい。作ったのはいいが力が強すぎて、人には扱えなくなった道具。
最近そういった類のものは少ないそうだが、何代か前までは蔵に入りきらないほどあったそうだ。悪魔の侵出に世界が頭を悩ませていた時期でもあるというから、人はそのつくった武器で、彼らとの戦いを考えていたのかもしれない。
次にあるのは悪魔の取り憑いた人形とか、いわゆる曰くつきのものだ。祓いにくかったり、強攻策に出ると祓い主本人に危険が及ぶ。そういったものも預かっている。
そういった「危険」を、桐野は呪と呼んでいた。
そんな危険なものを敷地に溜め込んで置くのだ。その家のものに被害が出ないなんてことは、まず有り得ない。
悪魔は祓われてたまるかと牙を剥くし、悪魔でなくともモノに纏わり付いた念が、変な方向に力を持つ事だってある。
しかもそういった祓う力の強い者が、そう何度もその家に現れるはずがない。そこで考えられたのが、体質の改善。
身体自体を、悪魔に触れられないようにすること。
毎日欠かさずやらなければならないことはあるが、それ以外の方法は詳しく聞いたことがない。けれどそのお陰で、私は悪魔に取り憑かれたことも襲われたこともなかった。触れられないのだから、どうしようもないのだろう。
ただ、触れない呪はどうなるのか。考えれば簡単だ。どこかに流れて、薄れていく。
そしてそれは時折、私の周りの人間に危害を及ぼすのだ。私が負うべき危険が、まるで別の誰かになすり付けられるように。


家の役割


「っ、」
燐の私を呼ぶ声が、まだ耳の中に残っている。呼んでくれていたのに、一目散に逃げてしまった。
走ったせいで乱れた息を整えながら、私は壁伝いに座り込む。ここは、使われていない教室だ。
心臓が激しく打って、少しずつ冷静にさせていく。目を閉じて、溜息をついた。
「……失敗、か」
友人が欲しかっただけなのに、どうしてこんなに苦労しなくてはならないのだろう。

初めに親しい人が被害を受けたのは、学校に通い始めてしばらく経った頃だった。
周りで何もないのに転んだり、小さな事故に巻き込まれたり。怪我自体はそう大きなものではなかったが、その発生率は少し異常だった。
それを不審に思ったある子どもの親が、原因として最終的に行き着くのは私の家。そういった不吉なものを扱うから、こういうことが起きるんじゃないか、と。まあ、最もな言い分だろう。
ただ兄はそう言う目にはほとんど会ったことがないというのだから、これは桐野という家は関係なく、私自身のせいだということである。
中学は地元の学校だったから関わってくれる人なんているはずもなく。だから、高校は関係ないところに行かせてくれと頼み込んだ。関わることがなくても、危険視されないというのは重要だった。
「どうしよう」
けれど、それもこれまでかもしれない。奥村雪男は私の家のことを知っているようだった。
人というのは、自分への危険に敏感な生き物だ。そうでないと生き残ることができないから当然のことではある。だが、だからこそ、こういうことは広まりやすい。
「一週間後には元の木阿弥、」
高い授業料まで払ってこの高校に行かせてくれた両親に、申し訳が立たない。そもそも、これを隠そうというのが無理なかもしれなかった。
他人に影響を及ぼすならば、私はどこかに隔離されているべきだ。こうやって人の中にいられるから、友人とか、そういうものに憧れるのであって……。
「葵!先輩!!」
「!!?」
大きな声と共に教室のドアが勢い良く開いた。しかも燐の呼び声付きで。というか今微妙に呼び捨てられた気がするんですが。気のせいですか?
驚いてそちらに目を向ければ、燐は少し震えているようだ。怒っているのかもしれない。もう私の事情を弟から聞いて、何か文句を言いに来たというのも考えられる。
――今は聞きたくなかった。燐の口から聞きたくなかった。
すぐさま立ち上がって、反対側の出口へと向かう。今は聞けない。もう少し覚悟をする時間が欲しかった。
「雪男!」
だがその出口は、既に奥村雪男がいて。逃げることが出来ないように挟み撃ち。用意周到というか、普通あんなことを知っていたらすぐにでも逃げ出したくなるだろうに。
「桐野先輩、」
初めに口を開いたのは奥村雪男だった。
「どうして、兄さんに近づいたんですか?」
眼鏡の向こうで、こちらを伺うようにして見ている。
理由なんて言えない。燐が悪魔だから、私は安心して関わろうと思ったなんて。こんな、恐ろしく自分勝手な理由を言えるわけがない。
「先輩は兄さんが悪魔だってことを、知っていたんですよね」
どうしてそこまで知っているのかは分からない。でもその言葉に、ほんの少し燐が動揺したような気がした。
視線を奥村雪男から外して燐を見る。
「知ってたのか」
燐に尋ねられたことに、逃げられないことを悟る。覚悟をするべきだろう。そうして、出来るだけ答えてあげるべきだろう。
危険に晒したのなら、私は、それくらいのことはしなくてはならない。
「知ってた、よ」
じわりと、身体中から汗がにじみ出てくる。緊張で耳が痛くなって、指先が少し震えた。
「どうして、」
「……燐が、燐が悪魔なら友人になれると思ったから。私は人と関われない。関われば、その人が厄を負うことになる」
足の辺りに何かが這う感覚。多分、呪だ。これはもしかしたら、悪魔も出てきているかもしれない。
燐には見えるだろうから、これで終わり。一緒にお昼を食べるのも、料理を教えてもらうのも。全部。
「燐に危険なのを承知で近づいたの。どうしても、話してみたかったから」
ごめん。謝ってすむ問題でもないだろう。でも……。
「失礼、」
「ひぇっ!?」
口にしようとした言葉は、驚きで引っ込んだ。
視線を外している間に、奥村雪男が側まで来ていたらしい。そしてその手には、ある程度の大きさの瓶のようなもの。
私の足は濡れていて、多分、その瓶の中身を掛けられたのだと思う。
「え、え?」
「すみません。子鬼がいたものですから」
にっこり笑顔でそう言われて、ひどく戸惑う。
「厄って、これのことか?」
「え、あ、なに掴んでるのっ!?」
こちらもいつの間にか来ていた燐に驚かされる。しかも彼は、周りに漂っていた黒い霧状のものを掴んでいて。私は本当に血の気が引いた。
「だ、駄目だって。放して――」
「やだね」
ぼっと、火の灯る小さい音がした。
目の前で黒い霧が焼かれていく。青い、綺麗な炎によって。
「こ、れ……」
「桐野先輩。これは霊と同じようなモノですから、どうにかして消すことが出来れば問題ありません」
奥村雪男の言葉に、いまいちぴんと来ない。
「こうすれば人に厄が降りかかるのは防げます。今のところ、兄さんの炎以外の方法がないのが問題だとは思いますけど」
思わず一歩下がって、双子を交互に見る。一体彼らは、何を言っているのだろう。私のこの呪が、どうにかなる?
「葵先輩」
「え、あ、な、なに……」
「また料理教えっから、一緒に作ろーぜ」
燐は、変わらず笑っていた。こちらの事情は聞いているだろうに、どうして。
「僕らからすれば、兄さんが悪魔だと分かった上で友人になりたいと言った、桐野先輩の方が不思議だってことです」
そうなのだろうか。普通は、避けるはずのことだから?
奥村雪男は軽く肩を竦めて、眼鏡を掛けなおす。燐は笑顔のまま、がっちりと、私の手を取った。
「いってえぇぇ!!」
「わあ、燐!?」
「あ、」
お互いに説明することは、たくさんありそうである。



fin...


うやむやに解決?
20110516
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