「初めまして、奥村燐くん。私は二年の桐野葵っていうの」
私は人が良さそうに見える笑みを浮かべて、戸惑う彼に自己紹介する。
ぱっと観察したところだと、奥村燐は単純かつお人好しだと思う。
こうやって自己紹介されて好意的に求められれば、彼は不審に思っても拒否することはない、はずだ。
「よろしくね」
「え、あ、よ、よろしくお願いします?」
しかし私も随分怪しいやつだと思う。一応初対面の人のお昼時に突撃するなんて、非常識にも程がある。
けれど授業の合間の休み時間ではこうやって話すことは難しいし、何より奥村燐の姿を探すだけでタイムリミットを迎えてしまう。現に一度失敗していた。
「え、えっと、先輩?」
けれど奥村燐は、そんな私の奇行にも気にせずいてくれるようだった。しかもどう呼んでいいか分からないのか、首を傾げながらこちらを見ている。
ちょっと目つきは悪いが、可愛い。恐ろしく可愛い生き物だ。
「葵でいーよ」
少し意地悪して名前で呼んでみろとけしかければ、奥村燐はうっと黙ってしまった。表情を見ていると、どうやら悩んでいるらしい。
名前で呼んでいいのか、でもこの人知らないし……のようなことを考えているに違いない。
彼は暫くそうやって悩んだ後、意を決して口を開いた。
「葵、先輩?」
「!!!」
心臓に来ました。可愛くってハートを握られた気分です。
「そ、それでいいよ……燐くんって呼んでいい?」
女子に名前で呼ばれるのは慣れていないのか、奥村燐は一度固まった。いや、よく知らない人間にこんな風に呼ばれるのは初めてかもしれない。彼の弟はよく女の子たちに絡まれているから、慣れているかもしれないが。
奥村燐は頷きかけて、けれどすぐ首を振った。
少し馴れ馴れしかったかと一瞬反省するが、今まで人と関わることを避けていたから、どうしていいか分からない。どこまでどうやって他人の領域に入っていいのか分からないというのは、なかなか不便だと私は思う。
「くんって付けられると、こう、むずむずするんで、燐でいいっス」
「ほんと?」
どうやら奥村燐はそういうところは気にしない性質らしかった。もしくは、彼自身も距離の測り方が分からないのかもしれない。
「で、ど、どうした……んです、か?」
ついでに敬語もあまり使い慣れていないようだった。
「ぷっ、」
「!?」
「いいよ。無理して敬語とか使わなくても。私、あなたと友だちになりにきたんだから」
奥村燐改め燐は、私のその言葉をゆっくりとかみしめて、それから思い切り仰け反った。確かに予想外な展開だろう。突然話しかけられて、友人になりませんか?なんて。
普通怪しくって取り合わない。もしかしたらそう言った瞬間に変人認定されて、避けられてしまうかもしれない。そんなリスクはあったが、私はどうしても燐と話がしてみたかった。
「まあ、突然の話だし、もし嫌だったら無視しちゃっていいよ。ごめんね」
性急で戸惑っているなら、これから少しずつ関わっていけばいいだけの話だ。私自身が嫌いとか言われたら、かなりショックを受けそうだが。
「あ、いや、お、俺そんな風に言われたことねーから……」
「うん。私もこんなこと言ったの初めて」
お互いに顔を見つめて小さく笑う。良かった。奥村燐という少年は、全然悪魔らしくない。
「だから今日は、一緒にお弁当を食べてもらいたくて突撃してみた」
「お、おう!俺も一人じゃつまんなかったんだ」


特殊な両者


学校で人とお昼を食べたのは久しぶりだった。
燐も色々話してくれたし、少しおかずの交換なんかもしてみた。ちなみに燐の作ったお弁当は半端なくおいしかったということを記しておこうと思う。
昼時の終わりには、明日もこの辺りで食べる約束をして別れた。燐の方は私を不審者とは思わないでいてくれたらしい。嬉しくって小さなガッツポーズが出てくる。
「よし、よし、あとはこっち次第」
別れた後に私がするのは、これから燐と関わる上でとても大切なことだ。
辺りを確認して空き教室へ入る。この次の授業は、先生には悪いが欠席させてもらおう。
教室の鍵をきっちり閉めて、窓も開いていないことを確認する。そうしてカーテンをしめて、これで準備完了。
力は強い方がいいから、暗いままでいい。
「確か、ここに……」
制服のポケットを探って出てきたのは、一枚の板。ある木から急いで切り取ったせいか形はかなり不恰好だが、その辺りは関係ない。
組んだ手の中にその木の破片を入れて、祈るように掲げる。
気合を入れて、力を込める。
「お前は奥村燐だ。彼の呪いも、憂いも、全てお前が引き受ける。守れ、必ず守れ」
木の破片に言い聞かせた。とりあえず、燐に何かが起きなければいいのだ。万一起きたら、これが身代わりをしてくれるように。応急処置ではあるが、効果はある。
「そういうことですか」
誰もいなかったはずの教室に、人の声。驚いて振り向けば、そこには学園理事長――ヨハン・ファウストが机の上に座っていた。
「!?」
「即席身代わり人形、さすが桐野の家の子ですねぇ。やることも出来ることも違う」
「……」
「しかし、入学してからもほとんど人と関わらなかった貴女が、奥村燐には例外というのは見逃せない」
理事長はニヤニヤ笑っているけれど、目は恐ろしく真剣だった。
「しかも彼の正体を知った上で近づきましたね?」
「理事長って、そこまで分かるものなんですか?」
質問を質問で返す。
問題はないだろう。理事長は、私が燐の正体を知っていることを知っている。分かった上での質問だ。
「……私は、奥村燐となら友人になれると思っただけです。それだけ」
身代わりの木は変わりない。
「呪、ですか」
「知ってるんですね」
私の家は悪魔に関わる職業には有名だが、私自身のことはあまり知られていないはずだ。
「一定の距離の人間に、貴女にまとわり付く呪が影響を及ぼすことがある……家業によるものですか」
桐野に生まれる人は、皆特殊な育ち方をする。家にいることで災いに捕らわれないようにするためだ。だから呪にまとわり付かれても平気な顔をしていられるし、悪魔もほとんど近寄ってこない。
「そうです。精神的に弱いと、どうしても悪魔に引っ張られやすくなる」
でも、何の対策もしていない人は違う。呪には当てられるし、悪魔にも目を付けられることがある。
だから、人とは必要最低限しか関わらない。関われない。
「その点、奥村燐は悪魔だから問題ないと、そういうことですか」
そういうことだ。悪魔は呪に強いだろうし、同属に取り憑こうという悪魔はいないだろう。万が一、呪が何かしら影響を与えようとしても、身代わりがあれば何とかなる。
ひどいことをしているのは自覚していた。本人が知らないうちに、危険に引っ張り込もうとしているのだから。
「……確かに、問題ないでしょう」
「え?」
考え込んでいた理事長は、信じられないことを言ってのけた。
「問題ないと言ったんです。それどころか、貴女の体質を考えればこちらとしてもメリットはある」
彼は軽やかに机から降りて、私の方へと歩みを進める。そうして充分距離を縮めたところでおもむろに手袋を外し、手を伸ばした。
焦ったのはこちらだ。まさかそんなことをされるとは思ってもいなくて、必死に避ける。
だが、逃げ切れるわけがなかった。あっさりと手を握られて。
「ちょ、」
そして握られたと思ったら、すぐにその手は離れた。
「……ここまでとは」
理事長の手は、赤く焼けていた。
理事長の言う私の体質は、呪についてともう一つ。この身体自体のこと。
「これでは確かに悪魔は貴女に触れない。聖水と同じくらいの威力があるようですね」
悪魔はこの身体に触れられない。触れれば、聖水を被った時と同じような反応を起こすから。
「これなら、万が一彼が悪魔として暴走した時も、それなりのストッパーになる。……悪魔の火であるなら、問題ないでしょう」
赤くなった手は、すぐさま隠された。というか、こんなにあっさり自分が悪魔ということをばらしていいのだろうか、この人。
「まあ、出てくる問題は私のほうで片付けておきましょう。貴女は貴女の計画通り、楽しい学校生活を送りなさい」
理事長はどうやら、私が何かしら耳にしていることを知っていたようだ。彼はくるりと楽しげに一回転すると、教室の扉の方へ向かっていく。
そして出るというところで、私のほうへ振り返った。
「もしエクソシストに興味が出たら、すぐに私におっしゃってください。我々は貴女を歓迎しますよ」

ホントこの人、一体どこまで知っているのだろう。



fin...


燐との接触とファウストとの取引。
20110514
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